ブレゲ新生マリーンが拡張する 〝エレガンス スポーティー〟の 版図 [前編]

2018.08.10

古典を武器に現代を魅了する

フランス王国海軍のマリン・クロノメーター製作者として、アブラアン-ルイ・ブレゲが築いた歴史遺産を背景にして1990年に誕生したのが「マリーン」コレクションである。現代のライフスタイルに合わせて活用できるスポーティーでモダンなスタイリングの系譜を継いで、2018年に待望の第3世代が本格デビューした。新生マリーンは、新鮮なエステティックをまといながら、デザインコードに息づくのは古典の現代的な解釈だ。絶妙なディテールと進化したメカニズムを併せ持ち、〝エレガンス スポーティー〟の分野で新たな魅力を放つ。

奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
菅原 茂:文
Text by Shigeru Sugawara

「マリン・クロノメーター」&「ギヨシェ」〜The Roots of Marine〜

18世紀から19世紀にかけて、航海中に船舶の位置を確定する経度計算には高精度の時計が不可欠だった。このマリン・クロノメーターを製作できる優れた技術を持った時計師こそが最高の存在であった。フランス王国海軍の御用達時計師アブラアン-ルイ・ブレゲはその頂点に立ったひとりだ。「マリーン」コレクションの背景にはその偉大なストーリーがあり、ダイアルの象徴的な波模様は、ブレゲのシグネチャーであるギヨシェ彫りにほかならない。

スイス出身の時計師で、パリに工房を構え、ブレゲを創業したアブラアン-ルイ・ブレゲ(1747~1823年)は、フランス経度委員会や科学アカデミーの会員になり、マリン・クロノメーターでも優れた業績を残した。

1822年1月14日、ブレゲがフランス海軍に納品したマリン・クロノメーター「No.3196」が現存する。ツインバレル、スプリング・デテント脱進機を搭載し、時分表示と秒表示とを独立して配置。ダイアルに“Breguet et fils”(ブレゲと息子)、No.3196、“Horloger de la Marine Royale”(王国海軍時計師)の署名が見られる。ブレゲ・ミュージアム所蔵。

 

 創業者アブラアン-ルイ・ブレゲは、天才時計師として、数多くの業績を残し、時計の進化を2世紀早めたと言われる。ブレゲの発明や改良は枚挙にいとまがなく、自動巻き、永久カレンダー、均時差表示ミニッツリピーター、トゥールビヨン、クロノグラフ、シンパティッククロックなどはその一部だが、航海用精密時計のマリン・クロノメーターの分野でも活躍した。

 彼は、高度な複雑時計を次々と開発する1780年代に早くもマリン・クロノメーターの研究に着手していたが、本格的に製作を始めるのは、フランスの王政復古で国王に即位したルイ18世が1815年に発した勅令により「フランス海軍省御用達時計師」という名誉ある公式の称号を授与されてからである。

 1815年からアブラアン-ルイ・ブレゲが没する1823年までの8年間でブレゲは78個のマリン・クロノメーターを製作し、22個を海軍に納品したという記録が残っている。その後も息子や孫の代までマリン・クロノメーターの製作は続けられ、ブレゲはそのスペシャリストになった。20世紀に入ってからもブレゲとフランス海軍との関係は絶えることなく続き、船舶用の精密機器や1950年代の海軍航空部隊のパイロットのために手掛けた腕時計クロノグラフ「タイプXX(トゥエンティ)」などが有名だ。

マリン・クロノメーターの船舶への最適な設置法についてブレゲ自身が絵と言葉で説明した手稿。

ジュウ渓谷のロリエントに統合されたマニュファクチュールには、ギヨシェ彫りの広々としたアトリエがある。歴史的な機械を含む新旧約30台の彫り機が揃い、職人はそれを手で繊細に操作しながら多種多様な模様を彫る。作業としては18世紀の頃となんら変わらない。


 そして1990年、現代のブレゲは、初代ブレゲが「フランス海軍省御用達時計師」の称号を得てから175年後に、海軍との関係やマリン・クロノメーター製作者としての歴史的な背景からインスピレーションを得て、「マリーン」コレクションを発表した。2004年に登場した第2世代の「マリーン」は、防水性が向上し、一段とスポーティーな個性を明確にしたデザインを導入する。クロノグラフやトゥールビヨン、アラーム、GMTなど機能面を充実させつつ、現代の活動的なライフスタイルにマッチした〝エレガンス スポーティー〟のコレクションへと発展していく。そして2017年の「マリーン エクアシオン マルシャント 5887」を皮切りに、2018年の新生マリーンの本格展開へと進んでいく。

 新生マリーンを強く印象づけるのは、新しい波模様のギヨシェ彫りダイアルだ。手動の専用機械で金属に模様を彫り込むギヨシェ彫りは18世紀にブレゲが懐中時計のダイアルやケースに採用して有名になった装飾技法だが、ここではクラシカルな幾何学模様とは打って変わって、ギヨシェ彫りでもモダンなグラフィックアートのような趣。これもまたブレゲ流の進化し続ける古典の神髄である。