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teacupさんのブログ
(一般に公開)
- 万年時計のゼンマイはなぜ真鍮なのか(7) ――ミステリー2015年02月22日19:28
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上掲写真は右から塚田泰三郎著『和時計』(1936年・東峰書院)、山口隆二著の初版『日本の時計』(1932年・日本評論社)とその改訂版『日本の時計』(1950年・日本評論社)です。『和時計』も『日本の時計』も和時計概論書の古典として双璧をなしており、海外の和時計研究家の参考書にもなっています(但し、いずれの書籍も全文を英訳したものは出版されていません。改訂版『日本の時計』には、英語・フランス語・スペイン語による簡単な和時計概論が付けられ、掲載写真の日本語のキャプションに関しては、すべて英語のキャプションが併記されています。ちなみに『日本の時計』の改訂版は、私、ごく最近購入しました)
まず『和時計』のP139を見ると、「嘉永年間(一八四八-一八五三)になると、万年時計の製作者田中久重は鉄製ゼンマイを久留米の鉄砲鍛冶に作らせたという記事がある。」とあります。「記事」という言葉は、主に新聞か雑誌に掲載された情報を指して使うと思うのですが、出典に関する記述は見当たりません。
次に『日本の時計』の初版P218を見ると、「萬年時計の發明者田中久重は嘉永年間に鐵製ゼンマイを久留米の刀鍛冶に作らせて完全なものができたと云ってゐる。鋼鐵製ゼンマイが一般に使用されたのは文化、文政年間、卽ち十九世紀の初期以来のことである」とあり、これも刀鍛冶の件に関する出典は記載されていません。
しかし同書の改訂版になると、鐵製ゼンマイ云々の文章が「嘉永年間に真鍮製ゼンマイを久留米の刀鍛冶に作らせて完全なものができたと云っている。ゼンマイが一般に使用されたのは文化、文政年間、卽ち十九世紀の初期以来のことである」(P218)と記述が変化しています。万年時計のゼンマイが「真鍮製」と修正されると同時に、文化・文政年間に使用が一般化したとするゼンマイの材質については、「鋼鐵製」の記述が削除されています。山口氏は和時計のゼンマイが一般的にどのような材質であったかについて、明快に語れるデータを持っていなかったのではないでしょうか。
ちなみに『日本の時計』改訂版P28には、万年時計の洋時計の文字盤および背面から見たムーブメントの写真、万年時計の上部をはずし、台座内部に4つ並んだゼンマイ香箱を上から見た写真が掲載されています。このことは、このシリーズの第4回に関する私のコメントで触れました。
一方、『田中近江大掾』には、P66に「近江翁が時計の製作に當り、最、精細の注意を以てせられたのは發條と歯車とであった。歯車は全部手工を以て之を切り、発條は久留米の刀鍛冶某に鍛はしめたので完全なものが出来た。其他彫刻と云ひ、象眼と云ひ優雅清麗無比の逸品で美術的価値も亦大なるものがある。此の天下一品といふべき、萬年自鳴鐘が……」と述べられています。発條については、鉄製とも真鍮製とも書いてありません。
久重は嘉永年間、刀鍛冶に“完全なゼンマイ”を作らせました。それが嘉永4年完成の万年時計に使用されたわけです。そして後年、万年時計の香箱を開けたところ、そこには真鍮製のゼンマイが確認されました。
久重の手元に真鍮と鋼、両方のゼンマイがあったら、万年時計には当然、鋼のゼンマイを採用したと私は思うのです。但し、万年時計を動かすに足る能力を持った、鋼のゼンマイが手元にあったとして、ですが。
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