2月のカレンダー

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28

最近のコメント

各月のブログ

teacupさんのブログ

(一般に公開)

万年時計のゼンマイはなぜ真鍮なのか(12)   ――広告コピーの変化2015年02月25日07:30
山口隆二氏が『日本の時計』で述べているように、18世紀末以降、和時計としての枕時計がさまざまに作られるようになったとしましょう。では、そこに使用されたゼンマイは真鍮なのか、はたまた鋼なのか。鋼のゼンマイが比較的容易に入手できるようになったから、日本の時計師達は、西洋のキャリッジクロックやブラケットクロックに匹敵するような枕時計を作ろうと挑戦したのではないでしょうか。

では枕時計に鋼のゼンマイが使われていたとして、それは国産か、輸入品か。実用に足るゼンマイが国産化された時期はいつなのか。私はまだその明快な答えを知りません。

18世紀末以降、鋼のゼンマイが日本で入手しやすくなっていたのなら、なぜ久重は真鍮のゼンマイを万年時計に使用したのでしょうか。万年時計を動かすに足る強力な鋼のゼンマイが入手できなかったため、真鍮のゼンマイを作ったのでしょうか。

「京都 田中近江大掾製之」と書かれた嘉永4年版の万年時計の広告(上掲写真)が、このシリーズ1回目に取り上げた書籍『田中近江大掾』に掲載されています。そこには「発條巻事一歳一回」とあります。つまり「ゼンマイを巻くのは1年に1回」です。嘉永4年は、万年時計が完成した年です。ところが翌嘉永5年版の広告では「発條ヲ巻クコト一年ニ四五度ニ過ギズ」(同書P63)となっています。つまり「ゼンマイを巻くのは1年に4~5度に過ぎない」です。

興味深いことに、『復元報告書』には万年時計のフュージーを検証した結果として、「フュージーの溝とチェーンの接触した跡を調べた結果、チェーンは2巻き位しか巻いた形跡がなかった。多分強度上これ以上巻くのは無理と判断したのであろう。ちなみに2巻き位が限度だとすると、実際の時計の持続日数は75日位になる。」(同書P20)と述べられています。75日ごとに1度巻くとすると、5度巻けば1年間作動することになります。

「久重は、1年に1度ゼンマイを巻けばよい万年時計をつくろうとした。しかし、それを実現できるような強力な鋼のゼンマイは入手できず、新規に鋼ゼンマイを製造しようとしても、国内の鍛冶職人のなかに自分が望むほどの能力を持つ人間を探し出せなかった。一方、真鍮ゼンマイは自作のからくり人形に何度も使用しているし、故郷久留米の刀鍛冶に無理を言えば、強力なものを作ってもらえそうだった。それに、1個の真鍮ゼンマイで1年間万年時計を動かすのは難しいが、複数個を組み合わせれば可能と思われた。久重は知恵を絞ってその機構を考案し、真鍮ゼンマイも納得のいくものができあがった。ついに万年時計は完成した。
だが久重は愕然とする。万年時計を作動させようと実際にゼンマイを巻いてみると、2回ほど巻き上げたところで機構がミシミシと音を立てはじめたのだ。『発條巻事一歳一回』の広告コピーは1年後、『発條ヲ巻クコト一年ニ四五度ニ過ギズ』に変更された……」

最後のカッコ書きの文章は、私の夢想です。

以上、私がずっとさまよっている迷宮世界の一端を、思いつくまま12回にわたって書きました。最後まで読んでいただいた皆さま、ありがとうございます。
  • 時計仕掛けの文化

コメント

1番~11番を表示

2015年
02月25日
09:57

私も仰る通りと思います。
西洋時計の歴史は多くの情報が残っていますし、
研究も盛んなので比較的詳細に調べることが出来ますが、

和時計はそれ自体貴重で高価であり、一般の時計屋では
修理が不可能なので、収集して研究しようという人の数も
少なそうですし、コレクターの幅の狭さもまた研究が難しい
原因でもあろうかと思います。

teacupさんの一連の記事では知らなかったことが沢山あり、
大変勉強になりました。また新たな事実が分かりましたら
教えて頂けると幸いです。

2015年
02月25日
10:09

2: mr.hmv

パワーリザーブに関してはこのレポートにありました。
http://henshu-wg0.jspe.or.jp/2006_06_report.pdf

特にインタビューは思い入れのバイアスが掛かっていません。


引用始め

レポート3p末:駆動力

ゼンマイ一つのトルクは24.5 N·m もありますが,
四つを十分に巻いても225 日しか駆動しません.そのうえ,
万年時計のフレームが木でできていてゼンマイのトルク
に耐えられないため,実際には十分に巻くのではなく,約
90 日に1 回少しずつゼンマイを巻いていたようです.作っ
た後に補強された形跡が残っていますが,それでも到底耐
えられるものではなかったようです.


レポート4p:インタビュー

Q.復元に関して苦労したところは?
A.久重の設計通りに作ると動かないところ.特に,動力
であるゼンマイの部分は当時の技術力では1 年間の稼
動は実現できなかったと思う.どんなに強いばねを使
っていてもフレームが木では強度が持たない.

引用終り


蛇足かもしれませんが上巻はこちらです。
http://henshu-wg0.jspe.or.jp/2006_01_report.pdf

2015年
02月25日
10:32

3: mr.hmv

12回にわたり文献精査を主軸とした考察を拝読しました。

このビブリオグラフィカルなアプローチは私のもう一つの道楽で取り組んできました。
http://www1.pbc.ne.jp/users/hmv78rpm/
音楽録音の黎明期から電気吹込開始に至る時代の録音情報を紡ぎ出す取り組みです。
HPを作り始めてから友人ができたことが大きな進歩となりました。
http://ibotarow.exblog.jp/
その方の協力も得て、文献記載の情報を実物を参照して確認する作業も可能となりました。

今思うに、書誌学的アプローチと現物調査がクルマの両輪のように感じています。
両社そろって初めて確固たるものになると信じています。そしてその行程は一人で歩むにはとても困難です。

webchronosでは様々な才能を持った方々がうようよしています。その才を活用しない手はありません。

今後の取り組みに期待しています。
無理せず続けてください。

先ずはファーストシリーズの御礼申し上げます。

2015年
02月25日
13:36

4: teacup

トキオさん

おっしゃるとおり、和時計を取り囲む環境は、それを学ぶ、調べるのが難しい状況にあります。

しかしそれは裏を返せば、研究している人が少ない分、ちょっと掘ったら、誰も知らないことを発見し、歴史の新たな側面に光を当てる機会に立ち会えることにもなると思います。

そのうえ、海外に多くの和時計が流出していることで、彼の地にも、少数ながら極めて熱心なコレクター、研究者が存在しています。私はたまたま数人、そういう人たちと知り合いになり、ときどきメール交換していますが、私のわずかな知識と情報を提供するだけで、彼らはとても喜んでくれますし、同時に私も、彼らから海外にある和時計の情報をもらって、勉強になることがたびたびです。

研究が進んでいないからこそ、私みたいなアマチュアがうろちょろできるわけでして。

2015年
02月25日
13:53

5: teacup

mr.hmv さん

パワーリザーブはじめ、いろんな情報をありがとうございます。

江戸時代に作られた最高の機械時計である万年時計を、動力の面から探っていくことで、私はわずかですが、久重の体温を感じた気がします。

それにしてもmr.hmv さんは多彩なことを探求し、蓄積されているのですね。
そんなエネルギー、どこから出てくるのでしょう。

歴史の探究は、おっしゃるとおり文献と現物と両方見ていかねば、掘り下げられません。文献も一次資料に触れるのが理想ですが、じつに困難。現物に触れる機会をできるだけつくりたいものですが、これも容易でない。唯一の救いというかやりがいが、トキオさんへのコメントに書いたように、自分が興味を持っている分野が、わかっていることの少ない、ある意味、宝島であることです。

2015年
02月25日
14:02

6: teacup

トキオさん、mr.hmv さん、お二人のお陰で、私、今回のブログを書きながら、とても貴重なことを学びました。

とりわけ洋時計が、支那時計が利用されたのちに商館時計に置き換えられた可能性があること。トキオさんの具体的な指摘と、その可能性についての論証、対してmr.hmv さんからの問題提起、そしてお二人の検証による当面の結論。じつに素晴らしく、貴重な勉強をさせていただきました。

お二人には心より御礼を申し上げます。

2015年
02月25日
14:12

7: teacup

12回のブログを進行していく中で、
コメントを書き込んでいただき、
また情報をご提供いただいた

buchin さん
レショ~さん
宗一郎さん

シリーズの最終回にあたり、重ねて、心より御礼申し上げます。

2015年
02月25日
14:13

8: mr.hmv

あ、これで終わっちゃダメよ〜

落ち着いたらアーカイブに書誌データアップしてくださいね。

2015年
02月25日
14:17

9: teacup

12回書いているうちに、過去の回にあらたなコメントを皆さんに書き込んでいただいています。
今からもう一度、全体を読み直してきます。

2015年
02月25日
14:20

10: teacup

mr.hmv さん
私、これで消えてなくなることはありません。
時間はかかりますが、アーカイブへ書きますので、ご安心ください。
ちょとひと休みしたいだけです。

2015年
02月26日
02:08

11: teacup

1つだけ、補足というか四方山話を。

江戸時代のからくり人形の動力には、基本的にクジラのヒゲのゼンマイが使用されました。
ずっと以前のことですが、釣り竿の先端部分にクジラのヒゲを使っているのを見せてもらったことがあります。
削りに削って、極めて柔軟な動きを実現していました。針にかかった魚を、自在に竿でコントロールするために、クジラのヒゲを使っているんだという話でした。
ヒゲクジラを捕獲するのが自然保護上困難になった現在では、もはや竿の先にクジラのヒゲを使うなんてことは夢物語になりましたが。

このことを話してくれた人が、「クジラのヒゲは焼き入れができるんですよ」と教えてくれました。へえ、鉄と同じなんだ、とその時思いました。

さらに別の機会に、クジラのヒゲでゼンマイを作る工程を、ある人が教えてくれました。この場合、クジラのヒゲを丸めて渦巻きの形に整えて、軸に固定するのかと思ったら、「いや、まっすぐなまま軸に固定する。そのうえで、軸に巻き込んでいくとゼンマイになる」と言われて、なるほど、と思いました。

丸く渦巻きの形に整えてから、軸に固定したりしたら、反発力が減衰したゼンマイをつくるという、バカなことになるわけですね。なるほどなあ、と思いました。
こんなこと、ゼンマイを作る人にとっては常識なのかも知れませんが。

あ、午前2時だ。寝ます。

1番~11番を表示

コメントを書く

本文
写真1
写真2
写真3
Chronos定期購読のお申し込み