ミドリフグさんのブログ
(一般に公開)
- 旋盤を買ったお話【タガネ編 -即堕ち3秒から始まる地獄-】2025年12月17日01:01
-
皆様ごきげんよう。
前回で旋盤を導入したので実際に天真を作ってみましょう。
色々な工程をすっ飛ばして、いきなり天真製作に挑むことがどれほど間抜けで無謀だったかを後の地獄で身を持って知ることとなるのです。
ということでまずはタガネについてからです。
サムネ(写真1)で「何だこのタガネのような何かは…」と思った方、おそらくその道に精通した方かと思われるので、この記事を読んだらあまりのアホさ加減に卒倒するかもしれません…読んでる私も卒倒しそうですので…
<タガネを用意しよう>
時計用旋盤は回転する棒材に、タガネという刃物を手で押し当てることで切削していきます。したがって、旋盤工作をするにあたり、タガネの存在は欠かせません。つまり、天真を作るためにはこのタガネを用意することが第一歩となります。
<そもそもタガネって何でできてるんだよ>
専門家ではないので詳しくは語れないのですが、タガネとして使う材料はハイス鋼またはタングステンカーバイド(超硬合金)が一般的です。天真のような、ハイス鋼にも匹敵する硬さの鉄(HRC硬度60弱)を切削する場合、もっぱら超硬合金(HRC硬度70前後)を使うことになります。しかし、この超硬合金の曲者なところが「硬いけど脆い」性質にあります。
どういうこっちゃと思われる方も多いと思うので、ここはグミとせんべいを思い浮かべてみるとわかりやすいかもしれません。グミは柔らかいので何かを傷つける事はできませんが、引張り・曲げ等にはめっぽう強く、グミという個体が破壊されるにはかなりの力を要します。一方でせんべいはとても硬いため何かを傷つけることはできますが、手で少し小突いてあげるだけで簡単に割れ、せんべいという個体はいとも容易く破壊されてしまうわけです。
長々と説明してしまいましたが、要は、超硬合金製のタガネは「せんべい」で物を削っているわけですね。色々条件を揃えてあげないと一瞬でタガネの刃が逝ってしまうのです。
<即堕ちタガネ>
※途中で読み飛ばされる方へ
ベルジョンは何も悪くありません(笑)。これだけは誤解なさらぬよう…
肝心のタガネですが、どうも調べたところによると時計師の方は自分で作るのが普通のようで、様々な形のタガネを自作されています。当の私は適当人間ですので、そんな工具を1から作るのも、作り方を調べるのもめんどいなということで、ベルジョン製のタガネ(超高い)を買うことで一挙解決を試みました。早速スチール棒を削ってみましょう。
ギュイィィィィィィン
ガリガリガリガリ…
バキッ(?!)
開始3秒でタガネが逝きました
<タガネ地獄への序曲>
後々知ることになるのですが、既製品タガネを買うにしても、そのままでは角度等が適切でないため、何かしらの手を加えることが多いようです。そんなことは露知らず、きっと切り込み角が悪い・回転速度が悪いとあれこれ試し、折っては同じ角度で研ぎ直し、研いでは折り…そうして数日が過ぎた頃、私のタガネは、『将太の寿司』に出てくる坂田さんの長年の修行の集大成とも言える柳刃包丁(知らない方はとても面白い漫画なので読んでください)の如くチビた刃になってしまいます(笑)。
何日経っても入口から一歩も進めないストレスからついに堪忍袋の緒が切れた私はタガネに向かい、「このクソッタレのフ××ク野郎!お前にいくら注ぎ込んだと思っている!それがなんてザマだ!お前は今日でクビだ!」と罵詈雑言を浴びせ、悪いのは自分じゃない・物が悪いと他責モードに入ることで自己防衛に走り、それを証明するためにタガネ製作へ突っ走ることとなるのでした。もはや入口から完全に迷子です。
<真鍮すら削れないタガネ(笑)>
こうして材料を集め、なんの理論にも基づかず見様見真似で製作したタガネ初号機(写真1下)。これを手にした時の私は根拠のない自信で満ち溢れておりました。早速試してみましょう。きっとベルジョン製のタガネが悪かったに決まっているのです。
ギュイィィィィィィン
シャリシャリシャリシャリ…
…?
全く削れません
そんなバカな…会心の出来である初号機がタガネという名のただの「金属棒」でしかないという残酷な真実を私はまだ認めることができず、タガネ以外の要因を脳内で探りますが、思い当たるフシが全くありません。私は一度、深呼吸をして気持ちを落ち着けました。そして冷静になった結果――
「そんなはずはない!俺は悪くない!悪いのはこのクソッタレの鉄だ!その証拠に真鍮はこの通り…」
シャリシャリシャリシャリ…
全く削れません
ここですべてを悟ります。そう、クソッタレのフ××ク野郎とは他でもない私だったのです。もはや絶望で眼の前が真っ暗になりました。
<絶望の底>
初号機撃沈のあの日以来、私は旋盤に触れるのもうんざりとなり、長い事空白の期間が続きました。その衝撃は時計趣味そのものにまで至り、しばらく別の趣味に没頭することとなります。それでもなお、あの事件は度々フラッシュバックし、入口すら突破できなかった悔しさ・情けなさに、「ああぁぁちくしょう…俺はクソッタレだ…もう誰も俺を愛さねえ…棒ってなんだ?刃物ってなんだ?」と哲学するにまで至る日々が続くのでした。
<一本の蜘蛛の糸>
そんな何度目かわからないフラッシュバックの中、ふと、「もしかして刃の角度が悪い…?」とようやく核心に至る仮説にたどり着きます(アホ)。タガネ初号機の刃をより鋭角にして仕上げてみたところ、真鍮が少し削れました(笑)。これは小さいながらも大きな一歩です(アホ)。本当にこんな当たり前の仮説、なんでこれまで思い至らなかったのか、今でもわかりません…
<地獄からの脱却>
時計の神により垂らされた一本の蜘蛛の糸の如き出来事を経て、ようやく核心へと至った私は、超硬合金ブランクを何本も注文し、様々な刃の角度・形状でタガネという名の金属ゴミを多数試作し(写真2)、削っては折り、折っては刃の形状を見直し…もはや何度目かわからない失敗の末、ようやっと(今の私の技術レベルで)最も折れず・削れる形状を探り当てました(写真3)。
写真3の上から順にサクサク削れるタガネとなります(角棒から作ったタガネは無駄に鏡面仕上げにしてあります)。とはいえ一番下の物でもHRC硬度60の工具鋼すら鉛筆のように削れます。上から2番目がベルジョンのタガネですが、このように刃の形状を最適化したらそりゃもうサクサクと…酷いこと言ってごめんね…
旋盤を設置してからここまで実に1ヶ月、ようやっと旋盤工作のスタートラインに立てたのでありました…
<次回予告>
できる人から見たら、「パパ!鉛筆削れるようになったよ!」という程度の内容でしかなく、そんなのを記事にする必要性が問われるところでありますが、作りすぎてしまった地獄は隣人にお裾分けしたくなってしまうのが人の心理…こうして記事とさせていただきました。しかしまぁ、真鍮すら削れないタガネを製作できるのはある種の才能だとも言えます(ポジティブ)。
ということで次回はちゃんと天真作ります…(作れるのか?)
- zenith




