三田村優:写真(ポートレート)
Photograph by Yu Mitamura
広田雅将(クロノス日本版):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
千住 博氏の作品「ウォーターフォール」
「もともとブルガリが好きだった」と語る千住氏。「歴史があり、ギリシャ・ローマの美を感じさせるブランドでしょう。ブルガリからコラボレーションの話が来たとき、大変名誉だと思いました」。
しかし、千住氏が得意とするのは壁画のような大作だ。「最近まで、高野山・金剛峯寺の襖絵を描いていました。サイズは幅44m」。一方、オクトの文字盤は3cm程度の大きさしかない。彼が得意とする広がりを表現するのは難しかったのではないか?「金剛峯寺とブルガリの作業を並行して行いましたが、結果として良かったと思います。大きな絵には緻密さを、小さな絵には広がりを持たせることができましたから」(千住氏)。
日本的な表現とされてきた「余白」を再定義し、作品で表してきた千住氏。彼の描く絵が、日本的でありながらも世界的な広がりを持つのは、彼が余白に、普遍的な魅力を見いだしたからだった。なるほど、約3㎝しかない本作の文字盤上にも、余白が広がっている。
そんな彼が文字盤に描こうと思ったのは、滝だった。「流れていく時は水のようなもの。時は流れる、と考えると、自ずと滝という題材に至りました」(千住氏)。フィニッシモの文字盤を見ると、余白を残しつつも、中心には滝の流れが強調されている。「余白こそが宇宙」と語る千住氏は、さらに時の流れを融合させたわけだ。
そう考えると、オクト フィニッシモがベースになったのは合点がいく。伸びやかで広がりのあるフィニッシモの文字盤は、"キャンバス"としては最適ではないか。千住氏の話を受けて、デザイナーのファブリツィオ・ボナマッサ・スティリアーニ氏もこう答えた。
「フィニッシモには、意図的にスペースを残しました。不要なものを省いて、余白を残したのです。埋めるのではなく、残したのです」(ボナマッサ氏)
余白を強調するのが、八角形のベゼルだ。時計を見ると、八角形のベゼルは、あたかも額縁のように、滝の絵を囲んでいる。
「八角形というモチーフは、小刻みに面が連なった人工的な形です。自然ではないけれども、人工を重ねて宇宙に近づいていく。十二角形は楽なんですけど、八角形は難しいのです」(ボナマッサ氏)
今回発表されたのは、マザー・オブ・パール文字盤上に滝の絵をプリントした3本の「オクト フィニッシモ 千住博」モデルだ。「日本のメーカーに文字盤の製作を依頼したけれど、望んでいた色が出なかった。マット仕上げも試しましたが、仕上がりはリッチではなかった」(ボナマッサ氏)。結局、千住氏のペイントを完全に再現できたのは、スイスの文字盤メーカーだけだったという。
約3㎝という文字盤の中に、余白、つまり「宇宙」と「時」を表現してみせた「オクト フィニッシモ 千住博」。大きな文字盤を持つフィニッシモであればこそ、余白は滝を引き立てる。彼はそのキーワードを「荘厳」、と述べる。「人の力ではどうにもならない時の流れ。それを伝える時計は、神の器のように、荘厳でなければならないのです」(千住氏)。