時計愛好家の生活 オーバーシーズさん「リシャール・ミルは高いけど、購入して納得しました」

FEATURE本誌記事
2024.05.04

最近、一部の時計好きの間で注目を集めるバゲットカットダイヤモンド。その中でも、とりわけこのジャンルの時計に魅せられたのがオーバーシーズさんだ。シンプルな、しかし上質な服装に身を包む彼の腕には、ベゼルにダイヤモンドをあしらった数千万円の時計が光っている。もちろん、稼ぎがなければ、そもそもこういった時計は買えない。しかし、彼のコレクションを見ると、同じようなコレクターが持つであろう、複雑時計の類はほとんどないのである。なぜ彼は、バゲットカットダイヤモンドに魅力を見いだしたのか?

オーバーシーズさん
会社経営者。大学を中退後、20代で会社を設立。以降、会社を拡大させた。腕時計に興味を持つようになったのは8年前のことだという。自身のファッションに合う腕時計を求める彼は、オーデマ ピゲとリシャール・ミルに興味を持ったほか、バゲットカットダイヤモンド入りの腕時計を揃えるようになった。
インスタグラムID:@overseas_trips
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2022年3月号掲載記事]


「バゲットダイヤ入りを選ぶのは、きれいだから。見れば分かるのがいい」

ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン

取材当日、オーバーシーズさんが腕に巻いていたのは、プラチナケースの「ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン」。エヴォルーティブ タペストリー模様のアイスブルーダイアルにバゲットカットダイヤモンドをあしらっている。決して公言しないが、オーバーシーズさんはバゲットカットダイヤモンドのセッティングに驚くべき審美眼を持っている。

「広田さん、私は今後、バゲットダイヤモンド入りと、セラミック、そしてカーボンケース以外の時計は買わないつもりです」。筆者はオーバーシーズさんというコレクターを知っていたし、彼がどんな時計を持っているのかも、おぼろげながら聞いていた。決して多くを語らないが、シビアに時計を見るオーバーシーズさんは、単なる金持ちではなく、生粋の時計コレクターという印象を持っていた。冒頭はそんな彼のコメントである。

「時計ってガワ時計でいいと思っています。時計を持っていても、中身を見ることはありません。私は同じ価値ならば、機械式時計ではなくクォーツ時計でもいいと思っているんですよ。機械式なら、その理由がデザインに表れていて、その必然性があるのがオープンワークですね。私がバゲットダイヤ入りの時計を選ぶ理由は、きれいだから。他人に説明せずに分かるのがいいですね」。彼は平易な、しかし論理的な口ぶりで話を続ける。

「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲのボリショイ限定を買ったんですが、通常モデルなら300万円強で買えるのに対して、このモデルは500万円弱。でも安いと思ったのです。グランフーエナメル文字盤が凄く美しく分かりやすいから」

 会社を経営するオーバーシーズさんは長年高価な服を愛用していたが、時計にはまったく興味がなかったという。周りの人たちに、経営者だからそれなりの時計を着けたほうがいい、とアドバイスされた彼は、「分かりやすい」パネライを初めての時計に選んだ。8年前のことである。

「ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」「ロイヤルオーク オフショア ダイバー」「ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」

オーバーシーズさんが向かう方向性のひとつが、傷つきにくく、退色しにくいセラミックケースの腕時計。右からオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」「ロイヤルオーク オフショア ダイバー」、そして「ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」の色違い。曰く「セラミックのパーペチュアルを持っている人はいるけど、色違いで持っている人は珍しいと思います」。しかし、クルチアーニのニットを250枚揃えるオーバーシーズさんを思えば、当然だろう。

「スーツで50万円を払うのに迷いはないし、洋服に100万円を使うのも当たり前。しかし、時計に50万円払うのは迷うんです」。その後、IWCの「インヂュニア」を皮切りに彼はオーデマ ピゲを買うようになった。6年前に入手したのが、「ロイヤル オーク クロノグラフ」の18KYGモデルだ。

「その後も金無垢の時計を10本強買って満足したのですが、金時計を着けるならば、服のファスナーなども金色でなければ見た目が合わないんです。そこでロイヤル オーク ダブルバランスホイールのバゲットダイヤ入りを買いました。着けてみたらいいと思いましたね」。ファッションから時計を選ぶ人は多いが、ファスナーの色が合わないという理由で、バゲットダイヤモンド入りの時計に飛躍する人はそういないだろう。

「人生で求めるものは1に女性、2にファッション、3、4がなくて5に時計。私はあくまで、洋服選びの延長線上で時計を選びます。俳優のマーク・ウォールバーグがデニムにダイヤの時計を合わせているのを見て、これは私の求めるところだと思いましたね」。穏やかに語るオーバーシーズさんだが、1に女性、2にファッションと言うだけあって、その歩みは破天荒だ。

「試験の点数が良かったら服を買ってあげると親に言われて、勉強はしました。たまたま大学受験でB判定だったある大学に受かったんです。大学名が良かったので、在学中は合コンをやり放題。ところが遊びすぎたため、両親が上京してきました。残りの学費と生活費を出すから、あとは好きにしろと言う。そこで大学を中退し、そのお金で遊びました。でも合コンをやっても、無職では注目を集めないんですね。エビが逃げるように女性が散っていく(笑)」

「ロイヤル オーク エクストラシン」の限定モデルと18KWGモデル

「こういう時計も持っています」と言って見せてくれたのが、「ロイヤル オーク エクストラシン」の色違い。右はPtとTiのコンビでIPと言われる限定モデル、左はサーモンカラーの文字盤を持つ18KWGケースモデルだ。双方ともブティック限定の稀少品である。なお、上の写真の背後に見えるのは、USMハラー製の家具(時計がスイス製なら家具もスイス製)。下はアーロンチェアの座面である。ほとんど物のないオーバーシーズさんのシンプルなオフィスだが、家具類は一流品で統一されている。「好きなものを選び、それで統一するのがいい」とは時計選びにまったく同じだ。

 それで社長になるしかないと思った、と語るオーバーシーズさん。しかしアルバイトで働いていた会社の社長に、仕事を回すから独立すればいいと言われたというから、よほど有能だったに違いない。「そこからずっと経営者ですね」。誤解を恐れずに言うと、女性好き、ファッション好きが嵩じて独立した彼の嗜好は、ありきたりのファッション好きとはまるで異なる。

「男のファッションは1にサイズ、2にサイズ、3、4がなくて、5にサイズなんです。高い服でもサイズが合わないとダサいんです。今のクルチアーニに出合うまで、ニットもわざわざ着丈と袖丈を直させていました。洋服は引き算です。自信があれば引き算。自信がなければ足し算。ロゴドンの服を着ている人を見ると高いお金を出して自信がないことを宣伝して歩いているようなもの」。彼のワードローブはかなりユニークだ。ニットはクルチアーニのハイゲージ平織りで、色は白、グレー、ネイビーの3色のみ。これを250枚も持っているとのこと。靴は150足強。年間、服に使うお金は1000万円を下らないという。

「今では、同じモデルを同色でユニフォームのような服の着方をするようになりました。ある時期までは迷いましたが。昨夏、そこに加えたのがアルマーニの無地Tシャツです。カシミア100%で定価19万円強をデイリーで着られるように6枚まとめ買い。御大アルマーニ氏がランウェイの最後に着るほどアイコニックなシャツですから、服好きにはたまりません。自信がない人は足し算、自信がある人は引き算。自信を持ってシンプルな服を着たいですね!」

「RM 028」「RM 67-01」「RM 35-01」

「高価だけど普段使える腕時計がいい」と語るオーバーシーズさん。最近は、リシャール・ミルにも目を向けるようになった。曰く「プレ値のロレックスのデイトナ・レインボーを見た時、それに3000万円(当時)の価値はないと感じましたが、プレ値のリシャール・ミルは妥当だと思いました。さすがに、それだけの作りを持っています」。右上から時計回りに「RM 028」「RM 67-01」「RM 35-01」。

 オーバーシーズさんはアクセントとして選ぶ時計にも、やはり独自の見方を持っている。

「ビールにしても一番搾りが美味しいでしょう。デザインもジェラルド・ジェンタの初作であるロイヤル オークのほうが立っている。荒々しいけど、デザイン濃度が高いですね。(その後に出た)ノーチラスはいい時計ですが、パテッククォリティの仕上げがあってこそだと思っています。オーデマピゲやリシャール・ミルは傷つきにくいし、使いやすいですね。見ている人に分かりやすいですし。リシャール・ミルは高いけど、購入して納得しました」

 では、バゲットカットダイヤモンドをあしらった時計はどうなのか?

「豪華さだとバゲットダイヤにかなうものはないでしょう。金無垢を見てもピクリともしません。私見ですが、金無垢はダイヤの二番煎じだと感じるからです。意外かもしれませんがダイヤは傷が付きにくいから普段使いにいいんです。取引先にバゲットダイヤモンド入りの時計を着けていくと、儲かってますねと言われますが、『ありがとうございます。儲けさせていただいております』と答えています(笑)」

 オーバーシーズさんのコレクションを見ると、これ見よがしな複雑時計がないことに気づかされる。十分買えるだけの収入を得ているのに、なぜ買わないのだろうか?

「時計は使ってなんぼ。ミニッツリピーターは防水性がなくて衝撃に弱いですよね。壊れる時計は着けられないでしょう。価格の高い安いは自助努力でクリアできます。でも着けたい時に壊れて使えないのは自分でコントロールできない要素なんです」

「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ ボリショイ リミテッド」「インサイド・マイクロローター」「ロイヤル オーク ダブル バランスホイール オープンワーク」

興味深い3本。右はロシア限定のオーデマ ピゲ「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ ボリショイ リミテッド」。スモーク仕上げのラッカーダイアルと思いきや、グランフーエナメル(!)を採用。真ん中はローマン・ゴティエの「インサイド・マイクロローター」。左はオーデマ ピゲ「ロイヤル オーク ダブル バランスホイール オープンワーク」。ベゼルにサファイアが入ったモデルを購入したオーバーシーズさんは、続けてこのベーシックなモデルも入手した。色違い、素材違いの同モデルを揃えるのは、彼の服装の選び方にまったく同じである。

 クルマにも興味がない、と彼は言う。「30歳前でクルマは降りました。女の子にモテたいからポルシェ911を買ってみましたが、クルマの運転が好きでないことに気づきました。ロールス・ロイスとか良さそうですが、出先の駐車場などで往生しちゃいますよね。タクシーで移動が便利ですね」

 明快かつ破天荒に生きてきたオーバーシーズさん。しかし、意外なことを漏らした。「私は若い頃、迎合的だったんです。他人に合わせていました。でも尊敬されないんですよね。思春期を経て体が大きくなってもそれは変わりませんでした」。そこで彼は、こういう結論に至ったという。曰く、「他人に合わせる努力は報われない。他人に合わせてもらう努力は時間を要すが大きく報われる」「自分のルールで勝つと生きやすい」。

「仕事をする際は、どの顧客にも例外を設けないです。今回だけ例外でお願いしますと言われても断ります。1回目の例外が2回目の例外。2回目の例外が3回目の例外を呼び、負の連鎖となり、簡単なことが難しくなるからです。また仮に10回勝負であれば、私は1回だけ勝てればいいと思っています。勝ち数にこだわると他人に合わせないと難しいからです。もちろん勝つときは自分のルールを押し通します。なぜならば、その勝ちは信用できる勝ちですから」

「ノーチラス 5722」と「5724G」、「ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン」「ノーチラス 5723R」「デイトナ」「ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン」「ロイヤル オーク ダブル バランスホイール オープンワーク」

「『週刊バゲット通信』をやってみようと思いまして」と笑うオーバーシーズさん。バゲットカットの貴石をあしらったモデルが7本も揃うと圧巻だ。下はオーバーシーズさんが好むムーレーのカシミア製ダウンジャケット。「13着は持っています」という。右からパテック フィリップ「ノーチラス 5722」と「5724G」、オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン」、非常に珍しい「ノーチラス 5723R」、ロレックス「デイトナ」、「ロイヤル オーク フライング トゥールビヨン」と「ロイヤル オーク ダブル バランスホイール オープンワーク」。

 私は飛び切り美しい女性が好き、と語るオーバーシーズさん。話をうかがっていると、その姿勢は、服選び、時計選び同様のストイックさが見え隠れする。事実、オーバーシーズさんは雌伏の時を経て完全に独身だ。本人は冗談めかして女性の話題をするが、こういう人ほど、別の理由に突き動かされているような気がする。

「マズローの欲求をご存じですか? 5段階の頂点に自己実現がありますよね。私は自己実現という欲求を探したいんです。それは幸せになりたいということですね。ファッションも時計も、あくまでも幸せのための手段なんです。ですから、ファッションや時計以外のものであっても、幸せを探すでしょう」。筆者はそこにもうひとつ加えたい。鍛え上げた体にクルチアーニをまとい、腕にバゲットダイヤモンド入りの時計を巻き、女性の魅力を礼賛する。それらすべてに共通するのは、痛快なまでのオーバーシーズさんらしさ、別の言い方をすると時間をかけて築き上げた、彼ならではの勝ち方ではないか。これほどまでに、バゲットダイヤモンド入りの時計が似合う人を、他に知らない。


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