Apple Watchはなぜ、スマートウォッチ以上の存在になれたのか? 健康や生命を守るデバイスとしてのApple Watch Ultra 2

FEATUREウェアラブルデバイスを語る
2024.04.30

スマートウォッチ市場で一人勝ちを続けるApple Watch。なぜ、Apple Watchは絶大な支持を得られるのか。その理由をApple Watch Ultra 2を例にジャーナリストの本田雅一が解説する。Apple Watchがスマートウォッチという枠を超えて、健康や生命を守る機器として立場を確立したことが最も大きな理由と本田は語る。

本田雅一:文
Text by Masakazu Honda
[2024年4月30日公開記事]

Apple Watch Ultra 2


Apple Watch発売以来続けてきた、新しい挑戦

「Apple Watch Ultra」が発表された際、筆者はかつて機械式腕時計がブランド力を発揮する源となった極限領域での腕時計の活用に、特別な価値を見出そうとしたのだと考えた。

 このコラムの中でも、第1世代のApple Watch Ultraが発表された際には、かつての機能性ウォッチブランドが歩んできた道程と重ねながら、 これまでTシャツとジーンズのようだったApple Watchが、いよいよブランド構築を次の段階へと進めようとしていると言及した。

 もちろん大きくは外していないが、Appleが挑戦しているスマートウォッチにおけるブランド戦略における別の切り口に気付いた。

 そして改めて現在Appleが進めているApple Watchのブランド戦略を見つめ直すと、彼らが機械式腕時計では成し遂げられない新しい挑戦をしようとしていることが分かる。

Apple Watch Ultra 2

Apple「Apple Watch Ultra 2」
2023年に第2世代へと進化した「Apple Watch Ultra」。新チップを搭載し、より処理能力が上がったほか、ディスプレイの輝度も3000ニトへと引き上げられた。通常使用時の駆動時間約36時間、省電力時約72時間。Tiケース(縦49mm×横44mm×厚さ14.4mm)。重量61.4g。12万8800円(税込み)〜。

 Appleが腕時計の事業を始めた時、彼らには少なからず迷いがあった。迷いというよりも、今後、どのようにして製品ジャンルを育てていくかについて、さまざまな方向への可能性を見ながら多面的に展開していた。

 製品に対するプレミアムな価値をどのように付与するのか、Apple自身見えていなかったところが多かったのだろう。

 初代Apple Watchではそれまでにない精緻な加工が施された独創的なブレスレット型ストラップや、ゴールドやステンレススティールのケースが用意され、高級な機械式時計を磨いてきた職人肌のパートナーがApple Watchのローンチに関わったのだ。

Apple Watch ゴールドケース

初代Apple Watchでは付加価値を与えるべく、Editionモデルに18KYGケースのモデルを追加した。

 当時の価値観を振り返るならば、わずか数年で機能や性能が陳腐化してしまうエレクトロニクス製品を高級な嗜好品ブランドとして構築する事は不可能のように思われていた。

 無論、この点について、まだ改善が不十分だと言う声は当然あるだろう。

 しかしながら、Appleは従来の腕時計メーカーとは異なる視点でのブランド構築に舵を切り始めた。


ウェルネスの領域が拡大して見えた「命を救うデバイス」という立ち位置

 彼らがApple Watchの新しい可能性に気付いたのは、ユーザからの反応だった。

 2019年、同社最高執行責任者でApple Watchの開発を指揮、監督していたジェフ・ウィリアムス氏にインタビューした時のことだ。彼は開口一番に「Apple Watchを開発していた当初、ユーザーの命を助けるデバイスになっていくとは私たち自身、想像していませんでした」と話した。

Apple Watch 心電図

Apple Watchをヘルス機器として注目させるきっかけとなったのが心電図機能。心電図を常時記録し、不規則な心拍等データから心房細動(AFib)の兆候を特定することができる。

 テクノロジーデバイスによる、ヒトの健康に対する関与には幅広いレベルがある。ウェルネス、ヘルスケア、メディカル。それぞれの領域に境目はなく連続したものだ。ヘルスケア向けに開発されたデバイスが医療に役立つ情報を提供することもあれば、本来は医療向けに開発されたデバイスが日常の健康に役立つこともある。

 Appleが考えていたのは、当初、ウェルネスの領域を追求することだった。

 記憶を掘り起こすならば、第2世代以降のApple Watchはスポーツに焦点を当てていた。スポーツといってもアスリートに向けた機能ではない。一般のユーザが生活習慣を改善し、より健康的な生活を送るための仕組みを作るためにApple Watchのスポーツ対応を改善していったのだ。

 しかし、スポーツウォッチとしての性格を高めていくにつれ、Appleはウェルネス向けだけではなく、もっと本格的なヘルスケア、あるいはメディカル領域にも踏み込んだ人間の健康、ひいては生命の危機を救うといったところまで、自分たちのデバイスが役に立つと言う確信を持った。

Apple Watch 睡眠ログ

アクティブトラッカーとしての代表的な機能のひとつが、睡眠ログだ。加速度センサーを用いた寝返り等の記録と、心拍数センサーの数値から、睡眠時間だけでなく、睡眠の質などが記録できる。

「Apple Watchが日々のユーザの健康を監視し、ときには命を守る可能性があることを知った」とウィリアム氏は当時のインタビューで答えている。彼らは、Apple Watchのユーザから自分の生命をApple Watchが守ってくれたと言うメールを受け取った。

「体重が減った」「より活動的になった」という感謝の手紙だけではなく、心拍数の異常をセンサーの数字から感じとり、Apple Watchで心拍の動きを確認したうえで医療機関に連絡したことで命が助かったという手紙もあったという。

 そうした経験を経て、AppleはApple Watchに心拍の変動が異常きたしているかなど、色々な形で人の命を守る機能を実装することに力を入れるようになった。第4世代の製品で組み込まれた、転倒検出機能などはその典型的な例だろう。

Apple Watch 服薬管理

watchOS 9からは、服薬管理を助けてくれるアプリケーションも対応となった。リマインダーとしてだけでなく「いつ」「どんな」薬/サプリを服用したのかが記録される。

 現在第9世代、今年の終わりにはおそらく10年目の節目となる製品が発売される予定のApple Watchだが、スタンダードなApple Watchに関するこうしたウェルネス領域からさらに踏み込んで、人の健康と命を守る機能や提案、見守り機能に関しては今後も熟成が続けられていくだろう。これは彼らのこの製品に取り組む基本的なモチベーションであり、開発に力を注ぐ理由なのだ。


健康や生命を守る機能をより極限に近い状況でも発揮させたApple Watch Ultra

 おっとこのコラムはApple Watch Ultra の第2世代についての話だった。

 Appleは、こうしたスタンダードなApple Watchの持つパーパス(役割)について、さらに突き詰めて、多様な領域、環境における健康と生命を守るデバイスへと高めていくと言う考えで、次のステップに進もうとしたのだ。

 Apple Watchに関しては、その利便性の高さの方がよく語られることが多いが、Appleとしては健康と生命を守るデバイスと言う文脈でのブランド構築を重ねているつもりだろう。筆者は特別に言語化されていなかったとしても、この路線でのAppleの戦略は成功している。

 Appleは多種多様な生体センサーを内蔵させることだけではなく、医療機関と協力しながら、Apple Watchから得られる情報を 健康と生命を守るためにどのように生かせるかを研究開発するプログラムを立ち上げた。当初は米国の研究開発機関を中心としたプロジェクトだったが、現在これは日本を含めたグローバルに広げられている。

Apple Watch Ultra 2 サイクリング

 さて、なかなかApple Watch Ultraの話にならないと考えている方もいらっしゃるかもしれない。しかし、第2世代の「Apple Watch Ultra 2」を含め、製品の機能や概要に関しては、皆さん十分に伝わっているはずだ。

 より大きなバッテリー容量、ヘビーデューティーで厳しい環境にも、耐えられるケースの設計や風防ガラスの構造、衛星通信にも対応し、より多くの衛星信号を捉えるよう設計された。新しいプラットフォームは第2世代になったことで、機械学習処理を強化し、それを使いやすさと言う面で応用している。

 AppleがApple Watch Ultraを開発する上で、健康と生命を守るという路線を拡張するために、選んだのはウルトラマラソンやトレイルラン、スキューバダイビング、登山といったアスリートの領域だった。

 Apple Watch Ultra 2

 誰も通りかからない場所で、気を失った時、スマートフォンを取り出せない状況に陥っている時、腕にあるApple Watchが自動的に緊急状況を通知してくれたり、あるいは何らかの簡単な操作だけで助けを呼んでくれたりするといったことがこれまでにもあった。

 そうした健康や生命を守る機能を、より極限に近い状況でも発揮させようと言うのが、Apple Watch Ultraの基本的なコンセプトだと考えられる。

 では、第2世代で機械学習処理が2倍に強化されたからといって、何が大きく変わるのだろうか? そこに急激な変化などは存在しない。Appleがダブルタップと呼ぶ、人差し指と親指を合わせる操作を、さまざまなその時に応じた適応的な機能へと割り当てることに機械学習処理は主に使われている。

Apple Watch Ultra 2 ダブルタップ機能

Apple Watch Ultra 2に採用されたダブルタップ機能。時計のディスプレイを触らなくても、Apple Watchを装着した側の親指と薬指を2回合わせることで、あらかじめ割り当てた操作が行える。

 極めてシンプルなデバイスであるがゆえに、こうした機械学習によるユーザーインターフェスの強化は極めて有効と言えるだろう。ただし、Apple Watch Ultra 2と言う文脈で言うと、少し景色が変わってくる。

 例えば、登山で何らかの危険な状況に遭遇したときに、身動きが取れなくなったような時、そんな時に指先を動かすだけで、何かのアクションができれば、それこそ命を守る機能につながるかもしれない。

Apple Watch Ultra 2 コンパスアプリ

コンパスアプリでは「最後のモバイル通信接続地点ウェイポイント」と「緊急電話に発信できる最後の地点ウェイポイント」を自動で生成してくれる。前者は通信可能な最後の場所を知らせてくれるため、有事の際にメッセージの確認や電話の発信に役立てることができる。後者は遭難など、万が一の場合が起こった際に緊急電話がつながる場所を知らせてくれるものだ。

 Apple Watchは毎年のように進化する。デジタルデバイスではあるが、一方でしっかりとよく考えられたプラットフォームを長年にわたって熟成していくと言う考え方で作られている。つまり、毎年のようにアップデートは行うものの、以前のモデルとの継続性を重視したアーキテクチャになっている。そうした意味ではUltra 2で何ができるようになったのかと言うよりも、Apple Watch Ultraのコンセプトが現代においてどのように生かされているのかを、watchOSと言う彼らがApple Watchに実装している基本ソフトの機能の進化を見据えながら評価すべきだろう。

 繰り返しになるが、機械式腕時計とは異なり、Apple Watchは毎年新しい世代へと更新される。そこに前のモデルを陳腐化させると言う意図はない。

Apple Watch Ultra 2

 その時々の最新技術をハードウェアとして実装し、その時々のソフトウェア技術の進化やパートナーとの研究開発による知見をwatchOSに反映させる。このサイクルを厳格に守り続けているところに、Appleのブランドとしての信頼感が感じられるのは、筆者だけではないだろう。


なぜApple Watchは成功したのか? Apple Watch Ultraを透かして見るアップル流ブランド戦略


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Apple Watch
https://www.webchronos.net/features/88685/