時計専門誌『クロノス日本版』のライター・エディターに最近お願いしている「私の思い出の1本」企画。編集部の鶴岡智恵子が取り上げるのは、愛や信頼を失ってなお、手元に残したいと思ったザ・シチズン「25周年記念限定モデル」だ。
Photographs & Text by Chieko Tsuruoka
[2024年12月6日公開記事]
結婚資金を使い込んで買った腕時計
最近、時計専門誌『クロノス日本版』のライターやエディターらに、「私の思い出の1本」という原稿をお願いしている。時計関係者は、いったいどんな時計を所有して、その時計にどんな思い入れがあるのか、ふと気になったためだ。
初回は小誌発行人であり、弊社代表の松崎壮一郎がロレックスについて書いた。続く第2回、編集部員の鶴岡智恵子が、ザ・シチズンの「25周年記念限定モデル第二弾」を取り上げる。使っちゃいけないお金に手を付けて購入したことを反省しつつ、でもこんなに良い腕時計だから仕方なかったんだよという訴えとともに、つづっていく。
光発電エコ・ドライブ(Cal.A060)。年差±5秒。スーパーチタニウム™ケース(直径38.3mm、厚さ12.2mm)。10気圧防⽔。世界限定350本。
このモデルは2020年10月、シチズンの最高峰ブランド「The CITIZEN(ザ・シチズン)」、通称“ザシチ”の誕生25周年記念モデルとして、350本の数量限定で販売された。
ザ・シチズンについて簡単に説明すると、1995年に誕生したブランドで、着用するユーザーの「人生に永く寄り添う腕時計であるために、自らが理想とする『精度』『品質』『デザイン』『ホスピタリティ』」に挑んできた。シチズン時計の製品の中では高価格帯に位置しており、その分ケースやブレスレット、文字盤は作り込まれ、高級時計らしい品質を顧客に提供している。
ちなみに、個人的に最も“ザシチ”の美点だと思うのが、10年の無償保証・無償点検サービスだ。購入時に発行された保証期間中に「シチズン オーナーズクラブ」に登録することで、自然故障に対して、10年間の無償保証や点検を受けることができるのだ。
リリース当時はそこまでチェックしていなかったのだが、Twitter(現X)でフォローしているユーザーの、見事なこの土佐和紙文字盤の写真などを見ているうちに、たまらなく欲しくなった。ただ、リリースからすでに1年以上が経過しており、かつ350本という限定本数から完売していると考えて、特に探していなかった。
しかしある時、フラッと入ったザ・シチズン取扱店で、なんとこのモデルが残っていたのだ。見るだけと思って実機を触らせてもらうと、これがまたお写真以上に所有欲を刺激してくる出来栄えで、私はとりこになってしまった。
このモデルと出合った時は確か給料日前で、手元不如意。販売価格の税込み38万5000円(当時)に対して、あと8万円足りなかった。今冷静に考えれば、給料日になってからまた買いにくれば良い。しかし何を思ったか、この時の私(と言っても、そんなに過去のことでもない)は、当時付き合っていた恋人と一緒につくり、結婚資金をためるのに使っていた銀行口座から8万円を引き出して、この腕時計の購入に充てたのだった。
ひとめぼれのポイントは文字盤!
このモデルの最大の特徴は、土佐和紙にプラチナ箔を施した文字盤だ。世界で最も薄いと言われる「土佐典具帳紙(とさてんぐじょうし)」を用いており、さらにこの和紙に日本の伝統的な「砂⼦蒔き(すなごまき)」技法で、プラチナ箔をちりばめている。光を受けて発電するソーラーウォッチは、文字盤の下に置かれたソーラーセルに光を透過させなければならない。そのためポリカーボネート文字盤を用いるソーラーウォッチが多い中、シチズンは障子やあんどん、ちょうちんなどといった、日本で昔から光を通すツールとして用いられてきた和紙に目を付け本作に採用することで、ソーラーウォッチとしての機能性と、高級時計としての審美性を両立させることに成功したのだ。
また、針やインデックスもほれ込む要素となった。ソーラーウォッチはトルクが弱く、細く軽量な針を備えていることが少なくない。しかし本作は、鋭く、そして力強い針を搭載しており、高級時計らしい風格を持つに至っている。インデックスとともに、ポリッシュ・サテンで仕上げ分けされているのも好ましい。
ちなみに文字盤6時位置のロゴは、ザ・シチズンを象徴するイーグルーマーク。ケースバックにもこのイーグルのメダリオンが配されており、「ロトの紋章みたい」と言われることがあるこのマークは、特別感を覚えるディテールである。
使い勝手の良い腕時計
このモデルはケースもよくできている。素材は、シチズン独自のスーパーチタニウム™製。ステンレススティールよりも約40%軽く、耐傷性能や耐食性に優れ、さらに明るい色調を持つ。ストラップモデルということもあり、夏場はヘビーローテーションもしないため、あまり耐食性の恩恵を感じたことはないものの(使用傷は付いてるし)、この軽量さが一日中着けてても疲れず、快適だ。
しっかりとサテン・ポリッシュで仕上げ分けされていたり、優美なラインを描いている点も、所有への満足度を高めるポイントだ。
搭載するムーブメントは、シチズンが誇る年差±5秒の高精度の、Cal.A060。このモデルの時間は本当にいつ見ても正確で、ありがたい。所有している腕時計のほとんどが機械式なので、朝止まっていたら時刻合わせをしなくてはならず、時間がない中だと、ぱっと取って着けて家を出ることのできるこのモデルは重宝している(尾錠なので、Dバックルと比べると装着に時間が掛かるのがたまにキズ)。
ちなみにパーペチュアルカレンダーも搭載されているため、基本的に日付操作の必要はない。
愛と信頼は失っても、手元にこの腕時計が残っていればよし!
結婚資金を使い込んで購入したザ・シチズンの「25周年記念限定モデル第二弾」」について記した。なお、この横領した8万円は、給料日にこっそり返しておこうと思っていたのに、即バレてしまった。彼は鷹揚に許してくれたが、キャッシュカードを取り上げられたのは当然かもしれない。
その後、彼とは無事に結婚。両親から贈られた結婚祝い金は、すべて腕時計の購入(別のモデル)に充てた。そしてその彼とは、金銭問題が理由じゃない(と思う)けど、離婚した。
愛と信頼は失ってしまったかもしれないし、当時のことをとても反省しているが、現在もこのザシチを愛用しており、今後も手放す気はない。目下の悩みは、離婚までが早かったため、両親から「結婚祝い金を返せ」と、会うたびにどやされることである。