仕事柄、時計のイベントに出かける。顔を出すだけなら問題ないが、しばしば「ドレスコード」があるのは困る。先日は、タキシードが必須のイベントに呼ばれた。正装とやらは一応持っているが、着たまま西武新宿線に乗るほど肝は太くないので、タクシーで広尾まで出向き、果たして破産した。しかも、タクシーのエアコンが不調だったので、ただ移動するだけで汗だくになった。できれば“コスプレ”はしたくない。
6月上旬、オメガから仰々しい招待状が届いた。7月3日にビエンヌで行われるイベント、「ナイト・ミュージアム」に来いという。2泊4日というスケジュール自体は問題ない。しかし、中に気になる一文を見つけた。「1910〜20年代風の格好でお越しください」。なんだ、そのハードルが高いドレスコードは。
参加者が数百人もいるなら、適当な格好でごまかせる。しかし、今回オメガは20人ほどしか呼ばないらしい。つまり、手を抜いたら完全にばれてしまう。案内状をもらってすぐに、筆者は国分寺にある吉田スーツを思い浮かべた。このテーラーは、昔風の服装もきっちり仕立ててくれるが、納期は最低でも数週間かかる。今注文しても間に合わない。
やむなく“吊るし”を探すことになったが、市場には妙なカタチの「グレート・ギャツビー」風スーツしかない。素人の筆者が見ても出来はイマイチで、これなら着ないほうがましだ。腰を据えて調べたところ、ブラックサインの「バトラースーツ」が1920年代風で、しかも良さげな雰囲気である。写真を見るに、かつて内田百閒が着ていた三つ揃えにそっくりではないか。専門家に写真を送ったところ、20年代のディテールを備えている、というお墨付きを得た。慌てて店に出かけてまあまあな金額を払い(服にお金を払う趣味がない)、元テーラーに持ち込んで袖や裾を直してもらい、どうにか間に合わせた。ブラックサイン東京店の店長に聞かれた。「この服を何に使うんですか?」「コスプレですね」。
さて当日。スイス・ビエンヌの気温は30度を超えていた。しかも、会場となったオメガミュージアムにはエアコンがない。気張って20年代風のコスプレをしたものの、そもそもデブだし、スーツは三つ揃えだし、加えて生地がサージなので暑いことこの上ない。コスプレやるなら完全を、ということでボーラーハットも被ったが、余計にむさ苦しい。
しかも、腹立たしいことに、1910〜20年代風の格好をしている人があまりいないではないか。唯一目立っていたのはかのニック・フォークス氏。彼は19〜20世紀の服飾と文化が専門で、しかもGQのイギリス版でファッションエディターをやっていたから納得だけど、他はおおむね普通だった。かのウェイ・コー氏(『The Rake』と『Revolution』創設者)でさえも、20年代風とは言いがたかったし、シンガポールのジャーナリスト、SJX氏は完全に今風の格好で参加していた。見ているだけで涼しげだ。実に羨ましい。
で、このコスプレイベントで紹介されたのは、オメガ初の腕時計クロノグラフの復刻版。わざわざジャーナリストとコレクターを呼んだだけあって、完成度は非凡、というか圧倒的だった。詳細は別ページで語ります。