最初写真で見たとき、なんだこの時計はという違和感がぬぐえなかった。文字盤に針を増やして、ウィークリーカレンダーにするのはいい。しかし、文字盤のフォントを、あえてヘタウマにする必要はないじゃないか。パテック フィリップもネタ切れかなと思いきや、実物は非常に良い時計だった。ひょっとして傑作かもしれぬ。
パテック フィリップが長らく使ってきたのは、名機中の名機、Cal.324系だった。基本設計を310までさかのぼるこのムーブメントは、パワーリザーブこそ短いものの、ローター音は静かだし、シリリンバーヒゲゼンマイのおかげで耐磁性も高いし、今や精度もめちゃくちゃ出る。ハイエンドな自動巻きとしては、最良のひとつと言ってよい。クロノス本誌でも、再三取り上げ、絶賛してきたのは皆さんも承知の通りだ。
しかし今回、パテック フィリップは、まったく新しい基幹キャリバーを、このウィークリーカレンダーに与えた。キャリバー名はCal.26-330 S C J SE。大きな改良点は4つある。ひとつはストップセコンドが付いたこと。現行パテックは、どれも精度が極めて良い。だとすれば、ストップセコンド機能が付いたのは当然だろう。
そしてもう一つは、3番車にLIGAで成形した歯車を用いた点。歯車自体にバネ性を持たせた結果、パテック フィリップ曰く「4番車の挙動を安定させる抑えバネが不要になった」とのこと。最大の目的はメンテナンス性の向上だが、抑えバネが不要になった結果、おそらく、テンプの振り角は非常に安定するはずだ。筆者の知るかぎり、抑えバネをなくすためにLIGAを用いたのは、ほかにロレックスの4130しかしらない。
ふたつの変更は、主に耐久性を増すためだ。巻き芯の筒かなと、自動巻き機構の中間車に一種のクラッチ機構をいれ、過負荷がかかると滑るようになっている。その結果、リュウズを強い力で巻いても、丸穴車や角穴車の摩耗や、自動巻き機構の摩耗は、理論上大きく減るはずだ。ユーザーにとって分かりやすいメリットではないが、パテック フィリップは「これらの改良のおかげで、メンテナンスにかかる時間は減る」と説明する。
筆者の見た限りで言うと、パテック フィリップの自動巻きは、丸穴車と角穴車をつなぐクラッチシステムが良くできている。そこに、一種のクラッチ機構を持つ筒カナが加わると、巻き上げ機構の摩耗は極めて小さくなるはずだ。
1年間52週を表示するウィークリーカレンダーも興味深い。パテック フィリップ曰く、これは半瞬転式送りとのこと。瞬時ではないが、トルクをためて、ある一定のタイミングできちんと切り替わる。実際作動している様子は見られなかったが、パテック フィリップのことだ、きちんと作ってあるに違いない。
で、最後は気になるデザイン。「デザイナーが手書きで興したものをベースにした」というウィークリーカレンダーの文字盤は、最初変だと思っていたが、見るほど妙な味わいがある。それと、複数の針でカレンダーを表示するこの機構は、意外にも視認性が悪くなかった。10.79mmというケース厚と相まって、十分実用時計として使えるだろう。加えて、SS製のケースは、今のパテック フィリップらしく、磨きが驚くほど良い。パテック フィリップらしさを求める人も、きっと満足するに違いない。
さて結論。実用性と耐久性を増したムーブメントに、優れたパッケージングを持つこの時計は、非常に魅力的なデイリーウォッチである。加えて、内容を考えれば、税抜きで365万円という価格は(かなり高いとはいえ)妥当に思える。(広田雅将)