世界最大となった「香港ウォッチ&クロック・フェア」前編

2020.01.13

とにかく時計に関するモノは何でも揃う

立派なプレスパス。基本的に、これがあればどこでも出入り可能だ

HKTDCの運営者は非常に勤勉なので、初日の朝から、謎のビジネスブレックファーストミーティングが開催された。食事をしながら、参加者たちの席で話を聞くのである。話を聞いたのは、インドのシェイズ・ラグジュアリー・リテール、香港のスーテック、そして同じく香港のサムシン・グッズだ。

シェイズによる2019年の新作

シェイズ・ラグジュアリー・リテールは、インドで時計やジュエリーを製造するメーカーである。創業は10年前だが、インドで80のリテーラーと取引があるという。高級品の分野に参入すべく、2019年のサロン・ド・TEで新製品を発表するとのこと。話をしてくれたカーティア・シング氏は「(シェイズを)インターナショナルに打ち出すプレミアムブランドにしたい」とのこと。そして初年度である2019年は、18の新しいデザインを出すと語ってくれた。ちなみに「デザイナーは有名人」らしいが、詳細は教えてくれなかった。

スーテックの新製品は、ハイブリッドスマートウォッチだ

香港のスーテックは、もともとOEMのメーカーだったが、近年はスマートウォッチの製造に乗り出した。2019年に発表したのは、「ニッチなスマートウォッチ」。インドのCOVEと共同開発したスマートウォッチを見せてくれた。COOのジャスティン・タン氏が説明する。「30年間OEMで時計を作ってきたが、この2年はスマートウォッチに注力している。最新作はセイコーインスツルのAGギアボックスを使った、アナログデジタルスマートウォッチだ」。針とインデックスが太いため、いわゆるスマートウォッチ感はない。これならば時計好きにもウケけるのではないだろうか。ちなみに2019年の香港ウォッチ&クロックフェアで目立ったのは、アナログとデジタルのハイブリッドスマートウォッチだった。後述するが、モバード・グループの副社長を務めるフィリップ・ウォン氏も、スマートウォッチの未来はハイブリッドにある、と強調していた。

サムシン・グッズの廉価版である、アルファ・フラッグの新製品

個人的に面白いのは、サムシン・グッズだ。もともとはクラフター・ブルーという名前で、ダイバーズウォッチ用のストラップを製作していたが、3年前から時計製造を開始。今では、高級ラインのクラフター・ブルーと、安価なラインのアルファ・フラッグという2種類のブランドを擁するに至った。創業したスティーブ・チャン氏が大の時計好きと言うこともあって、個人的には刺さりまくりのブランドだ。

クラフター・ブルーの新作。カッコいい!!!!

もともとサムシン・グッズは日本製のエボーシュと香港製の外装を合わせた時計を作っていたが、今後はスイス製もリリースするという。なお写真の「メカニック オーシャン 300」は、セイコーインスツル製のNH35を搭載して、お値段は599ドル。正直、質は大メーカーのプロダクトに遜色ない。今や、香港のメーカーも、こういったプロダクトをリリースできるようになったのだ。

フランスのメーカーはまとまってブースを出していた

その後、高級な完成品を展示するサロン・ド・TEを回った。香港ブランドだけと思いきや、ロシアのラケタや、フランスのリップ、そしてAHCIなどもブースを構えている。また、バーゼルでは見られない小メーカーがあるのも、この見本市の魅力だろう。日本にもごく少数輸入されているマッツカート(MAZZUCATO)が、まさか出展しているとは思ってもみなかった。ヨーロッパのジャーナリストにも知らない人たちが多かったようで、彼らは熱心に見ていた。こういう、昔のバーゼルフェアで見られたような出会いがあるのが、香港ウォッチ&クロックフェアの魅力だろう。

なぜかアカデミーことAHCIのブースもあった

その後、カンファレンスに参加した。お題は「モバイルインターネット時代におけるデジタル化とコネクティビティ、及びウォッチ&クロックフェアで注目されるスマートウェアラブルのトレンド」。演者はリサーチ会社であるユーロモニターのマーティン・ヨルグ氏と、クラウド&モバイルコンピューティング協会会長のエミール・チャン氏、そしてモバード・グループ副社長のフィリップ・ウォン氏だった。残念ながら、講演のプレゼンテーションを載せることはできないが、内容を一部掲載したい。正直言うと、SIHHもバーゼルワールドも、これほどのレベルの講演は実施できていない。これだけでも、関係者は聞くべきではないだろうか。以下、概要を掲載する。

カンファレンスのレベルは非常に高い

演者たち。左から、エミール・チャン氏、ヨルグ・マーティン氏、そして一人おいて、フィリップ・ウォン氏

ヨルグ・マーティン氏が指摘したのは、既存の時計市場とスマートウォッチ市場は両立できるというものだった。彼は10年前の20億人から世界中の40億人がインターネットを使用し、これらのユーザーの41%が毎日インターネットにアクセスしていると述べた。これらは市場を大きく変えたが、一方で、デジタルデトックスが起きているとマーティン氏は指摘した。

こういう状況において、スマートウォッチは既存の時計をカニばらない、と彼は強調する。彼は、2015年から18年にかけて、伝統的な時計メーカーの売り上げが回復傾向にある一方で、積極的にスマートウォッチを追求してきたフォッシルの売り上げが急減したと述べた。スウォッチの売り上げは1.13%増、ロレックスは2.85%増、カシオは5.88%増、対してフォッシルは2.99%の減。マーティン氏は「(デザインとブランド化に乗り出した)セイコーは差別化の大変に優れたサンプルである」と強調した。その後、彼はデジタルデトックスの例として、針が1本しかない「24時間時計」の話をしたが、これはいささか蛇足だったかもしれない。

エミール・チャン氏は、香港の立ち位置をブロックチェーンに見出すという内容の講演を行った。彼は香港を、アジアと中国を結んだ世界初のコネクターと見なし、その立ち位置が、香港に成功をもたらしてきたと語った。しかし、中国が各都市に先進技術を投じるにつれて、香港に遅れが出てきたと述べる。そこで、香港はブロックチェーンを使って、データストレージ業界の主要なプレーヤーとなる必要がある、と語った。中国とアジア、そして香港の周辺都市と情報で繋がることにより、ハブとしての地位を維持し続けるというわけだ。香港の未来をデジタルで考えなければならない、というのは別の言い方をすると、香港がどう独立を維持し続けるかという課題でもあるだろう。


香港はハイブリッドスマートウォッチに活路を見出す

モバードの調べによると、2017年のスマートウォッチの売り上げは102億ドル。同社で技術部門の副社長を務めるフィリップ・ウォン氏は、子供向けと高齢者向けのコネクテッドウォッチ、そしてアナログの針を持つハイブリッドスマートウォッチに未来がある、と述べた。

彼は過去2〜3年で4〜12才の子供と高齢者向けのコネクテッドウォッチが増加した(とりわけインドとアメリカで)と述べ、今後もますます拡大すると予測した。主な価格帯は、79ドルから199ドル。その証拠に、世界最大のチップセットプロバイダーのひとつであるクアルコムが、子供用スマートウォッチ用のチップセットを開発し、2017年には10以上のメーカーに対して、2500万個も発売したという。彼は、既存のスマートウォッチと子供用の違いとして、リアルタイムの位置監視、SOSアラート、ロケーション履歴、就学追跡などを挙げた。これらは、高齢者用のスマートウォッチにおおむね共通する機能だろう。

また彼は。高収入の消費者は普通のスマートウォッチよりも、ハイブリッドスマートウォッチに関心があると述べた。モバードは1000ドル以下の時計市場を以下のように分析する。全世界の時計市場は約690億ドル。うち、1000ドル以下の時計は、標準的な時計が53%、スマートウォッチが36%、そしてハイブリッドスマートウォッチが11%を占めるとのこと。

ハイブリッドスマートウォッチは、一般的なスマートウォッチほどの高機能ではないが、バッテリー寿命が長く、時計の針を備えており、常時文字盤が見られる(“Never dark screen”とウォン氏は強調した)いう特徴を持つ。新しいハイブリッドスマートウォッチは、高所得層のニーズに沿っており、シンプルで適切なものだ、と彼は述べた。またウォン氏は、フォーラム後に、筆者に対して「アナログ針を持つハイブリッドスマートウォッチは、老眼にも優しい」と強調した。彼曰く、ロンダはスマートウォッチ用のギアボックスを提供し、シャオミはそれを用いたハイブリッドスマートウォッチの製造に乗り出したとのこと。後述するが、セイコーインスツルも、ハイブリッドスマートウォッチ用のギアボックスをリリースした。

ちなみに香港の時計産業は、スマートウォッチとアナログウォッチのいずれも製造している。既存の文字盤やケースを使えるハイブリッドスマートウォッチは、アナログウォッチを製造する香港メーカーにとっても“優しい”存在だ。ウォン氏の講演は、それを前提にしたものであり、香港の時計産業は、今後、ハイブリッドスマートウォッチに注力するだろう。

ブースに見る香港のトレンド

メモリジンの新製品発表。知り合いふたりが登壇している。セレブやんけ

講演を終えると、メモリジンが新製品の発表を行っていた。ブースにいるのは、メモリジンCEOのウイリアム・サム氏と、ジュエリーデザイナーのサラ・チャンさんだ。このふたりとは、ミスズのイベントで時々会っている。実のところ、このふたりは香港では資産家の大セレブで、サラ・チャンさんの回りには追っかけ女子が群がっていた。ふたりが発表したのは、トゥールビヨンにジュエリーをセットした「ファンタジー ガーデン」というモデル。

新製品のファンタジー ガーデン。4時位置の虫は外してブローチになる

正直、かつてのメモリジンはデザイン、質共にパッとしなかったが、近年は優れた時計を多くリリースするようになった。そして、メモリジンの出現以降、香港の時計は変わりつつあるように思える。香港ウォッチ&クロックフェアのメインイベントに、メモリジンが引っ張りだこなのは納得だ。高価格帯を目指す香港の時計業界における、希望の星と言ったところだろうか。

魅惑のタジマブース。全部SII製のムーブメント。グリーンプロダクト。うーむ謎が深まる

もっとも、謎の香港はある。タジマという謎のメーカーは、グランドタジマというモデルをリリースしていた。グランドエルジンでもなく、グランドタジマ。このメーカーは、G-SHOCKそっくりの「SHOCK」という時計を出していたりと謎だらけなのだが、まさかブースを設けているとは思ってもみなかった。じっくり見たかったが、セイコーのスパイ扱いされそうなので早々に退散した。誰か買って報告しておくれ。

お馴染みベルジョンもブースを構えている

この見本市、時計に関するあらゆるモノが揃う。一等地にあったのは、スイスの工具メーカーであるベルジョンのブースだ。ひっきりなしに人が訪れていた。

日本発のOEMメーカー、クリエイティブ・チョイス

日本から飛び出したメーカーもブースを構えていた。クリエイティブ・チョイスは、もともと日本で時計を輸入していた会社。創業者は日本人のヨシカズ・マチノ氏。いっそ自分たちで時計を作ろうと言うことになり、1986年に香港に会社を興したという。


後編へ続く