歯車機構でロマンを追求、オレノイデスが手掛けるモダンな太陽系儀「ステラムーブメント」

2020.12.31

歯車機構を駆使して、思いのままにプロダクトを製造する新星が現れた。「olenoides(オレノイデス)」は、エンジニアの嶋村亮宏氏が自身のロマンを追求するため2019年に立ち上げたブランドだ。その第1作目が、時計業界でもひそかに話題となった太陽系儀「ステラムーブメント」である。

ステラムーブメント

「ステラムーブメント」。直径168mm、高さ141mm。青と白の2色展開。組立完成品、各4万4000円、組立キット、各3万3000円(税別)。


太陽系儀

 この年末に再会した情報通の友人が「12月22日より、世界は“風の時代”に突入している」と興奮気味に話していた。なんでも約220年周期の大きな時代のうねりがこのタイミングで訪れており、かつての産業革命以来の大きな変化が世界に起こりつつあるのだそうだ。そしてその周期とは惑星配列の影響によるものらしい。インターネットの検索窓に「風の時代」と入れてみると、数限りない該当記事がヒットする。星座占いの人気は知っているが、惑星配列に関して現代でもこれほど話題になることの方に筆者は内心感動を覚えている。
 
 はるか古の時代より、人々は宇宙の理を身近なものとして捉え、正確に把握しようと工夫を重ねてきた。時計はその延長線上の産物といってもいいかもしれない。振り子の等時性の発見で時計史にも名を刻んだガリレオ・ガリレイは木星の衛星発見で地動説に言及したし、振り子を改良してヒゲゼンマイを完成させたクリスチャン・ホイヘンスはその後、より遠くにある土星の衛星を発見したことで知られている。

 惑星の営みを可視化しようと作られたのが「太陽系儀」だ。天体運行を知るための歯車仕掛けの装置は、古くは紀元前のものがアンティキティラ島で見付かっており、近代的なものでは18世紀初頭に時計師のジョージ・グラハムらが作り上げた。現在はコンピューターの発達によりその役割を終え、主に博物館などで保管されている。しかし時には悠久の歴史を語り、はるかな宇宙へ思いを馳せる存在として人にロマンを与えてもいる。作動する最古の運行儀は、ヴァン クリーフ&アーペル「ミッドナイト プラネタリウム」の開発に協力した独立時計師クリスチャン・ヴァン・デル・クラウにインスピレーションを与えたことでも知られる。

 そして私たちのごく身近でも、太陽系儀をモダンなオブジェとして復活させた人物が現れた。「olenoides(オレノイデス)」というブランドを立ち上げた、茨城県在住の嶋村亮宏氏だ。

 嶋村氏は天文博物館のある岡山県の町に生まれ育ち、学生時代に茨城県つくば市へ移って物理学を専攻、卒業後に油圧機器メーカーで勤めた30代のエンジニアである。会社員時代にバルブやアクチュエータなどの製品開発を通して、歯車機構を自在に設計する技術を磨いた。「パソコンのエクセルやCADに向き合うだけの日々に、常に物足りない気がしていた」という嶋村氏がその反動から作り上げたのが、自身のロマンを具現化した、太陽系儀の「ステラムーブメント」である。

手の平に収まる太陽系儀「ステラムーブメント」

ステラムーブメント

嶋村氏がデザイン構想から設計までに約3年の時間をかけて完成させたステラムーブメント。嶋村氏は製品の完成目処が立った2019年に一念発起して退職、独立を果たした。歯車製造は射出成形の可能な金型製作メーカーへ依頼するなど量産体制を整えた上で、同年8月に予約販売、次いで11月にクラウドファンディングでの販売を開始。2020年6月より出荷を開始し、現在も展開を広げている。

 ステラムーブメントの説明書きにはこうある。「惑星はもちろんのこと彗星や月の満ち欠けもシミュレートする機械式の太陽系儀です。18世紀ヨーロッパのGrand orrery(太陽系儀)をモチーフに、機械式腕時計のデザインを取り入れることで歯車機構の動きも楽しめるよう設計しました」。機械式の腕時計はしばしば「腕元の小宇宙」などと形容されるが、嶋村氏はモーター駆動による手の平サイズの太陽系儀を作り上げた。内部の歯車機構がよく見えるように、惑星の公転する黄道面は立体化されている。コロンと丸みを帯びた形状は太陽系儀として類がなく独創的だ。嶋村氏はあくまでこれをオブジェとして作り上げた。しかしやはりエンジニアが設計したとあって、各惑星の公転周期はわずか約1%の誤差で連動する精度に仕上がっている。


ステラムーブメントのディテール

天板

 太陽を中心として水星、金星、地球(月)、火星、木星、土星、天王星が公転する。それぞれの星は真鍮製。なおアクリル製の天板のラッカー塗装および切り出しは、レーザー加工機を用いてすべて嶋村氏が行っている。

ステラムーブメント

ステラムーブメント

月相

 天板上で地球を公転する真鍮製の月の他に、内部にも木製の月がある。ふたつは連動しており、内部側は黒の着色にて月相、つまり満ち欠けを表示する。

ステラムーブメント

ステラムーブメント

タイムスケール

「month(月スケール)」「year(1年スケール)」「10 years(10年スケール)」の3つのタイムスケールがある。月スケールは天板のカレンダー円盤と連動する。

ステラムーブメント

海王星

 太陽系の最外軌道にあり165年周期と動きが遅い海王星は、他の惑星とは独立したサイトに置かれ、10年に1コマ動く設定にされている。なお海王星を囲むリングは冥王星軌道を模したもの。軌道傾斜角約17°で取り付けられている。

ステラムーブメント

テンペル・タットル彗星

 嶋村氏の創意工夫が光るのが、しし座流星群の母天体として知られるテンペル・タットル彗星の設置だ。歯車機構にスライダーを組み合わせることで、約33年の周期と楕円軌道を再現している。嶋村氏曰く「もともと彗星を付ける予定はなかったものの、デザイン的に追加した。他にもハレー彗星など候補のある中で、現状のギアで再現するのに周期が最適なテンペル・タットル彗星を選んだ」。

ステラムーブメント

その他

 電源はmicro-USBケーブルでパソコンのUSBポートなどから取得できる。公転のスピードは地球が太陽の周りを1周する時間を約20秒から1分30秒の間で調整することが可能だ。組み立て完成品を取り寄せてその動きを眺めるのも良いが、手を動かすのが好きな人は「組み立てキット」を購入し、自力で作り上げるのも一興だろう。歯車とシャフトの取り付けから自分で行うものであり、「組み立て体験」と呼ぶには甘い本格仕様だ。治具も合わせた部品総数は769個に及ぶ。集中して取り組める人でも、5日から1週間ほどの時間を確保することを嶋村氏は推奨している。

ステラムーブメント 


歯車機構でロマンを追求

 嶋村氏がブランド名に選んだオレノイデスとは、カンブリア紀に生息していた三葉虫の一種の名だ。嶋村氏は古生代など太古の昔や、あるいはスチームパンクの世界観を好むという。これからも気の向くままにロマンを追い、天文以外のジャンルにも挑戦したいという嶋村氏。その熱量と技量から、次はどんな名作が生み出されるのだろうか。風のように過ぎ去る日々のなかで、歯車機構の動きはふと心を落ち着かせる力を秘めていると筆者は感じている。

Contact info: オレノイデス https://olenoides.com/

高井智世

2020年12月31日掲載記事