同じデザインを受け継ぎつつ、キャラクターを変えるのはかなり難しい。強い意匠の時計ならなおさらだ。しかし、2023年のブルガリは、「オクト ローマ」でその試みに成功した。一見デザインは同じ。しかし、ディテールを変えることで、オクト ローマの性格をドレッシーからスポーティーに改めたのである。新しいオクト ローマが示すのは、ブルガリの非凡な手腕と時計メーカーとしての成熟だ。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年7月号掲載記事]
新しいディテールがもたらした、同じようで異なるキャラクター
今やブルガリのアイコンとなった「オクト」コレクション。今年、2017年に誕生した「オクトローマ」がモデルチェンジされた。角張ったデザインは、一見今までに同じ。しかし、そのキャラクターは、ドレッシーからスポーティーに改められた。デザインを大きく変えず、キャラクターだけを一新する手腕は、さすがにブルガリだ。
八角形と多面体を打ち出した「オクト」は、今の時代にしか作り得ない、新世代の高級腕時計だった。精密に加工するため、ケースは基本的に機械仕上げ。本作のために、わざわざ8軸の工作機械を導入したというから、ブルガリはこのモデルによほど本気だったのだろう。果たして、「オクト」は成功を収め、ブルガリはバリエーション違いとして、薄型の「オクト フィニッシモ」、さらに「オクト ローマ」を追加した。
オクトが世界的な認知を得たのは、14年誕生のフィニッシモ以降だろう。薄いケースは、オクトの多面的な造形をより強調しただけでなく、8つもの薄型世界記録は、その名を世界に轟かせた。ただ、フィニッシモが成功を収めるほど、オクトの立ち位置が弱くなったことは否めない。対してブルガリは、細かなモディファイでフィニッシモとの差別化を図ろうと考えた。17年のオクト ローマへのモデルチェンジは、ドレスウォッチに近づける試みである。文字盤をラッカー仕上げに、インデックスやラグに手を入れることで、オクト ローマはブルガリ・ブルガリのような見た目を得た。
このドレスウォッチに振ったデザインを、一転してスポーティーに改めたのが23年版の新作である。ポイントはふたつ、視認性とデザインだ。21年に、ブルガリ グループCEOのジャン-クリストフ・ババンは筆者にこう語った。「(腕時計にとって)文字盤の見やすさは重要な要素になる。美しくてタイムレスなデザインはもちろん必要だが、見やすさは、今後いっそう大切になっていくだろう」。永久カレンダーやクロノグラフでフィニッシモの視認性を改善したブルガリは、その手法を基幹コレクションのオクト ローマに転用したのである。
23年版のオクト ローマでまず目を引くのは、インデックスと針に盛り込まれた夜光塗料と、3つのファセットを持つ針だ。面を増やすことで、強い光源下でも針は文字盤に埋没しにくくなった。加えて、文字盤の仕上げをラッカー仕上げから、ギヨシェ風のエンボスに改めることで、針とのコントラストをさらに強調した。他の模様でも同じ効果を得られたに違いないが、幾何学的な造形を打ち出すオクトには、クル・ド・パリ模様がふさわしいだろう。また、いくつかのモデルでは、ブラックだった日付表示が、あえてホワイトに変更された。理由はやはり、視認性のためである。
ケースにも手が入れられた。新作のリリースにはこうある。「リュウズはケースデザインにシームレスに組み込まれ、滑らかなラインをかなえています」。フィニッシモとの違いは、まさにこの点だ。ラグの斜面を下げ、サイドに向けて丸みを強調しただけでなく、強く側面を張り出すことで、リュウズガードを加えられるようになった。フィニッシモよりケースは厚いが、ラグの引っ掛かりはなく、リュウズガードがあるため、多少ラフに使っても安心だ。もっとも曲面の組み込み方は巧みで、正面から見ると、デザインは従来にほぼ同じである。
搭載するのは、自社製のCal.BVL191に、デュボア・デプラ製のモジュールを加えたBVL399。パワーリザーブはやや短いが、針合わせの滑らかな感触やリュウズのガタのなさは、量産機らしからぬものだ。あえてインダイアルを大きく取ったのは、やはり視認性のためだろう。
細かなモディファイで性格を一新した「オクト ローマ クロノグラフ」。明らかにスポーティーなそのキャラクターは、今までのオクトにはないものだ。しかも、オクトの個性である立体的な造形は、何ひとつ損なわれていないのである。
What a Magic!
細かなモディファイでスポーティーさを打ち出した新作の「オクト ローマ」。クロノグラフでありながら10気圧の防水性能を持つほか、インターチェンジャブルストラップが採用された。オクト フィニッシモよりケースは厚いが、装着感も優れている。自動巻き(Cal.BVL399)。62石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。SSケース(直径42mm、厚さ12.4mm)。100m防水。125万4000円(税込み)。7月発売予定。
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