2023年のウォッチズ&ワンダーズ ジュネーブで「フリークネーション」を謳い上げたユリス・ナルダン。お披露目された「フリーク ワン」は、同社の集大成とも言えるモデルだ。技術のショーケースではなく、使えるパッケージングと機能で実用性を高める。これは“フリーク”を超えた、新時代の高級時計だ。
ユリス・ナルダンのフラッグシップであるフリークの集大成。ムーブメントで時刻を示すという機構はそのままに、ムーブメントが自動巻き化されたほか、サイズも直径44mm、全長52.3mmに縮小された。重いムーブメントを回すにもかかわらず、感触は非常に優れている。自動巻き(Cal.UN-240)。15石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。Ti×18KRGケース(直径44mm、厚さ12mm)。30m防水。926万2000円(2023年8月現在)。
広田雅将(本誌):取材・文 Edited & Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年9月号掲載記事]
基本コンセプトはそのままに、使える性能を得た野心作
2001年に発表された初代「フリーク」は、今までの機械式時計とは全く異なるモデルだった。普通の時分針も、リュウズも、文字盤もなく、代わりにムーブメント自体が、時針の役目を果たしていたのである。
そもそものアイデアは、かのキャロル・カザピによるものだ。彼女は、大きなゼンマイが外周を回る回転式の「センターカルーセル」というコンセプトで、1997年のアブラアン-ルイ・ブレゲ賞を得た。
回転しながらほどける主ゼンマイにムーブメントを固定して、ムーブメント自体で時間を示すという、カザピの発想はかなり乱暴だったが、大きな可能性を秘めていた。このアイデアに魅せられたユリス・ナルダン社主の故ロルフ・シュニーダーは、カザピからセンターカルーセルのアイデアを買い取り、ルートヴィヒ・エクスリン博士に再設計を依頼した。
カザピのプロトタイプを手にしたエクスリンは、出来は良いと評したものの、パワーリザーブが短く、時針がないため商品にならないと考えた。しかし、アイデアを買い取ったロルフ・シュニーダーは、すでに販売すると公言していた。エクスリンは駆動時間を延ばすためムーブメントの中心に主ゼンマイを置こうと考えたが、サイズが大きくなる。そこで長い主ゼンマイの上に、時間を示すためのキャリッジと一体化したムーブメントを載せることを思いついた。回転するムーブメント自体が時間を示すというフリークの骨子は、ついに完成したのである。
設計の変更は、もうひとつの副産物をもたらした。具体的には、普通の時計では必要なリュウズ、針合わせ機構、そして巻き上げ機構が不要になったのである。操作は実に簡単だ。文字盤側のベゼルを回せば、文字盤側に置かれたムーブメントが回って時間合わせができ、そして裏蓋を回せば、裏蓋側にあるゼンマイの巻き上げができる。この簡潔な構成により、フリークという常識外れの野心作は、20年以上も継続できるようになった。
キャロル・カザピが着想し、ルートヴィヒ・エクスリンが完成させたフリークは、そう言って差し支えなければ、史上最も豪華な設計陣が手掛けた野心作だった。そもそもフリーク以前に、ムーブメント自体が回って時間を示す時計はなかった。針ではなくムーブメントそのものを回すには、非常に強く大きな主ゼンマイが必要と考えられていたからだ。対してエクスリンは、輪列などの設計を見直し、ムーブメントの重量バランスを取ることで、フリークを常識的なサイズにまとめ上げた。回転体が重くても、重量バランスが取れていればスムーズに回転する。この思想を磨き上げることで、フリークは、毎年のように進化していった。
脱進機も今までにないものだった。搭載するのは、標準的なスイスレバー脱進機ではなく、ブレゲの発明したナチュラル脱進機である。ふたつの回転する歯車が直接テンプに衝撃を与えるこの脱進機は、伝達効率が高く、潤滑油を必要としない。しかし、きちんと動かすには精密な部品が必要になる。対してユリス・ナルダンは、金属部品ではなく、ディープイオンエッチング法で製造されたシリコン素材を使うことでこの課題をクリアした。シリコン部品を採用した、初の腕時計が実はフリークだったのである。
シリコン製のデュアル ダイレクト脱進機も、フリークが今に続く理由のひとつだ。効率が高いため、主ゼンマイのトルクを小さくできたほか、潤滑油が不要なため、文字盤も汚れない。
そんなフリークの最新作が、「フリーク ワン」である。「原点回帰」を謳い上げた本作の構成は2001年モデルに同じ。しかし、ユリス・ナルダンの進化を反映して、中身は別物になった。また、最新作のフリークでは、個性を損ねない程度に、実用性が強調されている。
大きく変わったのは脱進・調速機である。従来モデルに同じく、テンワはシリコン製。しかし、外周にゴールドのウェイトを置くだけでなく、慣性を調整するゴールド製の錘がシリコンブレードの上に固定されている。テンワを軽くし、その一方で慣性を上げるためだ。脱進機は標準的なスイスレバー。しかし、ガンギ車の素材はシリコンで、アンクルはDIAMonSIL製(!)だ。あえて危なげない設計を選んだのは、実用性を考慮したためだろう。
自動巻きに採用されたのは、2017年の「フリーク イノヴィジョン2」でお披露目されたグラインダー自動巻き(スイス特許:CH713330)である。これは、巻き上げ効率の高いラチェット自動巻きの性能を、理論上は2倍に高めたものである。そのポイントはふたつ。巻き上げ用の爪が2本ではなく4本あること。そして円形フレームに固定した4本の爪に、柔軟性が持たせてあることだ。
裏蓋側いっぱいに主ゼンマイを詰め込んだフリークは、主ゼンマイの軸が時計の中心にある。その上に巻き上げ用の歯車を重ね、その外周を爪でひっかいて回す、というのがグラインダー自動巻きの考え方だ。普通のラチェット式では爪の数を増やすのは難しいが、外周の爪で中心の軸を引っかけるこのシステムならば、理論上はいくらでも爪の数を増やせる。乱暴な言い方をすれば、爪が増えるほど、ローターが回転しても巻き上げないという不動作角は小さくなる。また、爪自体に柔軟性を持たせてあるため、巻き上げ車への追随性も高くなる。ユリス・ナルダンは、実験機で採用したグラインダー自動巻きが、実用に耐えうると判断したのだろう。ついにフラッグシップのフリーク ワンに採用したのである。
実用性への配慮は、サイズにも見て取れる。腕時計サイズに収めたとは言え、歴代フリークは決して小さな時計ではなかった。同社が、コンパクトな「フリーク X」を作った理由だ。しかし、新しいフリーク ワンは、自動巻きを載せたにもかかわらず、厚さは12mmに抑えられた。直径も44mmに縮小され、全長も52.3mmと短くなった。バックルも、装着感に優れるフォールディングバックルだ。
極めて野心的な構成はそのままに、使える機構とサイズを加えた「フリーク ワン」。これは2001年から続く、フリークの決定版だ。正直、あのフリークが、普段使いできるようになるとは、誰が想像しただろう?
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