パテック フィリップの「ノーチラス」とオーデマ ピゲの「ロイヤル オーク」は、それぞれブランドを代表するコレクションであり、同じ年代に、同じデザイナーによって、似たコンセプトのもとに生み出されたモデルだ。しかし近年、それぞれ異なる販売戦略をとっている。今回はこのふたつのアイコンウォッチを比較し、足跡を辿ってみよう。
パテック フィリップとオーデマ ピゲ、アイコンモデルに対するそれぞれのアプローチ
1839年にスイス・ジュネーブで創業したパテック フィリップと、1875年にスイス・ジュウ渓谷のル・ブラッシュで創業したオーデマ ピゲ。どちらのブランドもいまだ創業者一族が所有しており、コングロマリットが席巻する時計業界では稀有な存在である。パテック フィリップでは、父親からブランドを受け継いで2009年に社長に就任したティエリー・スターンが伝統的精神に基づき、慎重に経営を行ってきた。
一方のオーデマ ピゲでは、2012年にCEOに就任したフランソワ-アンリ・ベナミアスがブランドの多くを変え、売り上げを倍増させた。これは、宝飾品関係のリテーラーに頼らず、数少ない自社運営のブティックに注力する販売体制によるところが大きい。また、アメリカン・コミックのヒーローやストリートアート、ポップカルチャーを時計のデザインに取り込んできたことも効果を発揮している。だが、ベナミアスは2023年末にブランドを離れる意向を示しており、今後のオーデマ ピゲは戦略的に異なる方向へ進む可能性がある。
過去10年間、パテック フィリップとオーデマ ピゲはブランドのデザインアイコンに対して異なるアプローチを取ってきた。パテック フィリップは「ノーチラス」への注目度と価値の上昇に着目して、3針モデルを後継機なしで生産中止し、複雑機構を搭載したエレガントなモデルの購入を促した。だが、オーデマ ピゲは「ロイヤル オーク」を拡充し続け、録音スタジオで使用されるイコライザーのモチーフをダイアルに配するなど、斬新なアイデアを展開していった。こうして二極化したそれぞれの旗艦モデルだが、その歴史には似たような背景がある。
ジェラルド・ジェンタによって生み出された「ノーチラス」と「ロイヤル オーク」
1972年、著名な時計デザイナーであるジェラルド・ジェンタが、オーデマ ピゲのためにロイヤル オークをデザインした。ラウンドケース上の8角形のベゼル、あらわになった8本のビス、文字盤の独特なタペストリー模様、一体型のメタルブレスレットが特徴的である。当初、ロイヤル オークのケースは直径39mmで、当時としては非常に大きかったために「ジャンボ」の異名が付けられた。また、ステンレススティール製であるにも関わらず、いくつかのゴールド製時計を上回るほど高価だった。
ロイヤル オークを手がけた後、ジェラルド・ジェンタはパテック フィリップのノーチラスをデザインし、1976年に発表した。最初のモデルであるRef.3700の広告では「世界で最も高価なステンレススティール製時計の1本」と謳っている。また、ラウンドでもスクエアでもない、独特なケース形状もセンセーションを巻き起こした。ノーチラスのケース径は42mmで、ロイヤル オークを3mmも上回っていた。
左右に張り出したベゼルを持つ独特のケースフォルムは、船の舷窓から着想を得ている。また、文字盤の立体的なストライプとケース一体型のメタルブレスレットも、他の時計との差別化に貢献した。当時、パテック フィリップが手がけていたのは、ほとんどがエレガントなゴールドウォッチで、多くがパーペチュアルカレンダーやミニッツリピーターなどの複雑機構を搭載していた。このような大型でスポーティーな時計がブランドに合うのかという懸念はあったが、最終的にパテック フィリップはノーチラスを世に送り出した。
ノーチラスのケースフォルムは視覚的に舷窓を表現しただけでなく、実際に舷窓のような構造を持っている。そのため、開口部はリュウズの横にひとつしかない。正面からムーブメントを取り外すことを可能としたこの構造は、120mという高い防水性をもたらした。パテック フィリップは、ノーチラスというネーミングとともに、当時としては非常に高かった防水性能を大きく打ち出した。また、広告には「ノーチラスはスイムスーツにもディナースーツにも似合います」という文言が添えられ、あらゆるシーンで着用できるという万能性を謳っていた。
ノーチラスとロイヤル オークは、オリジナルが搭載するムーブメントにも共通性がある。ノーチラスのファーストモデルであるRef.3700は、フラットな自動巻きムーブメントのCal.28-255を搭載していた。このムーブメントは、1967年にジャガー・ルクルトがヴァシュロン・コンスタンタン、パテック フィリップ、オーデマ ピゲのために開発したものであり、ロイヤル オークの初代モデルもCal.2121の名で搭載している。つまり、中身は一緒なのだ。
各ブランドが展開するアイコンウォッチの現況
同じ年代に、ジェラルド・ジェンタという同じデザイナーによってデザインされ、高い防水性を備えたステンレススティール製の時計という同じコンセプトを持つ、ノーチラスとロイヤル オーク。このふたつのモデルは、今どのような変化を見せているのだろうか?
2021年末、パテック フィリップはノーチラスのRef.5711を製造中止とした。センターセコンドを除けばオリジナルのノーチラスに似ていたこのモデルは人気が高く、小売価格の7倍以上の値段で取り引きされることもあった。現在、レディースモデルを除いたクラシックな3針モデルは、ホワイトゴールドケースのRef.5811のみとなっている。
オーデマ ピゲにとって、ロイヤル オークは現在最も重要なコレクションだ。長年にわたり、オーデマ ピゲはロイヤル オークにさまざまな複雑機構を搭載してきた。それだけでなく、ゴールドやプラチナなど多様な素材を採用し、時計の個性を変化させてきた。これは「控えめ」という当初の哲学とは矛盾するものだったが、顧客からの要望に応えたのだ。
ロイヤル オークはケースにいくつものパーツを用いているため、バイカラーが似合う時計でもある。そのため、ステンレススティールとイエローゴールド、ステンレススティールとレッドゴールドなどのコンビモデルがいくつも発表されている。一方で、ケースとブレスレットがすべてブラックやブルーのセラミックスで作られた「ロイヤル オーク パーペチュアルカレンダー」のようなモデルも登場している。セラミックスは非常に硬いため、他の時計と同じサテン仕上げであっても製造に多大な労力を必要とする。
現代的な素材の採用は時計にまったく違う外観をもたらすが、文字盤と同色のレザーストラップやクロノグラフのコントラストが効いたサブダイアルなど、もっとシンプルな方法でもロイヤル オークは魅力的に変化する。また初代モデルのブルーダイアルは、その後の多くのロイヤル オークに見られる典型的な要素となっているが、ブラックやシルバーなどの文字盤もよく用いられている。
文字盤にオープンワークが施されたモデルも、ロイヤル オークでは多く展開されている。ムーブメントそのものがデザインの要素となっているのだ。肉抜きされたブリッジの色と形は、常に新しいバリエーションを生み出している。
1993年に発表された「ロイヤル オーク オフショア」で、オーデマ ピゲはラグジュアリースポーツウォッチのコンセプトを発展させた。当時、この時計は直径42mmというケースサイズから「ビースト(野獣)」と呼ばれていた。その後、ロイヤル オーク オフショアのケースサイズはクロノグラフのスタンダードとして確立され、オーデマ ピゲはさらに大型のモデルも発表している。
ロイヤル オーク オフショアは、アーノルド・シュワルツェネッガーのようなセレブリティからも支持を得ている。2003年の映画『ターミネーター3』のために製作された「ロイヤル オーク オフショア T3 クロノグラフ」をはじめ、シュワルツェネッガーはオーデマ ピゲと共同で大型のモデルをいくつか製作した。
また、ロイヤル オーク オフショアには数多くの複雑機構搭載モデルやバリエーションがある。フォージドカーボンを採用したものや、文字盤とラバーストラップにオレンジ、イエロー、ライムグリーンなどの鮮やかなカラーを採用したものなどだ。オーデマ ピゲは、ロイヤル オークのタブーを打ち破る独創的なデザインに挑戦し続けている。
ロイヤル オークシリーズの中で最も異彩を放つのが、2002年に発表された「ロイヤル オーク コンセプト」だろう。幾何学的なラインを持つケースデザインや、革新的な素材とムーブメントが特徴だ。ロイヤル オーク コンセプトの技術的な方向性は、フォージドカーボンやセラミックス、ブラックチタンといった現代的なケース素材に反映されている。ムーブメントはスケルトナイズされることもあり、立体的な形状や特殊な表面仕上げが施されたり、ムーブメントには珍しい素材が採用されたりすることもある。「ロイヤル オーク ミニッツリピーター スーパーソヌリ」では、革新的な打刻機能とケース構造により、他のリピーター搭載機より大きな音量を出すことに成功した。
このようにロイヤル オーク、ロイヤル オーク オフショア、ロイヤル オーク コンセプトの各コレクションは、それぞれクラシック、スポーティー、テクニカルという要素を備えている。それに加えて、素材や表面仕上げ、カラーなど、随所に現代的な工夫が施されているのだ。
ロイヤル オーク誕生50周年という節目の年であった2022年、オーデマ ピゲはロイヤル オークコレクションをさらに強化した。人気の「ロイヤル オーク “ジャンボ” エクストラ シン」は、搭載するムーブメントがそれまでのCal.2121から、後継機である新しい自社製ムーブメントCal.7121に変更された。2針、デイト表示、ブルーグレーダイアル、直径39mmのケース、文字盤のプチタペストリー仕上げといった外観は、ほとんど変更されていない。
(後半へ続く)
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