2023年5月30日に開催されたボナムズ香港で、パテック フィリップの「ノーチラス」Ref.3700 “ジャンボ”が約3000万円で落札された。このノーチラスは、ティファニーとのダブルネームであった。今回は、老舗オークションハウス「ボナムズ香港」時計部門のディレクターを務めるシャロン・チャンが、ふたつのブランドによるダブルネームは、1+1=2より大きいという可能性を示す。
Text by Sharon Chan(Bonhams Hong Kong)
(2023年8月18日掲載記事)
パテック フィリップ「ノーチラス」ティファニーダブルネームが165万5000香港ドルで落札
ふたつのブランドによる「ダブルネーム(ダブルサイン)」が非常に高い人気を誇るのは、「1+1は2よりも大きい」という可能性を秘めているためだ。
時折、文字盤にティファニーやギュブラン(ギュベリン)の名前が入ったパテック フィリップやロレックスがオークションに出品されることがある。これらのいわゆるダブルネームウォッチは、世界中のコレクターの間で人気を集める。人気の理由は流行ではない。ダブルネームの背景に、ストーリーと歴史が存在するためだ。
1970年代のクォーツ革命以前は、ほとんどの時計ブランドが時計製造に特化しており、販売を行う自社ブティックを持たなかった。つまり、自社製品を海外で販売するためには、現地の代理店に頼らざるを得なかったのである。そして当時、各地のディーラーは時計ブランドよりも消費者に対して大きな影響力を持っており、販売力をコントロールする術を熟知していた。大手チェーンのディーラーは店頭に並んだ時計をより効果的に宣伝するために、文字盤に自社の名前をプリントした。当時の消費者にとって、ディーラーの名前が入った時計は有名ブランドの象徴かつ保証であり、先述した力関係によって時計ブランド側が口を出すことはできなかった。
近年、ほとんどの時計ブランドは自社でブティックを所有しており、結果として自社製品の販売をよりコントロールできるようになった。一部の有名ブランドの影響力はすでにディーラーを超えており、自ら販売権を握っている場合もある。そのため「ダブルネーム」が再び登場することは事実上、不可能となった。
生産終了したモデルの市場価格が劇的に高騰したように、「ダブルネーム」は市場から姿を消したことで、コレクターズ・アイテムとして人気が高まることになった。2023年5月末に開催されたボナムズ香港時計オークションでは、文字盤にティファニーのロゴが入ったパテック フィリップの「ノーチラス」Ref.3700 “ジャンボ”が、165万5000香港ドル(約3093万1950円)で落札された。通常のノーチラス Ref.3700 “ジャンボ”は80万香港ドル(約1495万2000円)程度で取引される。ダブルネーム入りの“ジャンボ”はその倍以上の価格となっており、並外れた魅力があることを示している。
また、最近では時計ブランドが他社と手を組むケースも多い。2021年のパテック フィリップとティファニーのコラボレーションは最も有名だ。パテック フィリップは現在もティファニーを北米での販売代理店としている。2021年、両者の170年にわたる緊密な関係性を記念して、パテック フィリップはノーチラス Ref.5711/1A-018を発売した。Ref.5711/1A-018は文字盤にティファニーのロゴがあしらわれているだけでなく、文字盤にティファニーブルーの限定カラーを初めて採用した。パテック フィリップとティファニーのコラボレーションモデルはたちまち大反響を呼んだが、生産数は170本のみで、特別な顧客にのみ販売された。170本のうち1本はチャリティーオークションのためにオークションハウスに引き渡され、最終的に650万3500USドル(約7億3489万5500円、1USドル=113.4円、2021年12月11日当時)で落札された。以降、ノーチラス Ref.5711/1A-018は何度もオークション市場に出品され、いずれも優れた成績を収めている。
ノーチラスRef. 5711/1A-018の成功は市場に火をつけた。ダブルネームウォッチはこれまで一部の熟練したプレーヤーしか手に入れられないものであったが、現在は少し力があるビギナー時計愛好家も、争奪戦に参加するまでに進化した。
今日、時計コレクターは希少でユニークなタイムピースを集める傾向が強くなっている。そのため、時折ダブルネーム入りウォッチが市場に出回るたびに、あらゆる分野のコレクター間で競争を呼び起こすであろうことは間違いない。しかし、これだけ長く愛され、完成された時計はその希少性ゆえに、1本売れたら1本市場から消えるため、コレクターにとってダブルネームの重要性は日を追うごとに増していくだろう。
著者「シャロン・チャン」プロフィール
シャロン・チャンは、アジアにおけるボナムズ時計部門のディレクターである。香港を拠点に、アジア太平洋地域の事務所と密接に連携し、同部門が年に10回開催するオークションの監督を務めている。
2017から18年、オークション事業に復帰し、ボナムズに入社する前にはプロフェッショナルとしてのキャリアを広げ、プライベートウォッチビジネスとクライアントコンサルティングを運営した。その豊富な経験から、世界中のコレクターとの強いコネクションを持ち、アジアにおける時計市場の拡大に重要な役割を担っている。
これまで多くの国際的なオークションハウスでのジュエリーと時計のオークションビジネスにおいて、17年以上の経験を積み、2011年から2016年にかけては、香港で時計オークションを指揮。売り上げを年々強化し、2013年にはアジアでの時計販売で最高額を達成した。また、世界最大級のプライベートウォッチコレクションの監督責任者を務め、2015年のオークションで600万USドルという新記録を打ち立てた。
https://www.webchronos.net/features/94237/
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