航空機上での高い視認性と精度を実現し、80年以上にわたって世界中のパイロット達から信頼を寄せられてきたIWCの「パイロット・ウォッチ」シリーズ。今回はその豊富なラインナップの中から、米国海軍第41戦闘攻撃飛行隊(別名ブラック・エイセス)とのコラボレーション限定モデル「パイロット・ウォッチ・オートマティック 41・ブラック・エイセス」のレビューをお届けしたい。軍用時計の老舗でもあるIWCが生んだ本作は、ブラック・エイセスへの敬意が込められながらも、単なるダブルネームに留まらない、革新的かつ堅実なパイロットウォッチに仕上がっていた。
Text & Photographs by Naoto Watanabe
[2023年9月30日掲載記事]
自動巻き(Cal.32100)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ72時間。セラミックス(直径41mm、厚さ11.4mm)。6気圧防水。94万6000円(税込み)。
「ブラック・エイセス」への敬意が込められたデザイン
「第41戦闘攻撃飛行隊」と聞いても、よほどのミリタリーマニアでない限りピンと来る日本人は少ないだろう。
元々は1950年にオセアニア海軍航空基地で結成され、現在は航空母艦「エイブラハム・リンカーン」の第9空母航空団に配属されている米国海軍の戦闘攻撃機部隊だ。
別名「ブラック・エイセス」とも呼ばれ、「スペードのエース」をモチーフとした部隊マークがシンボルとなっている。
2022年に公開され大ヒットを記録した映画「トップガン・マーヴェリック」でも、極秘作戦のために招集された女性パイロット「フェニックス」のフライトスーツ前面にブラック・エイセスの部隊マークが貼られていたため、見覚えのある読者も多いかもしれない。
そんな伝統ある飛行隊ブラック・エイセスと、パイロットウォッチの老舗IWCのコラボレーションにより誕生した本作「パイロット・ウォッチ・オートマティック 41・ブラック・エイセス」では、文字盤の6時位置にその象徴的な部隊マークが大きくプリントされ、隊への敬意が表されている。
また、背面のチタン製スクリューバックに、ブラック・エイセスの運用する艦上戦闘機「F/A-18F」のエングレーヴィングが施されているのも本作ならではの特徴だ。
略図ながら極めて忠実な造形で描かれており、一般的な時計愛好家が気づけるディテールとは思えないものの、本作がターゲットとするミリタリーマニアにとってはニヤリとできるポイントだろう。
高い耐久性と長時間の発光を実現した全面夜光文字盤
本作の独自性はデザインだけに留まらない。
部隊マークのプリントされたホワイト文字盤は、一見ただのラッカー塗装のようにも見えるが、なんと地盤そのものが暗闇で発光する全面夜光文字盤なのである。
それも、ただ表面に夜光顔料を塗布しただけではない。
スーパールミノバ顔料を結合剤と混ぜ合わせ、円形の鋳型に流し込み硬化させているため、衝撃で剥離することもなく、ミリタリーウォッチとしての実用性も損なっていないのが、本作ならではの革新的なポイントだ。
当然、使用される夜光顔料も表面塗布より遥かに多量になるため、IWCによる暗室実験では23時間以上にわたって発光し続けたと言う。
この文字盤ならば、例え夜間の飛行任務でも視認性に困る事は無いだろう。
過酷な環境下でも耐えうる、堅牢性と視認性を高めた外装づくり
ブラック・エイセスは、運用機体こそ汎用性を重視したマルチロール機に分類されるものの、いざ実戦となれば最大7.5G旋回を駆使した空対空戦闘もこなしてしまう、れっきとした戦闘機部隊である。
1986年の映画「トップガン」のクライマックスで描かれたドッグファイトシーンも、1981年にシドラ湾で発生したブラック・エイセスによる戦闘がモチーフとなっているのは有名なエピソードだ。
そのような過酷な任務で想定されるあらゆる負荷にも耐えられるよう、本作のケース素材にはブラックセラミックが採用されている。
IWCがセラミックと呼ぶ酸化ジルコニウムは、サファイアガラスに次いで高い硬度を持つハイテク素材だ。
軽量でありながら傷がつきにくく、摩耗によって黒色が剥がれる心配もないブラックセラミックは、コックピット内でのハードな使用が想定される本作にとって、まさに最適な素材選びと言えるだろう。
その硬すぎる素材特性ゆえ、精密加工には高度な技術と手間を要するが、本作のケースは非常にシャープで整った造形を持っており、高級感も抜群だ。
リュウズ・裏蓋・尾錠の素材にはチタンが採用されており、こちらも極めてシャープな造形を実現している。
また、外装パーツ全体に共通した仕様として、上空で降り注ぐ直射日光の反射がパイロットの視界を妨害しないよう、表面がマットな質感に統一されているのも本作の特徴だ。
文字盤に目を向けてみても、光沢が見られるのはプリント部分のみである。
ドーム型のサファイア風防は両面無反射コーティング。
見返しリングには深いヘアラインが彫られ、針は全てマット塗装されるなど、文字盤にどのような角度から日光が差し込もうとも、可能な限り反射を抑えるための工夫が盛り込まれている。
また、分針と秒針の先端を曲げる事で文字盤とのクリアランスを詰め、時刻の誤読を防ぐ配慮がされている点も、プロツールにふさわしい作り込みと言えるだろう。
細腕にもおさまるコンパクトボディと、抜群の視認性&実用精度
米軍機が低空で飛び交う街に生まれ育った筆者は、幼少期からF-14やF/A-18が編隊飛行する姿を間近で眺めてきた。
おかげで、超音速ジェット戦闘機への親近感や憧れは人一倍持っているつもりだが、実際の戦闘機に乗る機会など得られる訳がなく、虚弱体質がGに耐えられるとも思えないため、使用感は街中で確かめる事とする。
本作を着用してみて最初に驚いたのは、腕への収まりの良さだ。
ケース径は41mmと3針時計にしては大型で、見た目の存在感は強めだが、ラグが短めに抑えられており、手首周り160mmの筆者が巻いても腕からはみ出なかった。
厚みも11.4mmに抑えられているためシャツの袖にも難なく収まり、セラミックケースならではの軽さも兼ね備えている。
これならばどの様な服装にも合わせられ、デイリーユースの時計としても活躍させられるだろう。
次に驚いたのが、文字盤の読みやすさである。
一般的にホワイト文字盤は日光下で眩しさを感じさせるものが多いため、あえて快晴の屋外で直射日光を当ててみたが、不快な反射が一切無く、スムーズに時刻を読み取る事ができた。
また、アラビア数字が中央寄りに配置されているため、どのような角度で眺めても見返しの影による影響を受けない。
雲の上で使用されるプロ向けパイロットウォッチなのだから当然と言えば当然だが、本作の文字盤デザインは実用時計として非常に完成されており、その視認性は最高水準と言って良いだろう。
搭載されるムーブメント「Cal.32100」は、ヴァル フルリエのエボーシュをIWCがチューンしたものだが、レビュー機の 実用日差は+1秒という凄まじい精度だ。
巻き上げ効率も極めて良好で、デスクワーク中心の筆者による1週間の日常使用でも、一度も停止する事はなかった。
ムーブメントは軟鉄製インナーケースに保護されており、脱進機の素材にはシリコンが採用されているため、磁場の影響もさほど気にする必要はないだろう。
針合わせもスムーズかつ一定の重さで、非常に心地よい感触だ。
唯一の不満点は付属ストラップの長さか。
今回借りた個体のストラップは12時側が短かったため、尾錠と定革が12時側に寄ってしまい、手首周り160mmの筆者の腕でも時計本体とのバランスが取れなかった。
当然、手首周りが太くなれば尾錠は更に12時側に寄ってしまう事になる。
時計本体を腕の上で着用者側に向けて安定させるには、尾錠が若干6時寄りに配置される必要があるため、12時側・6時側それぞれのストラップが複数パターンから選べるようになると、ユーザーにとってはありがたい。
革新的かつ堅実な作り込みの実用パイロットウォッチ
本作「パイロット・ウォッチ・オートマティック 41・ブラック・エイセス」の最大のユニークポイントは、言うまでもなく「ブラック・エイセス」とのコラボレーションだろう。
ともすればイロモノ時計に陥ってしまいそうな企画だが、デザインアレンジのさじ加減は見事であり、革新的な技術による全面夜光文字盤や高品質な外装、高精度なムーブメントが与えられた本作は、IWCならではの堅実さが滲み出た、紛うことなき実用パイロットウォッチに仕上がっている。
今回のレビューでは1週間という長期にわたって着用したが、近年のIWCをじっくりと触る機会がなかった筆者は、外装加工精度の向上度合いにも驚かされるばかりだった。
IWCのセラミック時計と言えば1994年発売の伝説的クロノグラフ「Ref.3705」が有名だが、あれから29年、まったく異なる水準の外装へと進化した本作を、ぜひ手に取って確認してみてほしい。
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