2023年6月に発表された新しいブレゲ「タイプ XX」は、初代のデザインに回帰した見た目を持つ。しかし、変わったのはデザイン以上に中身だ。3万6000振動/時というハイビートのムーブメントは、フライバックに特化したクロノグラフ機構を搭載する。各社が新しいクロノグラフをリリースする2023年、ブレゲが提示したのは、新時代のフライバックだ。
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年9月号掲載記事]
フライバックにするため、ブレゲは直線状に動くリセットハンマーを開発した
1954年にフランス空軍から発注を受け、翌55年から59年にかけて供給されたブレゲ「タイプ20」と、その民生版である「タイプ XX」は、フライバック機構に特化したクロノグラフであった。95年に復活した第3世代も同様だ。以降もブレゲは「タイプ XX」=「フライバック」という個性を磨き上げ、2023年の新作で、ついにその完成を見た。
クロノグラフを止めることなくリセットできるフライバック機構は、1940年代から50年代の航空用クロノグラフには必須だった。とりわけ、無線航法で航空機の精密な運用を可能にしたフランス空軍にとって、この機構は極めて有用であった。そのフライバックをより強調したのが、2023年発表の新しいタイプ XXである。そのためブレゲは、4年を費やして、新規にクロノグラフムーブメントを開発した。
1995年に発表された第3世代のタイプ XXは、レマニア製のクロノグラフをフライバック化したムーブメントを載せていた。これは熟成の末、傑作となったが、フライバック化は容易ではなかった。そもそもレマニアのクロノグラフムーブメントは、リセット用のハンマーを、リセットボタンを押す力ではなく、スタートボタンを押した余力でバネをチャージし、そのほどける力で動かすものだった。これをわざわざ、リセットボタンが直接リセットハンマーを動かすように設計し直したのだから、大改造である。こうしてブレゲは、リセットボタンが直接リセットハンマーを動かす、王道のフライバックを載せたのだ。新しいクロノグラフムーブメントのCal.728と7281には最初から、リセットボタンが直接リセットハンマーを動かす機構が採用された。加えて、リセットハンマーの形状も、よりフライバックに特化したものとなった。秒クロノグラフ車、12時間積算計(728)、30分(7281)または15分(728)積算計の3つは、ほぼ直線状のリセットハンマーで、瞬時にリセットされる。
こういうリセット機構を持つムーブメントには、高名なフレデリック・ピゲの1185がある。リセットハンマーは直進運動をするため、理論上はリセット時のブレを起こしにくいが、ムーブメント自体が薄いため、フライバック化に向くとは言い難かった。対して新しいCal.728系のハンマーは、似たような形状を持つものの、より強固に仕立てられた。もちろん、その動きは1185に同じ、直線運動だ。
ブレゲがリセットハンマーを重視したことは、コラムホイールの位置がよく示す。垂直クラッチを載せたクロノグラフは普通、できるだけコラムホイールとクラッチの位置を近づける。対してCal.728系では、リセットハンマーを通すため、あえて両者の位置が離された。定石とは異なる場所を選んだ理由は、直線上のリセットハンマーを優先したため、である。
また、リセットボタンを強く押さないとフライバックが機能しないよう、リセットハンマーの滑り出しは、規制バネで強固に押さえられた。一方で、リセットボタンを強く押しすぎてハートカムを傷めないよう、プッシュボタンの動きを規制するピンが地板に打ち込まれている。
リセットハンマーのディテールもユニークだ。一番精密に帰零させなければならない15分(または30分)積算計部分のリセットハンマーは、先端にバネ性を持たせてある。しかし、軽く作ったのがタイプ XX用らしい。ハンマーのすべての先端にバネ性を持たせる最近のトレンドに反して、フライバックを多用できるよう、ブレゲはリセットハンマーを軽く仕立てたのである。
これらのディテールが示すものは明快だ。ブレゲは、新しいタイプ XXを、今まで以上のフライバック専用機としたかった、ということだ。つまり見た目以上に、第4世代のタイプ XXは、本質的な部分で、初代の理想に立ち返ったのである。ついにあるべき姿を開示した新しいタイプ XX。これは、現時点における、フライバック付きクロノグラフの集大成だ。
2023年に発表された「タイプ XX」には、2種類のモデルがある。こちらは15分積算計と12時間積算計を備えた民間バージョン。もうひとつは、12時間積算計がなく、30分積算計の付いたミリタリーバージョンの2057だ。なお、2067のベースとなったのは1957年の「タイプ XX」No.2988である。自動巻き(Cal.728)。39石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径42mm、厚さ14.1mm)。10気圧防水。258万5000円(税込み)。
https://www.webchronos.net/features/100045/
https://www.webchronos.net/features/99432/
https://www.webchronos.net/features/54217/