久しぶりの来日を果たしたパテック フィリップ社長のティエリー・スターンにまずは、2020年に完成した生産拠点、PP6設立の理由を問うた。
鈴木幸也(本誌):取材・文 Edited & Text by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年9月号掲載記事]
生産本数を上げて利益を増やすことは一切考えていません
「目的は、それまで分かれていた製造設備を同じ屋根の下に統括するため。一番の利点は、より速く、より正確にコミュニケーションが取れることです。時計というものは、機械だけを作っているのではないのです。その背景にいるのは人間なのです。その人間同士のコミュニケーションがうまくいかなければ、良いもの作りはできないと思っています」
現在、PP6は約2000人を擁する。「最新技術も導入したため、従来よりスペースが必要になり、近年はサステナビリティのために環境に配慮した設備も導入しなければなりません。そのため、約10万㎡以上になりましたが、建物を大きくしたことは、生産量を増やすことにはつながりません。私たちは品質を最重要視しているので、生産本数を上げて利益を増やすことは一切考えていません。今の建物の大きさを考えると、この先20年は使える広さだと思っているので、拡大は考えていません」。
パテック フィリップ社長。1970年、スイス生まれ。ジュネーブでビジネスと時計製作を学ぶ。ドイツのパテック フィリップ販売店やアメリカの代理店で経験を積んだ後、アトリエ・レユニSAに入り、時計の外装部品の製造工程を学ぶ。ベネルクス3国でマーケットマネージャーとして販売を経験した後、98~2004年パテック フィリップ新製品開発部門トップとして新製品開発を総指揮。09年8月、父フィリップ・スターンの名誉会長就任と同時に社長に就任、現在に至る。
同社の現在の年産本数は約7万本。「これは上限だと思っており、これ以上増やすことはありません。安定した生産本数を維持していくことを優先するためです。例えば、新しい技術を開発したとしても、それを導入して生産が安定するまでには時間がかかります。もし急がせて問題が発生したら、それを回収するためにもっと大きな痛手を被ります。そうならないためにも、私たちは品質を守りながら、生産本数を判断しています」。
だが、年産7万本の商品構成の〝中身〞をどうしていくのかが、現在、最も大きな課題だという。
「私たちはクリエイションが豊富で、毎年新しい品番を世に出しています。もちろん、発表すれば製造しなければいけません。数が多くなればなるほど、生産工程が煩雑になり、難しくなってきます。実際に、現場からも品番が多すぎると言われています。そこで、現行品の中から何かを除かないと新作を製造する余地が出てこないのです」
「では、どのモデルを排除するかとなると、残念ながら、発表したすべてのモデルが人気のため、人気がないモデルを削るという選択が困難になりつつあります。また、パテック フィリップらしく、商品構成にコンプリケーションをもっと入れたいとなると、どうしても高価格になってしまいます。私たちは若い世代にもパテック フィリップの魅力をもっと訴求していきたい。そのためにもアクセシブルプライスを維持し、ある一定の利益を確保しながら、将来の顧客のことも考えて戦略を立てています。いずれにしても非常に難しい選択ですね」
《パテック フィリップ・ウォッチアート・グランド・エキシビション(東京 2023)》のために製作された東京限定モデル。ミニット・リピーター、瞬転式永久カレンダー、スプリット秒針クロノグラフを搭載した超複雑時計。自動巻き(Cal.R CHR 27 PS QI)。67石。2万1600振動/ 時。パワーリザーブ約48時間。Ptケース(直径42mm、厚さ17.71mm)。日本限定15本。時価。
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