Photographs by Okuda Takafumi, Yu Mitamura
鈴木裕之、広田雅将(本誌)、鈴木幸也(本誌):取材・文
Text by Hiroyuki Suzuki, Masayuki Hirota (Chronos-Japan), Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
2000年以降の変化で最も重要だったのは、商品開発に対するマーケティング部門の介入が著しくなったことだ。新製品の開発は、毎年のように変わる経営陣や、グループのヘッドクォーターに大きく左右されるようになり、結果として多くの新作は、似たような方向性を持たざるを得なくなった。かのドミニク・フレションは、ハイエンドのモデルが採用するメティエダールにさえ、そういった傾向があると指摘する。
新作が似通ってしまうという状況は、ミドルレンジ以下では一層顕著だ。3Dプリンターの導入で商品開発のスピードは劇的に短縮された。しかしそれは、各メーカーの創造性を補強する以上に、各メーカーのトレンドに対する追随をいっそう加速させた
2016年のS.I.H.H.で、筆者は見事な完成度を備えた数々の新製品を見た。しかし一面、それらが似通っていたことも、また事実であった。強まる制約の中で、隘路に追いやられつつある時計業界のクリエイション。もちろん、一石を投じる動きも。慧眼のフランコ・コローニは、S.I.H.H.に小メーカーを招聘し、各メーカーに刺激を与えようと試みた。
そう考えると、バーゼルで見た新作の多様性は、意外としかいいようがなかった。カラフルな文字盤、底上げされたミドルレンジ、実用性に富んだコンプリケーションなど。独立系のメーカーが参加するから当然、と言ってしまえばそれまでだが、筆者が強調したいのは、それらの多彩な創造性が、多かれ少なかれ、強い起業家精神に支えられていた点にある。
例えば、LVMHの時計部門を牽引するジャン-クロード・ビバー氏は、大グループの総帥となった今もって、ブランパンを創業したときの気分を忘れていない。「タグ・ホイヤーの価格を引き下げ、消費者の需要を喚起したい」と語るその姿は、まるで新興メーカーの創業社長だ。芳しくない市況を高い商品力でひっくり返そうという姿勢は、LVMHやスウォッチ グループ、そしてケリングなどよりも、小メーカーで一層際立っていた。戦略的な価格でモダンスケルトンウォッチを打ち出したアンジェラスとアーノルド&サン、表示のユニークさをいっそう進化させたHYT、文字盤表現に活路を見いだしたH.モーザーなど、そういった新作は枚挙に遑がなかった。もちろん、それらの試みがうまくいくとは限らないし、景気が改善すれば、彼らの姿勢は再び保守化するかもしれない。
しかし、現時点ではこう言えるだろう。「彼らは用意をしていた。だからこそ自分の種を救って、新しい発展に進むことができたのだ。それをぼくたちは知っている。だから、用意をしていよう」(『デミアン』ヘルマン・ヘッセ)。実に多様性とは未来に対する備えなのである。(広田雅将:本誌)