オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク コンセプト スプリットセコンド クロノグラフ GMT ラージデイト」〝離れ業〟がもたらした新時代のスプリットセコンドクロノグラフ

2023.10.03

オーデマ ピゲがマニュファクチュールとなったのは、2000年代初頭のことだ。同社は設計のノウハウを蓄積することで、今や、他にはない設計をムーブメントに盛り込めるようになった。同社が得意とするのは、シンメトリーに肉抜きしたオープンワーク。しかし、今や省スペース化にも非凡な手腕を見せるようになった。2023年に発表された「ロイヤル オーク コンセプト スプリットセコンド クロノグラフ GMT ラージデイト」は、かつてない〝離れ業〟により、ムーブメントの厚みを抑えつつ、自動巻きに多機能を盛り込んだ傑作だ。

ロイヤル オーク コンセプト スプリットセコンド クロノグラフ GMT ラージデイト

奥山栄一:写真 Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文 Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年11月号掲載記事]


ドーナツ状のローターが可能にした、無理のないスプリットセコンド化

 ムーブメントの完成度と拡張性は反比例する、と筆者は考えている。つまり、完成度の高いムーブメントには、それ以上の機能を加えづらい、ということだ。好例が、A.ランゲ&ゾーネの初代「ランゲ1」である。搭載するL901は魅力的な機械だったが、コンパクトなムーブメントの地板を拡大し、そこに香箱を追加した結果、ムーブメントに無駄な余白が生じた。しかし、それを逆手に取って、後にランゲ1はさまざまな付加機構を加えられるようになった。これは極端な例だが、余白のあるムーブメントほど拡張性が高いのは事実だ。主要なメーカーが複雑機構のベースに輪列のコンパクトなトゥールビヨンを選ぶ理由である。

 完成度の高さでいえば、2019年に発表されたオーデマ ピゲのCal.4401は、驚くべきムーブメントだった。地板の直径を拡大し、ムーブメントを薄く仕立てたのは今風だが、その大きな機械に、ギリギリまで機構を詰め込んだのである。テンワの拡大により慣性モーメントは13㎎・㎠に増え、やはり大きな香箱は、約70時間もの長いパワーリザーブをもたらした。また自動巻き機構にはMPS製の高効率なリバーサーを採用し、フライバックに対応するため、リセット機構は重厚に仕立てられた。今や、1本のリセットハンマーで3つのハートカムをリセットするのがクロノグラフの定石である。しかし、十分なスペースを生かして、4401には〝リッチ〞なリセット機構が与えられた。リセットハンマーとその規制バネを3つのハートカムごとに分割したムーブメントは、おそらく4401以外にない。

ロイヤル オーク コンセプト スプリットセコンド クロノグラフ GMT ラージデイト

 筆者はこのムーブメントに大変感銘を受けたが、半面、これをベースにした複雑モデルは出ないだろう、とも予想した。これだけ大きくて中身の詰まった機械に、付加機構を加えるのは不可能だろう。

 そんな筆者の予想は、23年に発表された「ロイヤル オーク コンセプト スプリットセコンド クロノグラフ GMT ラージデイト」であっさり覆された。文字盤側にラージデイトとGMTを加えたのは理解できる。ムーブメントの文字盤側は、12時位置と中心に余裕があるためだ。しかし、決して薄くない4401にスプリットセコンド機構を重ねるとは想定外だった。

 自動巻きクロノグラフにスプリットセコンドを載せる場合、普通はローターの下にスプリットセコンドモジュールを噛ませる。対してオーデマ ピゲは、センターローターをペリフェラルのようなドーナツ状に改めることでムーブメントの真ん中に余白を捻出し、そこにスプリットセコンド機構を埋め込んだのである。かなりの離れ業だが、自動巻きクロノグラフの厚みを増やさずにスプリットセコンドを加えるなら、これはベストな解決策に思える。

 本作と「ユニヴェルセル」の監修を行ったルカス・ラッジはこう語る。「本作の開発は、ユニヴェルセルと並行して進められた。そのためビッグデイトとスプリットセコンドの機構はユニヴェルセルに共通する」。ラッジ曰く、4401のローター真はかなり太く、周囲にも余裕があったという。そこで中心を削り、スプリットセコンド機構を加えようと考えたそうだ。もっとも、ドーナツ状のローターに高い巻き上げ効率は期待できない。そこでラッジは、ローターを比重の思いプラチナ製に改め、21個のセラミックボールで保持する構成に改めた。驚くべきことに、セラミックボール保持にもかかわらず、ローター音はほとんどない。

 また、薄くするため、スプリット車からは、クロノグラフとスプリット車の連結をカットするアイソレーターが省かれた。主ゼンマイのトルクが強いため、アイソレーターは不要とラッジは語る。

 4401の高い完成度を損なわずに、GMTとラージデイト、そして驚くべきスプリットセコンドを加えたCal.4407。オーデマ ピゲが、シンメトリーをよくすることは筆者も知っていた。しかし、これほどの離れ業を無理なく行う力量は、筆者の想像をはるかに超えていた。

ロイヤル オーク コンセプト スプリットセコンド クロノグラフ GMT ラージデイト

オーデマ ピゲ「ロイヤル オーク コンセプト スプリットセコンド クロノグラフ GMT ラージデイト」
フライバッククロノグラフに、スプリットセコンド機構とGMT表示を加えた大作。ヒゲゼンマイも巻き上げヒゲに改められた。デザインは2015年の「ラップタイマー」や21年の「ブラックパンサー」に範を取ったもの。ロイヤル オーク コンセプト初となるインターチェンジャブルストラップ採用モデル。自動巻き(Cal.4407)。73石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。Tiケース(直径43mm、厚さ17.4mm)。5気圧防水。要価格問い合わせ。



Contact info: オーデマ ピゲ ジャパン Tel.03-6830-0000


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