美学的な超絶技巧を凝らした4種類のタイムピースからなるヴァシュロン・コンスタンタンの「メティエ・ダール ─ 偉大な文明へ敬意を表して─」。偉大な古代の文明に敬意を捧げる超大作コレクションは、ルーヴル美術館との熱烈な交感、奇跡的な協働によって誕生したものだ。
アウグストゥスの胸像の中でも傑作の呼び声が高い、樫の葉で編んだ「市民冠」姿の大理石像をベースに製作。背景となるダイアルの中央部はブルーグリーンのエナメル、外周はマイクロモザイク。ラテン語の文字は皇帝への讃辞と加護、就任を記念する言葉。自動巻き(Cal.2460 G4/2)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KWG(直径42mm、厚さ12.9mm)個別番号入り5本限定、ヴァシュロン・コンスタンタン・ブティックのみで販売(完売)、以下同。。
(左中)メティエ・ダール─ 偉大な文明へ敬意を表して─サモトラケのニケ
ベースはアンティゴノス朝のヘレニズム期ギリシア(紀元前277-前168年)で製作された大理石彫刻の傑作で、1884年以来ルーヴルの大階段踊り場に展示されている。サモトラケで発見された石碑から引用した古代ギリシア文字の文をメタライゼーションで刻む。自動巻き(Cal.2460 G4/2)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KPG(直径42mm、厚さ12.9mm)。
(右中)メティエ・ダール─ 偉大な文明へ敬意を表して─タニスの大スフィンクス
エジプト以外では最大の大きさを持つスフィンクスの顔をゴールドで彫金。首飾りモチーフのシャンルベエナメルは内包物を加えて経年変化の効果を与え、窯で6回焼成して深い色合いを表現。象形文字はカルトゥーシュに刻まれた碑文から採られた。自動巻き(Cal.2460 G4/2)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KPG(直径42mm、厚さ12.9mm)。
(右)メティエ・ダール─ 偉大な文明へ敬意を表して─ダレイオス王のライオン
ベースはアケメネス朝ペルシア、ダレイオス一世統治期(紀元前522-前486頃)の作品。楔形文字で書かれた文は、ダレイオスの宮殿の設立趣意書から採られている。自動巻きCal.2460G4/2)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KPG(直径42mm、厚さ12.9mm)。
並木浩一:文 Text by Kouichi Namiki
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年11月号掲載記事]
VACHERON CONSTANTIN × MUSÉE DU LOUVRE
人類の偉大な遺産は、どのような形で後世に残されるべきか。ルーヴル美術館とヴァシュロン・コンスタンタンは、その問いに向けて同じ回答に辿り着いた。「メティエ・ダール ─偉大な文明へ敬意を表して─」の全4作は、両者のパートナーシップによる画期的な成果である。孤高の美術作品であることと不滅の歴史的価値を持つことを、貴重な収蔵品と希少な腕時計が奇跡的に共有する。〝偉大な文明〞とは古代エジプト、広義のオリエント、ギリシア、ローマを指している。つまりは紀元前3000年頃から始まり5世紀のローマ帝国滅亡までの世界のことだ。ルーヴルの古代エジプト美術部門、古代ギリシア・エトルリア・ローマ美術部門の膨大なコレクションから、各時代を象徴する傑作が選ばれた。
厳選された4つの作品は、古代美術の多くがそうであるように作者は不詳である。それでありながら不朽の芸術的価値を認められた、全人類の財産といってもいい。それらは絵画のような平面ではなく、立体的に豊かな質量を持つ。タブロー画を文字盤に写し取るのとは異なり、3次元のテクスチュアを生み出さなければならない。しかも元々のマテリアルである自然石や彩色レンガに代わる素材を選び、技法を編み、文字盤の形として作品化する必要がある。ヴァシュロン・コンスタンタンはそのために時計造りの技術と、〝メティエ・ダール〞を駆使した。
搭載された自社製ムーブメント、キャリバー2460 G4/2は4つのディスクで時・分・曜日・日付を表示する。針が作品の視界を遮らないだけでなく、文字盤上の四隅のシンメトリーな配置は、美術と腕時計の界面に誕生した新フォーマットにも見える。しかもその空間と立体作品の位置関係に、独創的な創意が加えられた。ダイアルの背景部分には、個々の作品に関係が深い装飾=ローマ時代のモザイク、エジプトの棺、ギリシアの陶器や壺のバス・レリーフ(浅浮き彫り)、釉薬で彩色したバビロニア式レンガが独創的に再現された。ゴールドで造形されたメインの作品は、楔形文字や象形文字、古代ギリシアやラテン語の文をメタライゼーションで刻んだサファイアクリスタルに固定される。最後にアウタークリスタルで密封された芸術的空間は、それぞれの文明の絶対的世界観で閉じられる。
「タニスの大スフィンクス」は、ルーヴルの古代エジプト展示部門の入り口に座る花崗岩の彫刻である。人面を持つ獅子の表情はゴールドで彫金され、背景は同じくルーヴルが収蔵する古代エジプトの棺の首飾り装飾をシャンルベエナメルで再現した。「ダレイオス王のライオン」はそもそも、アケメネス朝ペルシア帝国の王宮から発掘された彩色レンガによるフリーズ(装飾壁)。獅子の背景のレンガ壁をターコイズとムーアカイトジャスパーのストーンマルケトリーで描く。外周の装飾帯に採られた三角形のモチーフは、同じ宮殿のフリーズの絵柄をシャンルベエナメルで図案化した。
「サモトラケのニケ」の華麗な造形はホワイトゴールドでよみがえり、中央の茶色のエナメル、濃褐色の地に白色の釉薬を重ねて焼成を繰り返す外周のグリザイユエナメルをバックに羽根を広げる。「アウグストゥス帝の胸像」は、憂いを秘めた古代ローマ帝国初代皇帝をクォーツァイト、カショロング、デュモルチェライト、ムーアカイトジャスパー、レッドジャスパー、グロッシュラー、レッドアベンチュリン等の微小片を用いた華やかなストーンマイクロモザイクで囲ってみせる。
選抜された作品はそれぞれに意義深いだけでなく、その形状から絵画とは違って、ルーヴル本館やランス別館、あるいはルーヴル・アブダビから海外に貸し出される可能性は低い。たとえば総重量30トンの「サモトラケのニケ」を日本で観られることは、この先も望めないだろう。
文字通り門外不出の動かし難いレガシーを、ヴァシュロン・コンスタンタンがメティエ・ダールの技術によって、最も小さな至宝に仕上げた。千年紀を重ねて経た価値の複層と隠しようもないオーラはぎりぎりまで凝縮され、どの1㎜四方の部分でも人を魅了するのである。
広田ハカセの「ココがスゴイ!」
著名なモチーフを腕時計に閉じ込める作業は、一見簡単そうだが、実はかなり難しい。その証拠に、このジャンルを担うマニュファクチュールは、ただヴァシュロン・コンスタンタンのみだ。他社が真似できない理由はふたつある。ひとつは、著名なモチーフをデフォルメし、背景になじませるには経験が必要なこと。ヴァシュロン・コンスタンタンは、会社として十分な経験を積んできた。もうひとつは、さまざまなテクニックが必要なこと。表現したい意図が技法で制限されるようでは、作品にならないのである。ここで挙げた4本の作品は、ノウハウを蓄積し、技術を駆使する、そんなヴァシュロン・コンスタンタンならではの作品だ。歴代モデルももちろん良いが、この4作のまとまり感はさらに群を抜く。
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