華麗な「メティエダール」の世界を堪能しよう! パテック フィリップやシャネルなど6ブランドからピックアップ

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2023.10.13

メティエダール(Metier d'art)とは、直訳すると「匠の芸術」を意味するフランス語だ。熟練の職人たちが生み出す腕時計は高い芸術性を持ち、時計業界でも独自の分野を築いている。同時にメティエダールは伝統技術を保存する役割も果たしており、この精緻でニッチな分野への注目度は高まりつつある。今回は2023年に発表されたモデルを中心に、メティエダールを堪能できる6本の腕時計を紹介する。

レ・キャビノティエ-ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』へのオマージュ

ジュネーブ伝統のミニアチュール(細密画)にグリザイユ・エナメルの技法を重ねた、ヴァシュロン・コンスタンタンの「レ・キャビノティエ - ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』へのオマージュ」。
Originally published on watchtime.net
Text by Maria-Bettina Eich
[2023年10月13日公開記事]


「匠の芸術」を意味するメティエダール

 伝統的な職人技を用いて丹念に手仕上げされた時計、それが時計業界で「メティエダール」と呼ばれる時計である。エングレーバー、エナメル職人、ジェムセッター、ギヨシェ職人、細密画家といった、表舞台ではあまり知られない技術者たちが小さな文字盤に細かな装飾を施す様子は、まるで魔法のように見える。

 職人たちの日々の仕事は、私たちが仕事と聞いて思い浮かべるものとはかけ離れている。金属を溶解する容器やパウダー、古めかしい機械、そしてたった10本のテンの毛で作られたブラシなどの繊細なツールを備えた彼らの工房は、職人技と火が重要な役割を果たした、ほとんど神話のような過去の時代から現れたようだ。

そんな静かな工房から生まれるのは、色を置く度に焼成され、火入れの際に割れてしまうこともあるエナメル文字盤や、歴史あるギヨシェマシーンで繊細な装飾が施された部品などであり、それはまるでファンタジーの世界からやってきたもののように見える。

クロワゾネ本七宝装飾でレマン湖の情景を描いた、パテック フィリップ「ワールドタイム・ミニット・リピーター 5531」

ワールドタイム・ミニット・リピーター 5531

パテック フィリップ「ワールドタイム・ミニット・リピーター 5531」
自動巻き(Cal.R 27 HU)。45石。2万1600振動/時。パワーリザーブ最大48時間。18KWGケース(直径40.2mm、厚さ11.49mm)。非防水。価格要問合せ。(問)パテック フィリップ ジャパン・インフォメーションセンター Tel.03-3255-8109

 例えば、パテック フィリップが2023年に発表した「ワールドタイム・ミニット・リピーター 5531」は、オートオルロジュリーと高度なクラフツマンシップを融合させたものだ。文字盤には、夕陽を背景にスイス国旗を掲げてレマン湖を航行する蒸気船が描かれている。この蒸気船は、現代よりも旅のスピードがゆったりとしていたベル・エポック時代の蒸気船をモデルとしたものだ。

 スイス時計業界は時計が前時代的なものとなることに抵抗し、スマートフォンのように便利なものではなく、何度も巻き上げる必要がありつつ、正確な時間を保つものを是とした。このような考えの中で、ラグジュアリーな癒しへ誘う穏やかな湖畔を描き、ローカルタイムをどこでも打刻する、理想的なスイス時計を象徴するようなワールドタイム・ミニット・リピーター 5531は生まれた。半透明と乳白色の20色の釉薬パレットを用い、職人が豊かなニュアンスを表現した七宝細密画は、ジュネーブ周辺地域に深く根ざした伝統的な技法である。

文字盤にツイードの質感を再現した、シャネル「マドモアゼル プリヴェ ピンクッション」

マドモアゼル プリヴェ ピンクッション ツイード モチーフ

シャネル「マドモアゼル プリヴェ ピンクッション」(ツイード モチーフ)。
クォーツ。18KYG×Tiケース(直径55mm)。30m防水。世界限定20本。完売。

 2023年、大きな話題を呼んだのがシャネルのメティエダールの時計だ。創業者であるガブリエル・シャネルはベルエポックの申し子であるが、その華麗なエレガンスから距離を置き、女性が仕事やスポーツを自由に快適に行うことができるための服を提案した。この伝説的なクチュリエに敬意を表し、お針子に欠かせないピンクッション(針刺し)に着想した「マドモアゼル プリヴェ ピンクッション」は、シャネルにとって大切な5つのモチーフを取り入れた、5つのモデルで構成されている。

 シャネル ウォッチメイキング クリエイション スタジオ ディレクターであるアルノー・シャスタンは、ピンクッションの大きく丸みを帯びた曲線のフォルムにインスピレーションを得た。そしてシャネルのクリエイションに欠かせない、細部を追求する美意識と卓越した職人技を用いることにより、マドモアゼル プリヴェ ピンクッションのツイード モチーフモデルは目を見張る仕上がりとなった。

マドモアゼル プリヴェ ピンクッション

お針子が腕につけるピンクッションからインスピレーションを得たマドモアゼル プリヴェ ピンクッション。ドーム状の風防も特徴のひとつだ。

 カドラニエ・ジュネーブ製の文字盤は、職人の手によって見事にツイードの質感を再現している。ジャケットとポケットのエッジにはダイアモンドがあしらわれ、ボタンは小さなパールで表現されている。細いゴールドの時分針は裁縫用の針を思わせ、小さな指貫やハサミ、巻き尺などのモチーフが配されている。これらの時計作りには、パリ発のメゾンならではの、オートクチュールさながらの職人技や神秘的なエレガンス、楽観性、大胆さが組み合わされている。

プリカジュール エナメルの羽を持つ妖精が時間を指し示す、ヴァン クリーフ&アーペル「レディ フェアリー ローズゴールド ウォッチ」

ヴァン クリーフ&アーペル「レディ フェアリー ローズゴールド ウォッチ」
自動巻き。パワーリザーブ約36時間。18KRG×ダイヤモンドケース(直径33mm)。30m防水。1742万4000円(税込み)。(問)ヴァン クリーフ&アーペル ル デスク Tel.0120-10-1906

 メティエダールの時計は時間を表示するだけでなく、時刻表示というおなじみの動きにちょっとした魔法を加えたいようだ。ヴァン クリーフ&アーペルはこれを、妖精の力を借りるという、他にはない詩的な方法で実現している。「レディ フェアリー ローズゴールド ウォッチ」では、マザー・オブ・パールの雲に腰掛ける妖精が魔法の杖を手に持っている。この妖精が分表示をレトログラード式で行い、時表示は雲の切れ込みから顔を出したジャンピングアワーから読み取ることができる。

 ヴァン クリーフ&アーペルの職人たちは、この直径33mmという比較的小さな文字盤でも、魅力を存分に引き出すことに成功した。パールホワイトから深いプラム、繊細なシャンパン、鮮やかなフューシャへ移り変わる空の微妙なグラデーションが、文字盤のマザー・オブ・パールのエングレービングにさらなる美を与えている。妖精の羽はプリカジュール・エナメルと不透明なエナメルを組み合わせて作られている。妖精の体は繊細なゴールドのレリーフで形作られ、ドレスにはダイヤモンドとピンクサファイアがセッティングされている。

 この夢のような情景を繰り広げる文字盤の下に、ヴァン クリーフ&アーペルのためだけに開発された複雑な機械式ムーブメントが収められているのである。どんな時計愛好家でも、メティエダールの繊細な美しさには言葉を失ってしまうだろう。


失われつつある技術を保護する取り組み

 何世紀にもわたって時計の装飾に用いられてきた特別な工芸技術は、それ自体が希少なものとなりつつある。スイス時計業界がノウハウの代わりに好んで使う「サヴォアフェール」は、絶滅の危機にさらされているのである。エナメル加工やエングレービング、そして細密画の職人の数は、すべて把握できるほど少ない。理想的には個々の熟練した職人が、それぞれの技術と知識をそれぞれの工房で弟子たちに伝えていくことだ。

 このような状況のため、メティエダールを用いた時計は大量生産が不可能であり、基本的に手作業となるためまったく同じものは存在しない。世界中で高級時計が販売されている現在、このような時計を所有することは愛好家たちにとって特に魅力的である。

 こうしたクラフツマンシップの現状は、時計ブランドが珍しい技術を保護するための取り組みを始めるきっかけにもなっている。例えばパテック フィリップ、ヴァシュロン・コンスタンタン、ジャガー・ルクルト、カルティエ、ヴァン クリーフ&アーペルなどは、メティエダールを駆使した作品を発表し続けることによって、この絶滅の危機に瀕した技術とその職人たちを支援している。

ミニアチュールにグリザイユ・エナメルの技法を重ねた、ヴァシュロン・コンスタンタン「レ・キャビノティエ - ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』へのオマージュ」

レ・キャビノティエ-ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』へのオマージュ

ヴァシュロン・コンスタンタン「レ・キャビノティエ - ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』へのオマージュ」
自動巻き(Cal.2460 SC)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約40時間。18KPGケース(直径40mm、厚さ9.42mm)。ユニークピース。(問)ヴァシュロン・コンスタンタン Tel.0120-63-1755

 ヴァシュロン・コンスタンタンは2023年の春から、「A Masterpiece on the Wrist」(=「あなたの腕に傑作を」)による新しいアプローチを試みている。2019年からルーヴル美術館とパートナーシップを結び、2020年12月に催された「Bid for the Louvre」では、ユニークピースである「レ・キャビノティエ」のタイムピースがオークションにかけられた。

 ヴァシュロン・コンスタンタンは今後、顧客に向けて「A Masterpiece on the Wrist」の製作を行っていく。その内容は、ルーヴル美術館に収蔵されている作品をひとつ選び、その作品が文字盤上にエナメルで再現されるというものだ。このアプローチのきっかけとなったのが、「Bid for the Louvre」で落札された「レ・キャビノティエ - ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』へのオマージュ」である。

レ・キャビノティエ-ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』へのオマージュ

「レ・キャビノティエ - ピーテル・パウル・ルーベンス『アンギアーリの戦い』へのオマージュ」では、再現された絵画に関する真正証明書をルーヴル美術館が発行する。

 本作では、ルーベンスによって描かれた名作「アンギアーリの戦い」が、エナメル仕上げの文字盤に描かれている。ヴァシュロン・コンスタンタンのエナメル職人は、グリザイユ・エナメル技法を駆使して、顕微鏡をのぞきながら原画の複雑な色合いを再現していく。最も繊細なニュアンスの表現には、リモージュ磁器から作られるエナメル素材、リモージュ・ホワイトが採用された。

 原画を再現する能力に加え、こういった細密画は文字盤の完成までに行われる20以上もの焼成行程を要する素材の扱いにも長けている必要がある。こうしてわずか直径4cm足らずの文字盤の中に、驚くべき力強さと迫力、そして動きのある戦の情景が描き上げられ、ルーベンスの原画にある歴史的な閃きを捉えるのである。

瑪瑙のエングレービングでペガサスを描いた、エルメス「アルソー リーブル コム ペガサス」

アルソー リーブル コム ペガサス

エルメス「アルソー リーブル コム ペガサス」
自動巻き(Cal.H1837)。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KWGケース(直径41mm)。3気圧防水。世界限定24本。参考価格1128万円(税込み)。(問)エルメスジャポンTel.03-3569-3300

 馬具商を起源とするエルメスは、文字盤に独自の職人技術を用いてメゾンの世界観を表現した時計をいくつも生み出している。例えば2023年の「アルソー リーブル コム ペガサス」では、ギリシャ神話に登場する有翼の馬であるペガサスが、質感のあるエングレービング技法により、文字盤から飛び出すような迫力で描かれている。

 文字盤素材は非常に特殊な、色味のある瑪瑙だ。落ち着いたグレーホワイトの色味を帯び、わずかに透明がかった馬は、何層にも及ぶレリーフからなり、それぞれの層は異なるカラーの瑪瑙で構成されている。この作品は、職人技の素晴らしさを、時間を確認する度に神話世界の動物によって驚嘆させてくれる。

複数のエナメル技法を組み合わせた、ルイ・ヴィトン「タンブール ファイアリー ハート オートマタ」

タンブール ファイアリー ハート オートマタ

ルイ・ヴィトン「タンブール ファイアリー ハート オートマタ」
自動巻き(Cal.LFT325)。67石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KPGケース(直径42.0mm)。50m防水。価格要問い合わせ。(問)ルイ・ヴィトン クライアントサービス Tel.0120-00-1854

 職人技を駆使した時計のデザインには、伝説的なモチーフが重要視される。ルイ・ヴィトンは、2023年に発表した「タンブール ファイアリー ハート オートマタ」に、不滅の情熱を確実に刻み付ける薔薇や棘、炎をまとった心臓、そして「Sweet」なバナーや王冠といったモチーフを、グリム童話やタトゥースタジオに迷い込んだかのような世界観の中にあしらった。本作はシャンルベエナメルとクロワゾネエナメルの組み合わせを通して、さまざまな要素が表現されている。バラと王冠の彫刻を担ったのは、彫金師のスターであるディック・スティーンマンだ。

 タンブール ファイアリー ハート オートマタは、動く絵画である。搭載されたCal.LFT325は、ラ・ファブリク・デュ・タン ルイ・ヴィトンが開発した初の自社製自動巻きオートマタムーブメントだ。8時位置のプッシャーを押すとハートが開き、「Sweet」の文字に「BUT FIERCE(そして激しい)」が加わる。それに加え、薔薇の花びらが回転し、炎がハートから離れ、文字盤の枝から棘が現れる。フライングトゥールビヨンは6時位置でそのまま回転を続ける。

 愛は苦痛を伴い、薔薇には棘があり、洗練されたメティエダールは人生より少し長いストーリーを持つ。職人技の生きた時計は、こうした味わいを持ち、多くの人々を魅了するのだ。


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