「これで相場はまともになる?」。変わらぬ高級時計人気の一方で、世界的な景気後退が囁かれる今、人気中古時計の価格下落が明白になってきた。そして、この価格下落の原因を探ると、世界経済の現状が見えてくる。人気の中古時計をぜひ手にしたい人にとってはグッドニュース。だが、すでに所有している人にとってはバッドニュース。さあ、あなたはどちら?
https://subdial.com/about
[2023年10月12日公開記事]
下がり続けてきた人気時計の中古品価格相場
いくら品切れで買えないからとはいえ、人気のあのブランドのあのモデルが、中古時計専門店に行くと定価の3倍以上!の異常なプライスタグが付いている。だが、“新型コロナバブル”が収束した結果、そんな事態がついに解消に向かっているようだ。
中古時計に興味があって、お気に入りのモデルを探している。いま手元にあるモデルの二次流通市場価格の相場を確認して、もし良い値が付くなら売りたい。そんな風に考えていて「Chrono24」などの時計マーケットサイトをいつもチェックしている人なら、昨年から人気ブランドのあのモデルの中古品の価格が下落していることはご存じだろう。
https://www.chrono24.jp/magazine/
だから「そんなことは知っているよ」と思われるかもしれない。確かにそうだ。ただ、いつ頃から下落が始まったのか? なぜ下落したのか? 客観的なデータはなかなかない。しかし、そのあたりのデータがまったくないわけではない。
そこで今回は、「いつ頃から下落したのか」「なぜ下落したのか」というふたつの疑問について、筆者が注目しているサイトを紹介しつつ、筆者独自の見解と解説をお伝えしたい。
ターニングポイントは2022年2月頃?
筆者が中古時計の相場ウォッチで注目しているのは、このコラムの冒頭で登場しているイギリスの中古時計マーケットサイト「SUBDIAL」の「MARKET」というページだ。筆者のようにBloombergの有料サイトを購読している方ならご存じかもしれない。ただ、このページは今のところ誰でもアクセスできるが、イギリスの中古時計の相場のもので日本のものではない。
「SUBDIAL」はBloombergと協力して、中古ウォッチの人気上位50モデルをウォッチし、その価格の変動をもとに独自の指標「BLOOMBERGE SUBDIAL WATCH INDEX」というスコアを発表している。
このスコアやその他の海外メディアの情報をチェックして考えてみると、人気中古ウォッチの多くの価格がピークを迎え、価格下落が始まったのは2022年春、ちょうど4年ぶりにジュネーブで「WATCHES AND WONDERS GENEVA 2022」がリアルに開催された少し前の2022年2月〜3月頃だと思われる。
この時期はちょうど中国の不動産開発大手「中国恒大集団(China Evergrande Group)」の巨額の債務危機=中国不動産バブルの崩壊が大ニュースになった時期とぴったり一致する。そして「中国で人気中古時計がどんどん売られて、価格が下落している」という情報が、中国をウォッチしている一部メディアで流れたのもこの頃だ。
価格下落のいちばんの要因は中国の経済危機?
ハイエンドなコレクターズアイテムも含めて2010年以降、中国の人たちは高級時計の中古時計市場の主役だったことは、時計マーケットサイトをウォッチしている人ならご存じだろう。そして、これはあくまで筆者の推測だが、今回の価格下落はこの主役だった中国国内の人々が、不動産バブルの崩壊による中国の経済危機を受けて、以前購入した人気の中古時計を手放したことがいちばんの要因ではないかと考えている。
新型コロナウイルスに対して、都市のロックダウンなど徹底した「ゼロコロナ政策」を実施した結果、中国経済は急減速、今やデフレ状態にあるというのが中国経済ウォッチャーの最近の認識だ。昨年後半にゼロコロナ政策は撤回され、時計業界では「新型コロナウイルス禍前は世界No.1市場だった中国国内での時計の売り上げが元に戻るだろう」と予測されていた。ところが、中国本土と香港での時計の売り上げは元に戻らない。理由は中国経済が、まるで1990年代の日本のようなデフレ状態に陥っているからだ。その結果、高額な時計を買える人が減ってしまったのだ。
もちろん、中国の人々のこうした行動だけが価格下落の要因ではないだろう。なぜか日本のテレビや新聞は積極的に報道しないが、中国に限らず、いま世界中のあらゆる地域で景気後退が起きていることは間違いない。
日本をはじめ、富裕層の高級時計に対する購買意欲は活発だ。しかし、筆者の個人的な印象だと一応は断っておくが、海外の時計関係のウェブメディアでは1年前頃からすでに「手頃だけれど良い時計」という切り口の特集記事をひんぱんに見かけるようになった。最近では、中国を抜いてスイス時計の世界No.1市場になったアメリカで、超高額モデルの売れ行きが鈍り始めているという話も聞いた。
今回の下落は一種の「正常化」だ
では、人気ブランドの人気モデルの中古時計価格を総合して算出された「BLOOMBERGE SUBDIAL WATCH INDEX」によれば、現在の価格相場は、以前と比較するとどうなっているのか?
この指標の変動を見ると、価格が急騰したのは2021年の11月頃から2022年の2月にかけて。そして、この2月で相場はピークアウト、最高値を記録してから一転、下降に転じて、現在は価格急騰前の水準にほぼ戻っている。つまり、冒頭で述べたように「異常なバブル相場」はとりあえず元通りに収束したと言える。
この状況は時計コレクターにとってはうれしくもあり、また悲しくもあると思う。中古時計マーケットで欲しい時計を探している、これから中古時計の購入を考えている人にとっては、これは間違いなく朗報だ。しかし、いま「売りたい人気の時計」が手元にある人、つまり現物投資として中古時計を購入して利益を出したい人や、その人気ブランドの人気モデルを所有してその価値に満足していた人にとってこれは一種の悲報でもある。
真面目でなければ良い時計は作れない!
あなたにとって朗報吉報いずれにせよ、今回の下落は、ブームから距離を置く、冷静に時計の価値、自分の時計に対する価値観を見直す絶好のチャンスだと思う。何年経っても飽きの来ない、きちんとメンテナンスすれば世代を超えて楽しめる“本当に良い時計”を作っている人々は、ひとことで言えば真面目なひとたちだ。真面目でなければそういう時計は作れない。カメラもそうだが、精密機械ってそういうものだから。
筆者は社会人になったばかりの頃に平成バブルを体験している。そして、疑り深い性格が災いしたのか、そのバブルに乗り切れなかった。その時につくづく知ったのは、バブル期には人のモノに対する感覚も評価もおかしくなる、何かを見る「レンズが歪む」ということだ。流行に巻き込まれておかしくなる。この下落はその感覚を修正する、「レンズの歪みを補正する」絶好の機会だと思う。
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