基本的に、ユニークピースの製作を行わないオーデマ ピゲ。しかし、飛び抜けた依頼に対しては応じる場合がある。「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ グランドソヌリ カリヨン スーパーソヌリ」のユニークピースは、技巧とユニークさにおいて、歴史に残る1本となった。
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年9月号掲載記事]
オーデマ ピゲ「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ グランドソヌリ カリヨン スーパーソヌリ」
時計愛好家であるくろのぴーす氏のシグネチャー「スマイリーマーク」を文字盤にあしらったユニークピース。ベースとなったのは、傑作カリヨン スーパーソヌリだ。手巻き(Cal.2956)。56石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。18KWG×18KPGケース(直径41mm、厚さ13.5mm)。20m防水。参考商品。
オーデマ ピゲの「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ グランドソヌリ カリヨン スーパーソヌリ」は「鳴り物」を得意とする同社の中でも、頭ひとつ抜きんでた存在である。事実、このモデルが文字盤に採用するのは、アニタ・ポルシェのアトリエが製作したオーダーメイドのエナメルダイアルだ。内3本は、エナメルにアンティークゴールドのスパンコールをあしらったもので、残り2本は、完全なオーダーとなる。
このモデルに興味を持ったのが、時計愛好家のくろのぴーす氏だった。カリヨンでオーダーができると聞いた彼は、自身のアイコンをあしらった文字盤をフォトショップで製作し、オーデマ ピゲにリクエストを出したという。もっとも、スパンコールを使うため、絵柄が再現できないと断られたらしい。しかし、アニタ・ポルシェは解決策を見出し、半年後に製作の運びとなった。
文字盤に絵文字をあしらうというアイデアは、チャレンジングな時計を好むオーデマ ピゲにしても、困難だったようだ。しかし、CEOのフランソワ-アンリ・ベナミナスはゴーサインを出した。彼は筆者にこう述べた。「なぜ絵文字モデルを製作したのか? 理由は、極めて伝統的な製法に基づきながら、クールだったからだよ。私はこういうクレイジーな試みが好きなのだ」。実現に際しては、同社の法務部が、絵文字が商標登録されていないかを入念にチェックした。
仮にエナメル文字盤に絵文字を加えるなら、普通は金線で枠を作ったクロワゾネを選ぶ。古典の手法に通じたアニタ・ポルシェならばなおさらだろう。しかし彼女は、文字盤にレーザーで絵文字や模様を彫り込み、その上にエナメルを施すという手法を編み出した。筆者が驚いたのは、その深さだ。ポルシェは具体的な数値を述べなかったが、絵文字や模様の深さは、クロワゾネとはまるで異なる。
ポルシェはこう語った。「絵文字の文字盤を見せられて、解決策を考えました」。それが前代未聞のレーザー彫りというわけだ。確かに、レーザーで文字盤を彫ると模様は深くなり、エッジも鋭くなる。モダンな表現にはぴったりだろう。しかし、今まで採用例がなかったのは、角に気泡が残りやすくなるためだ。ギヨシェの文字盤でさえ、エナメルを施すと気泡が残りやすいことを考えれば、より角の立ったレーザー仕上げは、お世辞にもエナメルとの相性がいいとは言えない。しかし、実物を見た限り、エッジに残った気泡は皆無だ。
「バブルがないわけではないですよ。むしろ残してあるのが、手作業らしくていいと思うのです。もっとも、気泡が入りにくいよう、エナメルを流し込む際に水を増やしたり、上下方向だけでなく、斜めからも色を入れたりしています」
こういった作業を17層繰り返すことで、唯一無二の絵文字エナメル文字盤は完成した。エナメルで立体的な表現を目指してきた、アニタ・ポルシェにとっても、これはひとつの集大成だろう。ポルシェはこう語った。
「オーデマ ピゲというのは、昔のテクニックと今のテクノロジーを駆使する会社でしょう。ですから、絵文字の文字盤を見せられて、新しい解決策を考えたのです。絵文字モデルをテクニカルな枠組みに留めておきたくなかった」
伝統と革新の両方向に進むオーデマピゲ。本作は、そういった今の同社にしか作り得ない、金字塔のひとつだろう。関わった人たちに、筆者は心からの敬意を表したい。
https://www.webchronos.net/features/56601/
https://www.webchronos.net/features/87094/
https://www.webchronos.net/features/92289/