腕時計を選ぶとき、ムーブメントは重視したい要素のひとつだ。ムーブメントには駆動方式や巻き上げ方式によって、複数の種類がある。ここでは腕時計のムーブメントについて、種類や仕組み、さらには歴代の名機や搭載モデルまでを紹介していく。
ムーブメントは腕時計のエンジン
ムーブメントは時計を動かすための基幹部品である。クルマで例えればエンジンのようなもので、ムーブメントの種類によって時計そのものが分類されるほど、大きな役割を持つ。
腕時計のムーブメントには大きく分けて「機械式」と「クォーツ式」がある。タイプごとの仕組みから、違いを読み解いてみよう。
ゼンマイが動力源の「機械式」
機械式のムーブメントは、ゼンマイを巻き上げることで駆動する仕組みだ。巻き上げた後にゼンマイがほどける力によって、時計が動く。
機械式ムーブメントでは以下のような機構が、それぞれの働きを持って時計を動かしている。
- 香箱と主ゼンマイ
- 輪列
- 脱進機・調速機
主ゼンマイとそれを格納する香箱が、動力の源だ。ここから輪列の歯車を通じて分針や秒針に力が伝わることで時を刻む。脱進機はガンギ車とアンクルによって、輪列の回転運動を左右の動きに変えて調速機に伝えるパーツだ。
調速機は時計の遅れや進みを調整する役割を持つ。テンプ周辺の部品全般を調速機と呼ぶが、テンプと調速機を同義として使う場合も多い。
電気が動力源の「クォーツ式」
水晶振動子によって調速するムーブメントを、クォーツ式(クォーツ)と呼ぶ。動力源は電池である場合が大半だ。
水晶には、圧力を加えると片方の表面からプラスの電気が、もう一方の表面からはマイナスの電気が発生する圧電効果が見られる。引っ張ったときはプラスとマイナスが逆になる。
また水晶の両面にプラス、マイナスの電気を交互に加えると、逆圧電効果によって水晶が伸び縮みするのも特徴だ。この性質を利用し、電圧を加えて振動させるのが水晶振動子である。
クォーツ式ムーブメントは、水晶振動子を電圧で振動させ、その振動を電気信号に変換してモーターを動かす仕組みだ。振動数が多ければ多いほど精度が高く、狂いにくい。
機械式ムーブメントには種類がある
電池や太陽光で動く時計が普及した現代でも、機械式ムーブメントは時計愛好家を魅了してやまない。巻き上げ方や在り方にバリエーションがある点が、その理由のひとつだろう。
機械式ムーブメントには、巻き上げ方式によって「自動巻き」と「手巻き」の2種類がある。さらに時計メーカーが自社でムーブメントを製造する一方で、複数の時計メーカーが採用する汎用型ムーブメントも存在する。
自動巻きと手巻き
機械式ムーブメントの巻き上げ方式は、ローターの回転を利用して自動で巻き上げる自動巻き(オートマティック)と、リュウズ操作によって巻き上げる手巻きの2種類がある。
自動巻きは、時計を装着しているときの姿勢の変化によって半円形のローターが回転し、ゼンマイが巻き上がる。手で巻き上げる必要はないが、腕時計を装着しない時間が長くなれば止まってしまう。
手巻きの場合は、リュウズを回して手動でゼンマイを巻き上げる。手間はかかるが、ムーブメントを覆うローターがない分だけ薄型に仕上げられる上、ムーブメントの構造を堪能しやすい。
機械式の汎用型ムーブメントは「エボーシュ」とも
「エボーシュ(ébauche)」とは元来、未完成のムーブメントを指す言葉だ。しかし今日の時計業界では、ムーブメントの製造会社(エボーシュメーカー)が作る汎用型ムーブメントを一般的にエボーシュと呼ぶ。
完成品として出荷されたエボーシュは、腕時計メーカーで装飾やカスタマイズを施した上で量産モデルに組み込まれる。
エボーシュメーカーとしては、ETAやセリタ、ケニッシなどが有名だ。中にはヴォーシェ・マニュファクチュール・フルリエのように、高級時計に搭載されるエボーシュを専門に製造しているメーカーもある。
なおエボーシュを使った時計の製造形態は「エタブリスール」と呼ばれ、自社一貫製造の「マニュファクチュール」と区別されることも覚えておきたい。
腕時計のムーブメントをどう見分けるか
腕時計のムーブメントには、動力源や巻き上げ方式によって複数の種類がある。ムーブメントで時計を選べるよう、見分ける方法も押さえておこう。手に取って確かめられる場合と、オンラインで調べる場合、それぞれの調べ方を解説する。
秒針の動き方や音で判断する
店頭で腕時計を手に取れる状況なら、目と耳でムーブメントを見分けてみよう。まず注目したいのが、秒針の動き方だ。
クォーツ式ムーブメントで動く時計は、1秒ごとに針が進む。水晶振動子の振動が、1秒ごとの電気信号に変換されているためである。一方の機械式ムーブメントは、ゼンマイがほどける力によって動くため、秒針が止まらず滑らかに動く。
音もムーブメントを見分ける判断材料だ。同じ機械式の腕時計でも、ローターが内蔵されている自動巻きは、振ってみれば中から音がする。
自動巻きと手巻きを見分けるには、他に実際にリュウズを回してみる方法がある。手応えと巻き止まりを感じられれば、手巻きムーブメントで動いていると分かるだろう。
公式のスペック情報をチェックする
オンラインで腕時計を探すときは、メーカー公式の製品情報を見ることでムーブメントの種類が分かる。そのモデルのスペックがまとまっている部分を見れば、「駆動方式:クォーツ」「自動巻きクロノグラフ」など、ムーブメントについても記載されているケースがほとんどだ。
スペックが書かれた項目名は、メーカー・ブランドによって異なる。いくつか例を挙げると、日本語版サイトの記述は以下の通りだ。
- ロレックス:技術的詳細
- IWC:詳細
- ゼニス:技術仕様
いずれも「ムーブメント」の項目に種類を含めたスペックが記載されている。気に入ったメーカーやブランドがあれば、項目名を覚えておくと便利だろう。
時計史に名を連ねた傑作ムーブメント
腕時計の心臓ともいえるムーブメントは、時計史の中で数え切れないほど生み出されてきた。今日の腕時計に搭載されているムーブメントも、実にバリエーション豊かである。
しかし、その中で歴史に名を残す傑作ムーブメントがあるのも確かだ。今なお時計愛好家の心をつかんで離さない、機械式ムーブメントを3つ紹介しよう。
1942年 オメガ「Cal.321」
Cal.321はアポロ11号の月面着陸に携行された時計に使われたムーブメントだ。特徴は12時間積算計を搭載しながら、直径わずか27mmというコンパクトなサイズを実現している点である。
クロノグラフの機能である12時間積算計は当時、ムーブメントだけで直径30mm以上の巨大な時計にのみ搭載されていた。
1942年にオメガは、ムーブメント製造会社レマニアの設計者に依頼し、直径27mmのムーブメントに12時間積算計を搭載することに成功する。このとき誕生したのがCal.321である。
Cal.321はオメガのフラッグシップモデル「スピードマスター」に採用され、月面着陸という人類の偉業に同行するに至った。
1969年 ゼニス「エル・プリメロ(Cal.3019PHC)」
エル・プリメロ(Cal.3019PHC)は、ゼニスが開発した自動巻きクロノグラフムーブメントだ。1969年の誕生から、半世紀以上も名機として名をはせる。
60年代後半のスイスでは、複数のメーカーが自動巻きクロノグラフムーブメント開発の分野でしのぎを削っていた。日本でも69年5月、セイコーが世界で初めて自動巻きクロノグラフを搭載した腕時計を販売している。
しかしゼニスは69年1月に、エル・プリメロとそれを搭載するプロトタイプを発表していた。エル・プリメロの特徴は、3万6000振動/時(毎秒10振動/5Hz)という精度の高さである。
ゼニスの現行モデルにも搭載されているエル・プリメロは、今日に至るまで、同社の腕時計を支え続けてきた名機だ。
1977年 ロンジン「Cal.L990」
遅咲きの大器と称されるCal.L990は、ロンジンが苦難の末に開発したムーブメントである。1970年代初頭に経営が安定してきたロンジンは、新しい自動巻きムーブメントの開発に取り組み始めた。
上下に重ねたふたつの香箱を高速回転させてトルクを上げるという発想によってCal.L890が生まれ、これを薄型化したのがCal.L990だ。
Cal.L990はエボーシュメーカーのヌーベル・レマニア(現ブレゲ)に売却されたため、この名前は残っていない。しかし現在も形を変えてブレゲの腕時計に搭載され、同社の人気を支えている。
傑作ムーブメントが動かす腕時計
歴代の傑作ムーブメントは、長い時を経た今も人気を集めている。復刻版のムーブメントが作られることもあるほどだ。名機と呼ばれたムーブメントが動かす時計から、3つの魅力あるモデルを紹介しよう。
オメガ スピードマスター Cal.321 311.30.40.30.01.001
スピードマスターは、オメガを代表するコレクションである。「スピードマスター Cal.321」は名前の通り、1942年に誕生したCal.321に由来する時計だ。Cal.321の復刻版を搭載し、ベゼルにはタキメーターを備える。
さらにこのモデルは、ステンレススティールの3連リンクブレスレットにブラックセラミック「ZrO2」製ベゼルリングを組み合わせ、12時位置にはオメガのヴィンテージロゴを配している。
ゼニス クロノマスター リバイバル エル・プリメロ A384 03.A384.400/21.M384
「クロノマスター リバイバル」は、オリジナルのゼニスウォッチを忠実に再現したシリーズだ。そのひとつである「クロノマスター リバイバル エル・プリメロ A384」は、エル・プリメロCal.3019PHCを改良したエル・プリメロCal.400を搭載している。
トノーケースとパンダ文字盤に加え、スティール製のラダーブレスレットを採用するなど、デザイン面も当時のモデルを忠実に再現。2019年にエル・プリメロ誕生50周年を記念して発表された。
ブレゲ マリーン デュオタイマー 3700
ロンジンの傑作ムーブメントCal.L990は、ヌーベル・レマニアのCal.レマニア8810へ引き継がれた後、さらにブレゲのCal.563に変わった。
このCal.563を搭載していたのが、「マリーン デュオタイマー 3700」である。当時としては大きい直径38mmのケースと、ルイ・コティエ風のワールドタイマーが特徴だ。ダイアルには地球儀のようなギヨシェ彫りが施されている。
生産終了モデルだが、中古市場では今も扱われているので、興味を持った人はじっくりと探してみるのもいいだろう。
ムーブメントで腕時計を選ぶのもひとつの方法
腕時計にとって、ムーブメントは心臓ともいえる重要な基幹部品だ。ムーブメントが違えば、使い勝手だけでなく、針の動きも時計が発する音も変わる。外からはあまり見えない部品とはいえ、妥協せずに時計を選びたいのであれば、その違いも覚えておきたい。
ムーブメントには歴代の名機やその復刻版から新しく開発されたものまで、多くの種類がある。搭載されたムーブメントを軸に時計を選んでみるのも、ひとつの方法だ。
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