ジラール・ペルゴの2023年新作「ネオ コンスタント エスケープメント」。“ネオ”の名が示すように、本作は13年に同社が発表した「コンスタント エスケープメント L.M.」を深化させたモデルである。画期的な定力装置の公開から10年。列車の切符からはじまった物語に、新たな章が紡がれる。
野島翼:文 Text by Tsubasa Nojima
[2023年11月24日公開記事]
深化したジラール・ペルゴの最新「コンスタント エスケープメント」
主ゼンマイから出力される動力量は、その巻き上げ具合によって変化する。精度の乱れにつながるこの現象にあらがうべく、これまであまたの定力装置が開発されてきた。ジラール・ペルゴが2013年に発表した「コンスタント エスケープメント L.M.」は、シリコン加工技術を駆使した定力装置を備えた、画期的なモデルであった。
一定のリズムによって1秒を作り出し、それを積み重ねて時刻を表示する。これが、時計の内部で起きている現象であり、時計の進化を巡る歴史は、いかにして一定のリズムを維持し続けるかを追求してきた足跡だといっても過言ではないだろう。現在の機械式時計の多くは、主ゼンマイがほどける力を輪列へ伝達し、その終点である調速機構によって、リズムを調整している。しかし、実際には重力(姿勢差)や温度変化、磁気、振動や衝撃、部品の磨耗など、幾多の要因によって、リズムには多少のバラツキが生じる。これらの影響を最小限に留めるべく、多様な機構や素材が開発・実装されてきた。
主ゼンマイから伝達される動力量の変化も長年、時計師たちを悩ませてきたことのひとつだ。おもちゃのプルバックカーを思い浮かべていただきたい。ゼンマイを巻き上げて手を離すと、車は勢いよく走り出すが、しばらくすると徐々に失速していく。時計の主ゼンマイもこれと同様に、巻き上げ量によって輪列に加わる力に変化が生じる。時計を一定のリズムで動かし続けることは、簡単ではないのだ。
このことを克服するために開発されたのが、定力装置だ。その機構や形態は多岐にわたり、主ゼンマイから一定周期で動力の供給を受け、その解放を繰り返すルモントワールや、主ゼンマイの巻き上げ具合に合わせてトルクを変速させるフュジーは、定力装置の一例だ。
本作は、2013年に発表された「コンスタント エスケープメント L.M.」をベースとした最新作だ。より熟成された機構と、取り回しやすくなった外装を持つ。手巻き(Cal.GP09200-1153)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約7日間。Tiケース(直径45mm、厚さ14.8mm)。3気圧防水。1310万1000円(税込み)。
ジラール・ペルゴも、独自の定力装置を開発している。23年10月に登場したブリッジコレクションの「ネオ コンスタント エスケープメント」は、その機構を採用した最新作だ。特徴は、シリコン製ブレードの弾性と双安定の特性を利用することで、テンプの振幅を一定に保つことにある。
同社は、シリコン製ブレードを搭載したコンセプトモデルを08年に発表。13年には市販モデルへの搭載を実現させ、この年のGPHG(ジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ)では、大賞である金の針賞を受賞した。
この機構のベースを考案したのは、時計師のニコラ・デホンである。彼がそのアイデアへ賛同してくれる人物を探していたところ、当時のジラール・ペルゴの会長であるルイジ・マカルーソの目に留まり、同社の研究開発部門にて実用化への取り組みがスタートした。時計デザイナーでありながら、優れたビジネスマンでもあったルイジ・マカルーソの嗅覚は、ここでも発揮されたというわけだ。
見るべきは“5番車”と“シリコン製ブレード”が織り成すコンスタントフォース機構
ネオ コンスタント エスケープメントの肝は、6時側に配された5番車と、シリコン製ブレードだ。
一般的なムーブメントでは、1分で1周する4番車がひとつのガンギ車に接続する。対して本作ではふたつのガンギ車を搭載し、4番車との間に設けられた5番車が、それらから調速を受けている。そのダイナミックな動きは、本作の魅力のひとつだ。
ガンギ車の動きを一定に保っているのが、テンプを横切るように配されたブレードのスプリングだ。その薄さはなんと14ミクロン。人間の毛髪の太さが50〜90ミクロンである。テンプの振石がアンクルに当たるごとに、このブレードが波打つように変形し、ふたつのガンギ車を交互に動かすという仕組みだ。ガンギ車を対称に配することで中心に力が作用し、機構に安定性をもたらしている。この仕組みが理論上の話ではなく、実際に高い精度を発揮していることは、本作がC.O.S.C.認定クロノメーターを取得していることからも明らかだ。
独創性に溢れたこのブレードは、ニコラ・デホンが列車の切符に着想を得たものである。切符の端を親指と人差し指でつまむように持ち、力を加えていくと、やがて切符は弓なりになる。次に、弓なりに出っ張った側へ横から力を加えると、今度は一瞬のうちに反対側に弓なりになる。均一な量のエネルギーを加えることによって、圧縮状態と屈曲状態を交互に繰り返す様から、脱進機への応用を思いついたという。
ブレードを実用化するにあたって、最新のシリコン加工技術が不可欠であったことも付け加えておきたい。1990年代に確立されたDRIE(深部反応性イオンエッチング)によって微細なシリコン部品の製造が可能となった。金属のように疲労しないシリコンは、このブレードのような変形を繰り返す部品にとって最適の素材であったのだ。同社では、時計産業向けシリコン部品の大手メーカーであるシガテック社とのパートナーシップによって、このユニークなシリコン製極薄ブレードを製造することに成功している。
随所に表れるジラール・ペルゴのハイウォッチメイキング
ユニークな複雑機構を搭載していながらも使い勝手に気を配られているのは、実用時計を作り慣れた老舗ブランドならではだろう。視認性の面でも装着感の面でも、2013年に発表されたモデルからは大幅なアップデートが加えられている。
見た目にも大きく変わったのはダイアルだ。13年のモデルでは、12時位置のサブダイアルによって時分を表示していたが、今作ではセンターに針を配し、ダイアル全体を使って時刻表示をするように改められた。ロジウム加工が施された時分針とインデックスには蓄光塗料が塗布され、あらゆる環境下での視認性が高められている。ダイアルは無反射加工を施したボックスサファイアクリスタルに覆われており、スケルトンダイアルの見応えを増幅させている。
装着感に影響を与える要因のひとつは、ケースサイズだろう。搭載する機構が複雑になればなるほど、腕時計としてのパッケージングは難しくなる。大きく厚みのあるムーブメントを格納するためには、当然ながらそれよりも大きなケースが必要となるからだ。
直径39.5mm、厚さ7.4mmに及ぶムーブメントを搭載しながらも、本作は優れた装着感を備えている。これを実現している要素のひとつが、曲面を取り入れたケースデザインだ。本作のケースは直径45mmあるが、その側面を絞り、ラグを短く、かつ湾曲させることによって、腕へのフィット感を高めるとともに、数値以上にコンパクトな見た目をもたらしている。
加えて、長時間着用する際の負担を軽減させているのが、軽量なチタン素材だ。軽量なだけではなく、耐腐食性や耐アレルギー性にも優れている。本作では、優れた仕上げを与えやすいグレード5チタンを採用し、サテンやポリッシュに磨き分けることで、審美性も高めている。
同社の加工技術の高さをうかがい知れるのが、ベゼル、ミドルケース、ラグが一体となったケース構造だ。特にミドルケースとラグの境目は、一塊のチタンから切削されたことを感じさせないほどのシャープさを持つ。
ストラップは、ファブリックパターンをあしらったラバー製を採用している。ストラップに取り付けられたチタン製のフォールディングバックルには、微調整機構が備わっており、手首回りぴったりに調整することが可能だ。細かな部分であるが、これも装着感を向上させるための重要なポイントである。
“ネオ”コンスタントフォースのクライマックスCal.GP09200
本作が搭載するCal.GP09200は、従来のCal.GP09100を改良した手巻き式ムーブメントだ。そこには、“ネオ”と呼ぶにふさわしい変化がある。
13年のモデルと比較すると、その構造はそこまで大きく変わっているようには思えない。しかし実際には、新たに13件の特許に基づく技術を取り入れることで機構の安定性を向上させ、さらにパーツ点数を減らすことによって、設計の合理化を果たしている。
ふたつの大きな香箱やガンギ車、一直線に並んだ輪列が織り成すシンメトリーなデザインというアイコニックな意匠を残しつつ、着実に完成度を高めているというわけだ。また、6時側の開口部が広がり、その造形をより楽しめるようになった点は、時計好きにとってうれしい変化だろう。
パワーリザーブは1週間以上。ここまで長いと、いつ手巻きをしたかを忘れてしまいそうだが、その心配は無用だ。9時位置にはリニア式のパワーリザーブインジケーターが配されており、主ゼンマイの巻き上げ具合を視覚的に捉えることができる。インジケーターの目盛りはホワイトとブルーに塗り分けられており、残量が少なくなったことを簡単に判別できるようにしている。ユーザー目線に立った、細やかな心配りが喜ばしい。
10年の時を経て進化を遂げた本作は、一層の熟成を重ねたコンスタント エスケープメントをはじめ、内外装ともに高い完成度を誇る。まさに、ジラール・ペルゴの革新性と飽くなき探求心を体現したモデルだ。
ジラール・ペルゴのイベント情報
新しい「ネオ コンスタント エスケープメント」が示すように、ハイウォッチメイキングを強みに深化するジラール・ペルゴ。この深化に伴い、同ブランドは時計市場でのプレゼンスを高めている。かつてはニッチな存在であったジラール・ペルゴの名を最近知ったというケースも耳にする。
そんなジラール・ペルゴに触れられる機会が、イベントだ。23年12月2日(土)に、、岡山県岡山市のトミヤ タイムアート店でジラール・ペルゴの特別イベントが行われる。
このイベントでは、『クロノス日本版』およびwebChronos編集長の広田雅将がジラール・ペルゴについて語る。詳細は、追って本サイトで告知する。
トミヤ タイムアート店
住所:〒700-8538岡山県岡山市北区表町2-2-60
電話番号:086-235-1038
定休日:火曜日
https://www.tomiya.co.jp/shop/timeart/
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