ハリー・ウィンストン 瞠目の機械美に挑む複雑機構物語

トゥールビヨンをテーマにして10の異なる「物語」を綴り、連作による唯一無二の「歴史」を築いた「イストワール・ドゥ・トゥールビヨン」。
2023年、ハリー・ウィンストンの複雑時計技術を結集した同シリーズ9作目に新しいユニークピースが加わった。アクロバティックな3軸トゥールビヨンやバイレトログラードが作り出す驚異の機械美は、目を引きつけてやまない。

HARRY WINSTON Histoire de Complication

　ハイジュエリーとグランドコンプリケーション――ニューヨーク5番街に本店を構える世界屈指のジュエラー、ハリー・ウィンストンの創作を象徴的に表現するなら、そんな天を仰ぐツインピークスだろうか。

　グランドコンプリケーションを代表するのは、現代の俊英時計師たちとコラボレーションした「オーパス」シリーズに続いて2009年からスタートした「イストワール・ドゥ・トゥールビヨン」である。フランス語の「イストワール」には「物語」や「歴史」という意味があり、革新的なデザインや機構によって一連の物語を創作し、複雑時計に新たな歴史を築くという意図が読み取れる。

　今回新たにユニークピースとして発表されたのは、18年に登場した第9作のバリエーションだ。ハリー・ウィンストンは、1作ごとにトゥールビヨンの可能性を追求してきたが、9作目の特色は3軸トゥールビヨンとレトログラードの融合である。重力の影響で生じる姿勢差を解消するためにアブラアン-ルイ・ブレゲが発明したのがトゥールビヨンだが、この原理を応用し、回転するキャリッジ自体をさらに立体ハ的に回転させて重力の影響を極力排し、精度を向上させるのが多軸トゥールビヨンと呼ばれる機構である。「イストワール・ドゥ・トゥールビヨン 9」のダイアル下部を大きく占めるオープンワークの中で宙に浮かぶように配置されたトゥールビヨンには3つのキャリッジが備わり、チラネジ付きテンプを格納する最も内側のキャリッジは45秒で、中間のキャリッジは75秒で、外側のキャリッジは300秒でそれぞれ1回転する。刻々と姿を変えながら立体的に回転するその様子は不可思議で、いつまでも見飽きない。

　3軸トゥールビヨン搭載という点でいえば、5作目や6作目と同じだが、この9作目は機構がラウンドケース内に収まり、すっきりした印象を与える。また3軸トゥールビヨンが生み出す高精度を伝える時刻表示にハリー・ウィンストンが得意としてきたレトログラードを利用するのも注目すべき特色である。シンメトリーを成すセクターの左側はレトログラード式のジャンピングアワーによる時間表示、右側が60分の分表示だ。3軸トゥールビヨンのアクロバティックな回転運動とジャンプを伴う針の反復運動が作り出す光景は、アバンギャルドなモダンアートの作品を思わせる。

　今回のユニークピースはプラチナモデル。とりわけフェイスを印象的に見せるのは、レトログラードを引き立てるブルーの彩りだ。ザリウムを使った「オーシャン」などのモデルに通じるカラーリングが、超複雑時計にクールで軽快なスポーティールックを与えた。ワントーンのゴールドモデルとは違う表情が新鮮に映る。