光の吸収がもたらす黒の神秘はエレガンスの象徴となり、その普遍性はフォーマルなシーンでも証明される。そうした黒の中でも最も黒いとされるベンタブラック®を採用したH.モーザーの人気コレクションのエンデバーに、レッドゴールド仕様が登場した。無限界の黒と永遠の美が宿るレッドゴールドに刻まれる時からは、洗練を極めた引き算の美学が伝わってくる。何よりも雄弁にその魅力を語るのである。
ベンタブラック®文字盤に穿たれた円形の窓からはフライングトゥールビヨンの動きが目を引く。トゥールビヨンには交換可能なモジュール構造を採用し、ムーブメントから脱着して再組み立てや調整ができる。キャリッジには真鍮よりも軽いアルミニウムを採用し、省力化や最適な動作、等時性も安定した。自動巻き(Cal.HMC 804)。28石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KRGケース(直径40mm、厚さ10.7mm)。日常生活防水。1263万9000円(税込み)。
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年1月号掲載記事]
レッドゴールド仕様の「エンデバー・トゥールビヨン コンセプト ベンタブラック®」と「エンデバー・センターセコンド ベンタブラック®」
レッドゴールドインデックスの製造プロセスは、まず文字盤の金属プレートにインデックスの溝を開け、ベンタブラック®のコーティングを施した後、背面からレッドゴールドを象嵌し、フラットに仕上げる。黒とのあまりのコントラストから、アプライドのように際立って見える。自動巻き(Cal.HMC 200)。27石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KRGケース(直径40mm、厚さ11.2mm)。日常生活防水。420万2000円(税込み)。
他の色を混色しても作り出せない色を原色という。光の3原色であるR(赤)、G(緑)、B(青)を混色すると白になり、一方、黒はこの3原色すべてが物質に吸収されることで黒く見える。こうした原理から生まれたコーティングがベンタブラック®だ。
人工的に作り出された物質としては最も黒いとされ、光量子の99.965%を吸収するカーボンナノチューブで構成されている。もともとは天体物理学向けに開発され、ステルス戦闘機など軍事分野にも使われている。
H.モーザーは、2018年にこれを腕時計の文字盤に初めて採用した。その経緯をCEOのエドゥアルド・メイラン氏はこう語っている。
「小さいブランドとして他との差別化を図るうえで、フュメダイアルは重要なシグネチャーです。ところが黒の世界がうまく表現できないんです。やはり黒はラグジュアリーにとっては特別な色であり、ブラックジャケットのようにタイムレスでトレンドに左右されない。それならば他のブランドでは作れない黒を徹底追求しようと思い立ち、ベンタブラック®に行き着いたわけです」
ところが製品化へのハードルも高く、専用ツールや製造工程も試行錯誤を重ねてようやく完成した。
「周囲からはとても無理と言われたものを実現でき、しかも高い評価を得ました。それは、ブランドの方向性を考える上でも大きな自信になりました」
今やベンタブラック®は、H.モーザーの革新性と独創性、そしてラグジュアリーの象徴だ。新作ではこれをレッドゴールドと組み合わせた。1本はトゥールビヨン搭載のエンデバー。これまでのホワイトゴールド、ブラックDLCのSSに次ぎ、温もりあるレッドゴールドの色味と果てのないベンタブラック®とのコントラストは、まるでブラックホールにフライングトゥールビヨンが浮かび上がってくるようだ。「レス・イズ・モア」をコンセプトにするコレクションにふさわしく、そぎ落とした世界にすべてがある。
もう1本はセンターセコンドにシンプルなバーインデックス。深遠な黒にレッドゴールドの艶やかさが際立つ、まさに時代を超越するモダンドレスウォッチだ。
シンプルを極めたベンタブラック®のフェイスとは打って変わり、ケースバックではマニュファクチュールならではの技術力をアピールする。トゥールビヨンには自社で設計製造したダブルヘアスプリング、3針にはシュトラウマン®ヘアスプリングを採用。調速機構やヒゲゼンマイなどの部品を製造する系列会社であるプレシジョン・エンジニアリング社の強みを存分に生かしている。
自社一貫製造に加え、23年春に発表された、親会社であるメルブ リュクス社のムーブメント開発工房アジェノー社への資本参加により、ムーブメント開発のベクトルを広げる。すでに20年発表の「ストリームライナー・フライバック クロノグラフ オートマティック」でも両者の協業は始まっており、今後さらにオリジナリティーの加速度を増すだろう。
エレガンスの象徴である黒と優美なレッドゴールドからは洗練を極めた気品が漂う。それは引き算の美学と言っていい。だが、そこには、技術革新が生んだベンタブラック®や進化し続けるマニュファクチュールの技術力が秘められ、だからこそ時代を超えることができる。H.モーザーがタイムレスであるゆえんだ。
コンパクトなサイズ感の「ストリームライナー・スモールセコンド ブルーエナメル」
エルゴノミクスな流線型のデザインを特徴とするH.モーザーの「ストリームライナー」に、コンパクトなサイズ感が魅力の新作が登場した。同社を象徴するフュメを新解釈した“アクアブルー”のグラン・フー エナメルダイアルや、新開発されたマイクロローター式自動巻きムーブメントなど、H.モーザーらしい試みが盛り込まれた今回の新作によって、ストリームライナーはデイリーウォッチとしての完成形に辿り着いた。
2020年にH.モーザーが発表したラグジュアリースポーツウォッチ「ストリームライナー」。今回発表された同コレクションの新作では、新しいデザインのケースが採用され、すっきりとしたフォルムとわずかに縮小されたサイズによって、さらに普段使いしやすくなった。ダイアルには、同社が得意とするフュメを新たに解釈したブルーグラデーションが与えられ、さまざまな角度からの表情の変化を楽しむことができる。シースルーバックからのぞくのは、同社が今世紀開発したものの中で最も小型なムーブメント、Cal.HMC 500だ。アンスラサイトグレーのコーティングが施されたブリッジには、面取りとモーザーストライプが与えられている。自動巻き(Cal.HMC 500)。26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約3日間。SSケース(直径39mm、厚さ10.9mm)。12気圧防水。予価534万6000円(税込み)。
登場から3年が経ち、すっかりブランドの顔として定着したH.モーザーの「ストリームライナー」。同社がブレスレット一体型ケースを開発するにあたり着想を得たのは、20世紀前半に活躍した高速列車であった。空気抵抗を減らすための流線型のフォルムを腕時計に転用し、腕なじみの良いエルゴノミクスデザインとして取り入れたのだ。
クロノグラフから始まったストリームライナーは、シンプルなセンターセコンド式3針モデルやトゥールビヨン搭載モデルなど、着々とラインナップを増やしてきた。今回新たに追加されたのは、スモールセコンド式の3針モデルだ。
まず特筆すべきは、スリムになったケースフォルムだろう。サイズは直径39mm、厚さ10.9mmと、センターセコンドモデルに比べ、それぞれ約1mm抑えられている。これにより、ケースからブレスレットへと連なるラインが、よりすっきりと整えられた。
一際目を引くのが、鮮やかなグラデーションブルーのグラン・フー エナメルダイアルだ。同社が〝アクアブルー〞と呼ぶこの色味は、エナメルを何層にも塗り重ね、焼成することで仕上げられている。その完成には、熟練した技術と繊細さが要求される。
独特のグラデーションを表現している。
まず、ダイアルのベースとなるゴールド製のプレートを工具で叩き、打痕模様を与える鎚目仕上げを施す。その後、グラデーションの要となる3種類の顔料を用いて、合計12回の焼成作業を繰り返していく。約800℃で焼成するのだが、焼成に何秒かけるべきかについては、一概に決まっていない。その時の気温や湿度などの諸条件によって変わってくるからだ。この細かな調整こそ、職人としての経験と技量が問われるポイントだ。焼成の都度、気泡の発生があれば潰していく。この作業を欠かさず繰り返すことが、グラデーションや鎚目仕上げが際立つ質の高いダイアルの秘訣だ。
ダイアルにメリハリをつけているのが、別体で取り付けられたスモールセコンドだ。同心円状のパターンを施し、ブルーのラッカーで仕上げることによって、アクセントを生んでいる。
また本作では、実用性にも配慮されていることを触れておきたい。ミニッツマーカーこそないものの、12個のアプライドインデックスと、太い時分針、5分おきの目盛りを配したスモールセコンドなど、日常使いには申し分ない。特に時分針には、スーパールミノバとセラミックスを混合したグロボライト®をインサートしており、暗所でもしっかりと視認することができる。
薄く小径化されたケースがもたらす装着感の良さも、実用性向上に一役買っている。本作のスリム化が実現した背景には、新開発されたCal. HMC 500の存在が欠かせない。このムーブメントは、ムーブメントパーツを生産するグループ会社、プレシジョン・エンジニアリング社の協力によって実現し、H.モーザーが21世紀に開発したムーブメントの中で最小のサイズを持つ。
自動巻きローターには、厚みを抑えることができるマイクロローターを採用。その素材に比重の高いプラチナを使用し、ラチェット式自動巻き機構を搭載することで、巻き上げ効率を高めている。約3日間のパワーリザーブや、小型化された脱進機の効率も、従来に遜色ない。
3年間の熟成を感じさせる今回の新作は、まさにストリームライナーの決定版と言うにふさわしい完成度を誇る。
https://www.webchronos.net/features/83374/
https://www.webchronos.net/features/95276/
https://www.webchronos.net/features/60091/