スタイリッシュにしてユニークな機能を持つモデルを数多く打ち出すフランク ミュラー。高級時計においては、当然新品のクォリティも重要だが、長期間変わらずその美観や機能を維持させるアフターサービスも大切だ。一部に非常に複雑さを極めたモデルを有するフランク ミュラーだが、一体どんな人物が、どのような体制でメンテナンスを手掛けているのか? 興味深い現場をのぞいてみた。
長谷川剛:取材・文 Text by Tsuyoshi Hasegawa
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年1月号掲載記事]
フランク ミュラーの総代理店、ワールド通商のテクニカルサービス部
「マスター・オブ・コンプリケーション」の称号を持つ天才時計師、フランク・ミュラー。彼が打ち出す華麗なコレクションは、ブランドの創立時から現在に至るまで世界中のファンを魅了し続けている。多くの顧客を継続的に満足させているのは、単にフランク ミュラーの時計がファッショナブルかつ他に類を見ないユニークな機能を有しているからだけではない。常に最高の品質をエンドユーザーに届けることをモットーに、ハイレベルなアフターサービスやメンテナンスの取り組みを徹底させてきたからだ。特に日本における体制は、スイス本社であるウォッチランドに次ぐ充実度を誇ると言われている。そこで、その万全なサービスを生み出す舞台裏を特別にレポートしていきたい。
フランク ミュラーの日本輸入元かつ総代理店であるワールド通商には、2フロアにまたがるかたちでテクニカルサービス部が置かれている。その部署こそが、フランク ミュラー製品を常に万全な状態で国内に送り出す本拠である。テクニカルサービス部は3つの部門に分かれており、1課は主に入荷点検を担当。そして2課は納品点検やオーバーホールを含む通常修理を行い、3課はジュエリーなど宝飾アイテムを主に受け持っている。
納品前の新製品に関しても、機械内部まで細かくチェック
同社における万全の品質管理は、商品入荷のときからすでに始まっている。ワールド通商にて長年、公認上級時計技師を務める山中利祐氏を筆頭に、入念な入荷製品点検が日々行われているのだ。ケースなどの外装チェックやダイアルの精査といった、目視による検査に始まり、機械内部に至るまで綿密にチェックされる。ローターの回転状態から輪列における各歯車のアガキ、そして潤滑油のコンディションチェックも同時に行われるのだ。
そしてその後、パワーリザーブの数値を確認する巻き上げテストなど、国内の販売基準に沿った動作点検を実施。特にフランク ミュラーの製品は、グラマラスなトノウ カーベックスケースをはじめ、豊かな立体造形が持ち味。それゆえ各ハンドと風防、そしてインデックスとのクリアランスは微妙であるため、小売り業者等への納品前に、綿密な点検が必須となっている。その他、ケースやケースバックは洗浄し、磨き直しまで行うという。また、ベルトに関してはテクニカルサービス部に持ち込まれる直前に、商品部にて事前点検を経て調整する。各所に念入りな点検を置いているから、完全な状態での出荷が可能なのである。
そして、メンテナンスに関しても万全の態勢を貫くのがフランク ミュラーの流儀。日本のテクニカルサービス部における通常業務のひとつとして、時計販売に際し付属させる2年間保証(リピーターやトゥールビヨンなどは5年間保証)を付与するための事前点検も見逃せない。完全な新作は別として、一定期間のストックを経た個体を販売するケースもある。そういった時計を理想の状態に戻すため、再度の点検が行われることもあるという。外装と内部の目視に始まり、場合によってはオーバーホールと同等の工程を実施する場合もあるのだ。
1点1点のパーツまで細かくバラして目視にて確認を行う
今回の取材では、一般的なオーバーホールの流れをうかがった。まず、顧客から送られてきた時計に関しては、アフターサービス部による当該個体に関する履歴のチェックやデータ入力からスタートする。その後、点検もしくは修理に要する見積もり書類を作成し、顧客の許諾を得て時計はテクニカルサービス部に移される。そしてその個体が持つそれぞれの機能を点検し、徐々にパーツを取り外していく。汚れが目立つパーツに関しては手作業で個別洗浄をする。パーツをひとつずつチェックするなかで不具合がある場合は、その都度調整や修理を行う。フランク ミュラーのテクニカルサービス部では、時計技師ごとに個別にジグなどを別作し、それぞれに効率化をはかる場合もあるという。
対象となる時計の使用状況により、調整が利かない摩耗の著しいパーツなどは随時交換。特に自動巻きモデルの場合、リバーサーの切り替え車を交換することが多いとのことだ。そしてすべてのパーツを点検した後に洗浄工程に入る。全自動の超音波洗浄機などを用いて汚れを取り去り、組み立て工程へ進む。注油や動作チェックを済ませると、その次は実測確認を含むランニングテストの実施だ。手巻きで巻き上げた後にワインダーに掛け、平置き状態で日本国内基準の精度に収まるよう調整を加えていく。その後、複数の外装チェック等を行い、オーバーホール作業が完了となるのだ。
ウォッチランド以外で唯一修理・調整を許された日本人マイスター
複数の熟練時計技師を擁し、設備の充実度においても本邦屈指を誇る国内のテクニカルサービス部。なかでも突出しているのが、フランク ミュラーのスイス本社が一目置く特別な時計技師の存在だ。ワールド通商において約20年にわたり腕をふるう渡邊覚氏は、ウォッチランド以外で初めてグランドコンプリケーションモデルの修理・調整を認められた日本のマイスター。今回は特別に、あの「エテルニタス4」をサンプルに、貴重な調整シーンを取材させていただいた。
輪列側だけで約500ものパーツを有し、トータル約1000個の部品で構成されるCal.FM3410QPSEは、あふれんばかりの歯車で埋め尽くされた超複雑ムーブメント。そのメカバランスは当然ながら微細を極めており、稼働させず放置すると正常に動作しなくなる場合があるという。ゆえに社内にストックする場合も、定期的な調整が必要なのである。渡邊氏は、これまで幾度もスイスのウォッチランドを訪れ、新しい複雑ムーブメントがリリースされるたびに、その機構を学びに赴いたと語る。数カ月の研修を経て数々のテクニカルテストに合格し、コンプリケーションをゼロから組み立てられる「セフティカ」、そして分解・修理を認める「アテスタシオン」等の認可証が授与されているのである。
つまり渡邊氏のような別格のマイスターが日本に存在することで、国内においてコンプリケーション等に不具合が出ても、本国に戻すことなく修復ができるというわけだ。輸送コストはもちろん、整備・修理期間も当然ながら大幅に短縮される。安心してコンプリケーションを楽しめる環境が国内に整っているのは、いかにも心強いと言えるだろう。
華やかなルックスと卓越した機能で支持されるフランク ミュラー。その魅力を長く維持するため、日本国内でも理想の体制が敷かれていたのである。
時の概念に関し、まったく新しいアプローチを試みたユニークなタイムピース。円周運動ではなくランダムに配置された文字盤の「時」に合わせて時針がジャンプし、時刻表示する。緻密に彫り込まれたギヨシェと隠し数字によるスタイリッシュな文字盤は、1枚完成させるのに数十回の仕上げ工程を要する。自動巻き。2万8800振動/時。パワーリザーブ約42時間。18KPGケース(縦45×横32mm)。日常生活防水。434万5000円(税込み)。
すべての技術を結集して作り上げた、ブランド一複雑なグランドコンプリケーション「エテルニタス」の中でも最高峰として君臨するモデル。機械式時計における、およそすべての機能を包括し、2007年にリリース。フライングトゥールビヨン、ミニッツリピーター、グランドソヌリ、プチソヌリ、エターナルカレンダー、スプリットセコンドクロノグラフなど、合計36もの機能を網羅する。自動巻き(Cal.3480QPSE)。1万8000振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KWGケース(縦61×横42.1mm)。3気圧防水。4億700万円(税込み)。
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