2023年、ブレスレット付きのドレスウォッチの代表作は、パルミジャーニ・フルリエ「トンダ PF マイクロローター」

2023.12.14

ドレスウォッチの正統派は、レザーストラップ付きの薄型ケースだ。しかし、かつて存在していた金属ブレスレット付きのモデルも、リバイバルを果たしつつある。ラグジュアリースポーツウォッチとは異なるディテールが強調された、ブレスレット付きのドレスウォッチ。2023年時点における代表作は、間違いなくパルミジャーニ・フルリエの「トンダ PF マイクロローター」だ。

トンダ PF マイクロローター

パルミジャーニ・フルリエ「トンダ PF マイクロローター」
2023年に追加されたトンダ PF マイクロローターの素材違い。外装だけでなく、文字盤もプラチナに変更された。かなり重い腕時計だが、ヘッドとブレスレットの重さのバランスが良いため、装着感はSSモデルに同じく快適だ。価格を考えれば当然だが、仕上げも優れている。自動巻き(Cal.PF703)。29石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約48時間。Pt(直径40mm、厚さ7.8mm)。10気圧防水。1331万円(税込み)。
奥山栄一:写真
Photographs by Eiichi Okuyama
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年1月号掲載記事]


 2015年以降にメインストリームとなった、いわゆる「ラグジュアリースポーツウォッチ」というジャンル。一度下火となったこの分野が復活した一因は、10年代以降に普及した服装のカジュアル化にあった。また、時計メーカーにも変化があった。頑強で高精度な自動巻きムーブメントと、外装加工の進化により、薄い機械式時計であっても、スポーツウォッチに比肩する性能を持てるようになったのである。結果として、今やスイスから出荷される機械式時計の多くが、金属ケースとブレスレットに、自動巻きを合わせたスタイルを持つようになった。もちろん、それらすべてがラグジュアリースポーツウォッチではないが、このスタイルが業界標準となったのは紛れもない事実だ。

トンダ PF マイクロローター

トンダ GTから引き継がれたのが、モルタージュ装飾が施されたベゼル。パルミジャーニ・フルリエらしく、プレスではなく、ギヨシェ機械で彫り込んだもの。製造はグループ会社のレ・アルティザン・ボワティエ。難削材のプラチナに均一な模様を施せるのは、蓄積したノウハウがあればこそ。ロジウムメッキされた針とのコントラストで視認性も悪くない。

 パルミジャーニ・フルリエも、遅ればせながら19年の「トンダ GT」でラグジュアリースポーツウォッチのジャンルに参入した。同社は最後発だったが、自社製の優れた自動巻きムーブメントを有機的に融合されたケースとブレスレットでくるんだ完成度の高いモデルだった。このトンダ GTをベースに生まれたのが、21年の「トンダ PF」である。見た目と構成はトンダ GTに似ているが、本作はドレスウォッチに仕立て直されていた。トンダ GTとの違いをCEOのグイド・テレーニはこう語った。「トンダ GTの狙いは、これまでになかったもの、つまり現代の顧客のニーズに応えるようなブレスレットと一体化したケースを作ることでした。しかし、私には(トンダ GTが)ややスポーティーすぎるという印象がありました。私はそのデザインをさらに洗練させたいと考えたのです」

トンダ PF マイクロローターの文字盤は、ブラスト仕上げのプラチナ素材である。製造はグループ会社のカドランス・エ・アビアージュ。ミニマルに徹しただけあって、デイト窓からは飾りの縁が省かれた。デイト窓は素材を切り出してブラスト処理を施しただけに見えるが、額縁状の造形に注目。簡潔なデザインを優れた仕上げが支えている。

 そもそも良質なラグジュアリースポーツウォッチと、ブレスレット付きのドレスウォッチに、明快な線を引くのは難しい。例えば「ロイヤル オーク」。3針モデルは明らかにスポーティーだが、薄型2針の「エクストラシン」は、かなりドレスウォッチ寄りだ。両者の性格を分けたのはディテールとケースであり、それはトンダ PFも同様だった。そのディテールは極めて興味深い。視認性よりもデザインが優先された結果、トンダ PFのインデックスはコンパクトに改められ、基幹モデルのトンダ PF マイクロローターでは秒針も省かれた。また、メーカーを示すロゴは「PF」のみになり、文字盤のギヨシェも大きなクル・トリアンギュレールから控えめなバーリーコーン模様に変更された。そして、ここで取り上げたトンダ PF マイクロローターのプラチナモデルでは、ついに文字盤が無地のマット仕上げとなった。トンダ PFの新しさとは、レザーストラップ付きの薄いドレスウォッチに見られた試みを、そのままブレスレットモデルに転用したことだった。

2011年の「トンダ 1950」が採用した張り出したラグは、最新作のトンダ PF マイクロローターにも継承された。本作のハイライトがラグの造形である。今までのドレスウォッチよろしく、ラグとケースを別体成形することで、ラグの付け根までサテン仕上げが丁寧に施されていることが分かる。また、ブレスレットのひとコマ目の可動域を大きく取ることで、腕が細い人にもなじみやすい。

 もうひとつの要素である薄さも突き詰められた。グループ内にケースメーカーを持つパルミジャーニ・フルリエは、そもそもケース製造に非凡なノウハウを持っている。トンダ PFの防水性能はトンダ GTに同じ100m。しかし、最もベーシックなマイクロローター付きモデルのケース厚はわずか7.8㎜に抑えられた。外装の加工技術が進歩した今ならではのチャレンジだ。併せて、リュウズも小ぶりになった。実用性と気密性を考えれば、リュウズは大きいほうが望ましい。スポーティーさを打ち出したトンダ GTが大ぶりなリュウズを持つ理由だ。対して本作で目立つのは、非防水のドレスウォッチを思わせる小さなリュウズだ。テレーニはあくまでも、ドレスウォッチとしてのコードを貫いたのである。

 シンプルさとミニマルを上質さに昇華するには、作りの良さが絶対条件となる。そして、同社はその条件を十分に満たせるだけの力量を持っていた。一例がラグである。側面にサテン仕上げを加えたミドルケースに、トンダのアイコンである張り出したラグが取り付けられている。ラグとケースを別体にすることで、サテン仕上げは完全に施されており、ラグのエッジにも鏡面仕上げが施される。薄いケースにラグを後付けにすることで、ラグの付け根までサテン仕上げを丁寧に入れることを可能にしているのだ。

ケースと有機的に融合されたブレスレット。今でこそスポーツウォッチにも採用される終端に向けてテーパーされたブレスレットは、そもそもドレスウォッチ固有のものだ。本作も例外ではなく、ブレスレットにはテーパーが施されている。加えて、わずかに湾曲しているコマはフィッティングを改善する。プラチナ製とは思えぬほど均一な筋目にも注目。

 ブレスレットも良質だ。それぞれのコマにわずかな湾曲を付けることで、腕なじみを改善している。加えて、3連のブレスレットには、あえて左右方向に遊びが持たされた。多くのモダンなスポーツウォッチとは明らかに異なる感触は、ドレスウォッチとしての性格を強調するためだ。時計の軽い仕立てと合わせて、トンダ PFの装着感はかなり良好である。

ケースギリギリに詰め込まれたCal.PF703。ケース厚7.8mmで100m防水を実現できた理由は、ムーブメントを支える枠を省き、ムーブメントをケースに直付けしたため。薄さと堅牢さを両立した構造が今のドレスウォッチらしい。マイクロロータームーブメントの仕上げは言うまでもなし。手作業で施された丸い面取りが、高級機然とした見た目をもたらす。

 もっとも、搭載するマイクロローター自動巻きを見れば、この時計が、今のドレスウォッチであることは理解できるだろう。手作業で施された面取りや、ごく浅いジュネーブ仕上げは高級機のディテールだが、フリースプラングテンプにより、ショックに強く、等時性も高い。パルミジャーニ・フルリエは明言しないが、この薄いドレスウォッチは、スポーツウォッチとしても、使えるだけの性能を持っている。

薄型マイクロローターに、高級機らしい仕上げを加えたCal.PF703。しかし、その心臓部はスポーツウォッチに比肩する。緩急針のないフリースプラングテンプを採用することで、この薄型時計は、ショックに強く、等時性も優れている。少なくとも、過去の薄型ドレスウォッチのように、使うシチュエーションが極端に限られることはなさそうだ。

 往年のドレスウォッチに見られたミニマルという要素を、今のブレスレットウォッチに接ぎ木したトンダ PFとは、正統派ドレスウォッチのまっとうな後継者と言えそうだ。そして視認性や実用性よりも、ドレッシーさを重視したトンダ PFの成功は、これからのドレスウォッチに大きな影響を与えるに違いない。


Contact info: パルミジャーニ・フルリエ pfd.japan@parmigiani.com


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