IWC「ポルトギーゼ・クロノグラフ・ ヨットクラブ」は、デザインコードを損ねずにスポーティーに昇華

2023.12.14

1930年代、ポルトガル商人からのオーダーによって誕生した、IWC「ポルトギーゼ」。高精度の懐中時計ムーブメントを収める大型ケースは、やがてそれ自体がアイコンになるとともに、現代ではさまざまな複雑機構の搭載も可能にした。そのメリットを生かして、頑強な設計のフライバッククロノグラフを搭載し、高い視認性と防水性を獲得した本機には、生粋の実用機としての血が流れている。

ポルトギーゼ・クロノグラフ・ ヨットクラブ

IWC「ポルトギーゼ・クロノグラフ・ ヨットクラブ」
ポルトギーゼのアイコニックな意匠を崩さず、フライバッククロノグラフを搭載したモデル。ブレスレットにはボタンを押すだけでコマ調整が可能な、スマートリンク機構が採用される。自動巻き(Cal.89361)。38石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約68時間。SS(直径44.6mm、厚さ14.3mm)。10気圧防水。175万4500円(税込み)。
吉江正倫:写真 Photographs by Masanori Yoshie
野島翼:取材・文
Text by Tsubasa Nojima
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年11月号掲載記事]


定番のデザインコードをスポーティーに昇華優雅さの中に潜むは、クラフツマンシップ

 時計は、時間という概念を可視化する道具だ。ただ動力の続く限り、その秩序に従って針を進めているに過ぎない。であるならば、人の手によって任意の時間を切り取るクロノグラフは、その秩序へ介入できる最も身近な機構のひとつである。「ポルトギーゼ・ヨットクラブ・クロノグラフ」は、「ポルトギーゼ・クロノグラフ」をよりスポーティーに仕立て上げたモデルだ。アワーマーカーと針には蓄光塗料、ケースサイドにはリュウズガードが与えられ、ねじ込み式のリュウズと裏蓋によって、10気圧防水を獲得している。外見上の類似性こそほぼないものの、その実用性は、1967年に誕生した「ヨットクラブ」の名を継ぐにふさわしい。

いかにもプレスで打ち抜いたような見た目のレバーは、極上の審美性を求める層にとっては、あまり歓迎できるものではないかもしれない。ただし、バリは除去され、素っ気なさの中にも丁寧な仕事が垣間見える。クロノグラフの動作を司るコラムホイールは、かなり奥まった位置にある。過度にコラムホイールをアピールしないのもIWCらしい。

 サンレイ仕上げのダイアルには、丸みを帯びたアラビア数字インデックスとリーフ針が組み合わされ、余白を大きく取ったレイアウトが優雅さを感じさせる。12時位置に時分同軸積算計、6時位置にスモールセコンドが並び、それぞれに施されたレコード状の溝が、ダイアルにメリハリを付けつつ光の反射を抑える。ダイアルと同色の日付ディスクはスモールセコンドへ自然に溶け込み、丁寧に面取りされた窓縁が視認性を高める。はっきりとしたホワイトの印字には、キズミで拡大しても欠けやにじみが認められない。強い日差しの中では、蓄光塗料によって視認性を得ることが可能だ。ダイアルだけとっても、ポルトギーゼのデザインコードを損ねずに、スポーティーに昇華させている点は見事と言うほかない。

確実性と耐久性に優れたフライバッククロノグラフとして設計するにあたり、本機のムーブメントには省スペース化のための工夫が盛り込まれている。その一例が、時分同軸の積算計だ。水平方向のスペースをまとめ上げるだけでなく、経過時間の直感的な読み取りも助けてくれる。

 直径44.6㎜のケースからは、意外にも威圧感や押し出しの強さは感じられない。これは、細く上品なベゼルのおかげだろう。ケースはポリッシュを主体として、サイドにヘアラインが施されている。鏡面に映る像に歪みはなく、ヘアラインも均一だ。肌を傷付けぬよう、わずかに落としたラグ裏面のエッジからは、老舗ブランドとしての気配りが感じ取れる。

 肌なじみの良さを実感させてくれる要素として、ブレスレットも忘れてはならない。同社では定番の太いピンによって連結されたコマは、付属の工具を用いて簡単に付け外しができる。1コマの可動域は決して大きくないが、クラスプのロゴ部分を押下することで微調整が可能なため、腕回りぴったりに合わせられる。デスクワークではコマの厚みが少し煩わしく感じるものの、持ち前の剛性感が、大型のケースをしっかりと支えてくれる。

同心円状に広がるコート・ド・ジュネーブが施された受けからは、コンパクトなラチェット式の自動巻き機構が見える。実使用上でも巻き上げ不足を感じるような場面はなく、効率良く機能しているようだ。テンプは理論上耐衝撃性にも優れるフリースプラング仕様。

 シースルーバックからは、フライバッククロノグラフのキャリバー89361がのぞく。このムーブメントに動作の確実性と耐久性をもたらしたのが、香箱をリュウズから離した独特のレイアウトだ。これによって、ムーブメントの中心に頑強なリセットハンマーを配した野心的な設計を可能にしている。つまり、これはフライバックをバシバシ使えるクロノグラフムーブメントなのだ。受けの隙間からは主ゼンマイを巻き上げるラチェット爪、折り重なったレバーの下には、コラムホイールを確認することができる。

着用時には重量が気になるが、屈強なブレスレットと、ムーブメントに対して厚みを抑えたケースによって、腕を振っても持っていかれる感覚はない。華やかなダイアルには、必要最低限な蓄光塗料が、ドレッシーな印象を崩さずに視認性をプラスする。操作感は言わずもがな。カッチリとした感触が安心感をもたらす。まさに、実用できるフライバッククロノグラフとして間違いない選択のひとつだ。

 操作感はどうだろうか。早速リュウズのねじ込みを解除しようとしたが、これがやりにくい。リュウズガードとベゼルに阻害されてしまうためだ。ただし、ねじ込みさえ解除してしまえば文句はない。引き出しは確実かつスムーズ。時刻調整は正逆どちらもほぼ一定のトルクを保ち、狙ったところにピタリと合わせることができる。そのままリュウズを押し込んでも針飛びすることはなく、指を伝う精緻な感触が心地よい。あえて挙げるならば、手巻きのジーッという音が大きく耳障りなことくらいか。日付は瞬転式ではなく、夜中の11時過ぎからゆっくりと切り替わる。2時位置のプッシュボタンはスタート/ストップ、4時位置はフライバック/リセットを担う。ボタンの遊びは軽く短い。そのまま力を加えると、小枝を折るようなパキッという感触とともに計測がスタートする。硬質な操作感は、いかにも実用機らしく、ユーザーの意志とムーブメントの挙動をタイムラグなくリンクさせてくれる。

 大型のダイアルが真価を発揮するのは、クロノグラフ作動中だろう。振動数に合わせて分割された秒目盛りが、精密な計時を可能とする。12時位置の同軸積算計は1周60分と12時間のため、時刻を読み取るのと同じ感覚で使用できる。ただ、さすがに分積算計は目盛りが細かく、1分単位での瞬時読み取りには苦労した。動力の伝達には水平クラッチのスイングピニオンを採用するが、スタート/ストップを繰り返しても、針飛びは見られなかった。フライバックも繰り返し使用したが、もちろん不具合は一度たりとも発生しなかった。

 携帯精度は、日差プラス1〜2秒/日程度であった。静態精度では平置きで進み、3時または9時下で遅れる傾向にあるため、実使用でうまく相殺されたのだろう。ただ、同社は歩度がプラスになるよう調整しているのではなかったか。そう考えると、姿勢によってマイナスが目立つところは気になる。

 エレガントな外装が非日常感を演出しつつ、堅牢なムーブメントがユーザーの期待に従順に応える。まさに〝使えるクロノグラフ〞の大本命。本機であれば、悠然とした時間の流れから、自分だけの一瞬を掬い上げる、その楽しさを存分に味わうことができるはずだ。


Contact info: IWC Tel.0120-05-1868


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