VAGABONDAGE II
初出は2010年。時分デジタル表示を持つモデル。1分間ルモントワールにデジタル表示を連結させることで、秒針が60秒の位置に来ると、時分表示はすぐ切り替わる。これはバゲットダイヤモンドをセッティングしたプラチナケースモデル。限定10本。手巻き(Cal.1509)。31石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約30時間。Pt(縦45×横37.5mm)。3気圧防水。価格未定。ノーマルモデルの限定数はPtが69本、18KRGが68本(いずれも完売)。
「1秒ルモントワールを載せることで、デジタルの秒表示を瞬時に切り替えられるようになる。機構としてはⅡの発展形だ」。動画を見ると、確かに秒を表示するディスクが1秒ずつ切り替わっている。機械式の時計で、瞬間切替式のデジタル秒表示を持つのは本作のみだろう。
「ヴァガボンダージュⅡを作ったきっかけは、スティール製の懐中時計ばかりを集めたイベント『スティールタイム』だった。収蔵品の中に、デジタル式のジャンピングミニッツを載せた時計があり、時間をかけて修復した。歯車が欠けていたので、レストアはかなり困難だった」
ジュルヌが言うデジタルウォッチとは、19世紀後半に作られた懐中時計、通称「ポールウェバー」だろう。時計史家、故ジャン-クロード・サブリエが「最も洗練されたデジタル表示」と評したこの時計は、しかし重いデジタルディスクに問題があったと言われる。
「デジタルディスクを回す歯が欠けていたこともあって、表示が安定しない。そこでルモントワールが直接デジタルディスクを回せばいいと考えた」
ジュルヌがこのアイデアに至った理由は、すでにコンパクトなルモントワールを開発していたためだ。一般的なルモントワールの多くは、脱進機の上に重ねられている。A.ランゲ&ゾーネしかり、ドゥ・ヴィットしかり。仕組みは大がかりになる上、駆動ロスも大きいが、動作は確実だ。対してジュルヌは、駆動輪列を割り、その間に差し込むというユニークなルモントワールを開発した。これは、トルクが蓄えられると板バネ状のルモントワールスプリングが動き、駆動輪列を回すというもの。おそらく原型は19世紀の時計師、ベルナルド=アンリ・ワグナーが開発したスライド式ルモントワールではないか。コンパクトなため薄い機械にも載せられるが、強いトルクをいなすのは難しく、調整の手間もかかる。ジュルヌは「難しくない」と語るが、彼の当たり前を他の設計者に求めるのは酷だろう。
「かつて(高精度機の)『オプティマム』を製作したときに、デッドビートセコンドを付けようと思った。実現するには、トルクを溜めて一定間隔でリリースするルモントワールを載せればいいと考えた。後にトゥールビヨンを作るにあたって、このルモントワールの設計を全面的にやり直して搭載した」。ジュルヌのトゥールビヨンが、デッドビートセコンドである理由だ。彼はルモントワールの、振り角を安定させるだけでなく、動きの面白さにも着目していたわけだ。デッドビートセコンドの延長線上に、瞬時切替式のデジタル表示が浮かんだのは当然だろう。
では、ジュルヌはどうやって、定力装置のルモントワールを使ってデジタル表示を動かしたのか? ヴァガボンダージュⅡの機構は次の通りだ。1分間に1回転する4番車が60秒の位置に来ると、4番車に噛みあったルモントワールスプリングが瞬時に解放され、1の位を表示するためのディスクを回す。1の位と10の位のディスクは、マルタ十字のような突起で噛みあっており、1の位のディスクが1回転すると、10の位も1コマ進む。
しかし、である。ツァイトヴェルクがデジタル表示の時分を瞬時に切り替えられるのは、1500gという「エル・プリメロ」並みの強大なトルクを、重厚なルモントワールで抑え、余剰分をデジタル表示に振り分けたためだ。対してジュルヌの時計は、どのモデルであれ、主ゼンマイのトルクは抑え気味だ。強いトルクを持つ「オクタ」でさえ、主ゼンマイのトルクはツァイトヴェルクの半分もない。仮に主ゼンマイのトルクを増やしたとしよう。しかし、シンプルなルモントワールが耐えられるとは思えない。
「弱いトルクでなぜデジタル表示の瞬時切替が可能になったのか。理由は簡単だ。可能な限り抵抗を減らすこと」。ジュルヌが図を描いてくれた。