1969年にリリースされた通称「エル・プリメロ」は、初出から半世紀近く経った今なお、第一級の自動巻きクロノグラフムーブメントだ。このムーブメントが今に永らえた理由はふたつある。ひとつは基礎設計が優秀だった点。そしてもうひとつが、ゼニスが細かくモディファイを加えてきた点だ。
まずは前者から。エル・プリメロのプロジェクトは、ゼニスがクロノグラフメーカー、マーテルを傘下に収めた直後の1962年に始まった。当時、マーテルが基幹ムーブメントとして用いていたのは、マーテルの749こと、ユニバーサルの285、あるいはゼニスの156だった。これは基礎設計を42年にさかのぼる、枯れた設計のムーブメントである。
60年代に入ると、ゼニスはこの146に細かな改良を加えた。具体的には、クロノグラフ機構の調整箇所を増やしたのである。とりわけ目を引くのはリセットハンマーで、中に偏心ねじを内蔵することで、ハートカムとの当たりを調整できるようにしてあった。採用の理由は、容易に調整ができることと、それ以上に、生産性を高められたためである。ゼニスが、この改良された146の設計を、新しい自動巻きクロノグラフにも転用しよう、と考えたのは当然だった。エル・プリメロで注目されるのは、3万6000振動/時という高振動だ。しかし熟成されたクロノグラフ機構がなければ、今に永らえたとは考えにくい。
Cal.3019 PHC
初出1969年。3針自動巻きの25系から自動巻き機構を、ロングセラーの146系からクロノグラフの基本設計を転用したムーブメント。その優れた基本設計が、エル・プリメロを永らえさせた一因だ。なお、発表時点では17石仕様と31石仕様が混在していた。いったん製造中止となるが、エベルの要請により、1984年に復活を遂げた。 |
Cal.410
400系にトリプルカレンダーとムーンフェイズを加えたのがCal.410である。1986年と98年にモディファイを受けた結果、クロノグラフ機構はほぼ完成された。なお、青色のネジは、調整可能な偏心ネジ。マーテルの伝統はいまだにエル・プリメロに受け継がれている。自動巻き。31石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約50時間。 |
ゼニスは、69年の発表後もこのムーブメントを成熟させた。84年に復活したエル・プリメロは、86年に最初のモディファイが加えられた。主な改良点は、クロノグラフの挙動の安定化である。コラムホイールの上に設けられたS字形のキャップは、クロノグラフ中間車レバーとコラムホイールの接続を確実にしたのみならず、それ自体が、30分積算計中間車レバーを押さえるプレートの役目を兼ねていた。加えて、98年のマイナーチェンジでは、4番車の歯数を増やし、対してガンギ車の歯数を減らすことで、テンプの挙動を大きく安定させた。
しかし、最も大きな改善は、2014年に導入されたシリコン製の脱進機だろう(現在は一部モデルにのみ採用)。この採用により、エル・プリメロは脱進機の油切れからようやく解放されたのである。もっとも、当初のシリコン製脱進機は過度の衝撃が加わると破断する問題を抱えていた。だが、ゼニスCEOのアルド・マガダ氏は「シリコン製の脱進機は今や第2世代に進化した。その結果、問題はまったくない」と明言する。
1969年の誕生以来、約半世紀をかけて、クロノグラフ機構と脱進機を進化させてきたエル・プリメロ。これほど、〝成熟〟という言葉が似合うクロノグラフムーブメントがほかに存在するだろうか?
エル・プリメロ 410
自動巻き(Cal.410)。31石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径42mm)。5気圧防水。世界限定1975本。110万円。 |
エル・プリメロ 36,000VpH 45mm
自動巻き(Cal.400 B)。31石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径45mm)。10気圧防水。80万円。 |
エル・プリメロ 36,000VpH スケルトン
自動巻き(Cal.400 B)。31石。3万6000振動/時。パワーリザーブ約50時間。SS(直径45mm)。10気圧防水。88万円。 |