81年に登場した335も、秒カナの規制方法はジャガー・ルクルトに準じたものだった。当初の規制バネは、ジャガー・ルクルトと同じスティール製。しかし315からは、硬くて粘りのあるベリリウム合金製となった。理由は耐久性を高めるため。秒カナがスティール製、それを押さえる規制バネもスティールだと、どちらも均一に摩耗する。対してバネをベリリウム合金に改めると、摩耗するのはバネだけになる。もちろん長期間使用すれば交換の必要が生ずるが、秒カナは摩耗しにくくなる。筆者個人は、この秒カナをバネで押さえる規制方法を好まないが、315/324の規制バネは肉厚であり、既存品の中ではベストだ。
ふたつ目のカレンダー機構の修正については、315/290からは、カレンダーを送るジャンパーのバネが太くされた。その結果、変形が起こりにくくなった。ジャンパーのバネを太くするとトルクは増え、日送り時のエラーは少なくなる。しかし増えたトルクを受けるため、カレンダー回りを強化する必要がある。地味だが、大手術と言えるだろう。
なお81年にリリースされた335は、既存のパテック フィリップ製ムーブメントに比べて、明らかに整備性が優れていた。針合わせ機構やカレンダーのジャンパーは個別の受けで支えられ、不具合が発生しても手を入れやすくなっていた。しかしパテック フィリップの美意識は、分割された受けが見えることを好まなかったようだ。335は、日の裏側全面を飾り板で覆っていた。もっとも整備性を考えれば飾り板は無用であり、315では省略された。
Cal.324
直径:27.0mm/厚さ:3.30mm
巻き上げ:片方向巻き上げ
石数:29石 振動数:2万8800振動/時
パワーリザーブ:約45時間
初出:2004年
原型機:Cal.315(初出:1990年)
Cal.315の発展型となるCal.324。ハイビート化の他、2006年にはヒゲゼンマイにシリコン製のスピロマックスが採用された。パワーリザーブは短いが、動態精度は良く、姿勢差誤差も小さい。 ローターを外したCal.324(右)とさらに受けを外した状態(左)。テンプ受けの上にあるのが、コンパクトな自動巻き機構。負荷のかかる箇所に、ブッシュを噛ませるのがパテック フィリップ流だ。受けを外した状態では、サイズに比してかなりコンパクトな輪列と、秒カナを押さえる強固なベリリウム製の規制バネが見て取れる。
そして最後は、主ゼンマイのトルク増強である。パテック フィリップというメーカーはテンプの振り角を重視してきた。細田氏曰く「とりわけパテック フィリップでは、T24(24時間後の振り角)が大事とのこと」。振り落ちを防ぐにはパワーリザーブを延ばすか、主ゼンマイのトルクを強くする必要がある。そこで同社は、315/290で主ゼンマイのトルクを増やし、また高振動版の324/390ではさらに増強した。なおそれぞれの香箱の側面には、290、390と刻印が入り、容易に判別できるようになっている。
自動巻き機構のリファインも、振り角を落とさないための配慮のひとつに数えられる。「かつてはスティール製のボールベアリングでローターを支えていました。しかし324からはセラミックスに変更されています。315/190からは自動巻き機構に使われる巻き上げ車の歯先も変更されました」。加えて315/290からは3番車、4番車、秒カナに、抵抗の少ない歯形であるSPYR(スピール)が与えられた。これはジャガー・ルクルトやパテック フィリップなどが共同開発した新しい歯形で、標準的なNIHSから歯先のプロファイルが変更されており、トルクの伝達効率がさらに高まった。これは、主ゼンマイのトルク増強を受けての改良だろう。
このムーブメントを、ヴィンテージと呼ぶには新しすぎるかもしれない。しかし重厚な設計と高精度を両立した324は、現行自動巻きの最高峰のひとつであり、将来のヴィンテージたるムーブメントの最右翼と言えるだろう。長い年月を経て完成したこのムーブメントは、得も言われぬ味わいに満ちている。(広田雅将:本誌)
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