2023年に発表された新作ドレスウォッチより、特に傑作と言うべき5本のタイムピースを紹介する。いずれも薄くエレガントなケースに、各社の歴史や哲学を盛り込んだ意匠を兼ね備えている。日常使いにも十分に耐えうる実用性を確保している点も魅力だ。
Text by Tsubasa Nojima
[2023年12月10日公開記事]
ドレスウォッチへ回帰する時計界
かつて主流であったドレスウォッチは、実用性に優れたスポーツウォッチの登場によって、徐々に日陰の存在となっていった。強固なケースと厚みのあるムーブメントを組み合わせたスポーツウォッチが、現代人の日常に降りかかる磁気や水分、衝撃への高い耐性を備えていたためだ。その面でどうしても不利であった薄く繊細なドレスウォッチは、やがて趣味性の高いアイテムとして落ち着くに至った。
極めつけは、昨今のラグジュアリースポーツウォッチの流行だ。製造技術の進歩や実用性を飛躍的に向上させるシリコン素材などの登場により、スポーツウォッチに比肩する高いスペックを備えた時計を、より薄く作ることができるようになった結果、多くのブランドはこぞってこの“ラグスポ”ジャンルへと参入した。
結果、類似したデザインコードを持つ時計があふれ、業界全体が食傷気味になっていることも否めない。しかし、“ラグスポ”の普及に伴って蓄えられたノウハウは、薄くエレガントなドレスウォッチに、かつてない実用性を与えるという副産物を生んだ。最新のドレスウォッチから、その進化を感じよう。
ロレックス「パーペチュアル 1908」
毎年多くの時計愛好家があれこれと予測し、その結果に一喜一憂するロレックスの新作。2023年最大のサプライズは、完全新規のコレクションとして発表された「パーペチュアル 1908」であったと言って間違いないだろう。スモールセコンドを配した古典的なデザインは、同社が1931年に発表した、初代「オイスターパーペチュアル」に着想を得たものだ。「Rolex」の商標がスイスで正式に登録された年にちなんだコレクション名からも、同社がいかに本作を重要視しているかが分かる。
ダイアルは、ホワイトまたはブラックの2種類が用意され、丸みを帯びたアラビア数字とバーを組み合わせたインデックスに、丸形の時針、ソード型の分針を組み合わせている。特に時分針の形状とスモールセコンドの存在は、同社の他のコレクションとも大きく異なる要素だ。
さらに本作を特徴づけているのが、18Kゴールド製のドレッシーな薄型ケースだろう。ロレックスらしく堅牢な機械式自動巻きムーブメントを搭載し、50m防水を確保しているが、ケースの厚さは9.5mmに抑えられている。以前ラインナップしていたドレスウォッチ、「チェリーニ タイム」は、厚さ約11mmであったため、それに比べると同社としてはかなり薄く仕上げられていることが分かる。
その秘密は、新開発ムーブメントのCal.7140だ。従来、メンズモデル用のムーブメントではパラクロム製の巻上げヘアスプリングを採用していたが、Cal.7140では、シリコン製のフラットなシロキシ・ヘアスプリングを組み込んでいる。これによってムーブメント自体の厚さが抑えられ、結果的にケースの薄型化を実現するに至った。
袖口にそっと忍ばせられるサイズと、堅牢なムーブメントを組み合わせた本作は、上品なドレスウォッチの日常使いを叶えてくれる最適解であろう。
自動巻き(Cal.7140)。38石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約66時間。18KYGケース(直径39mm、厚さ9.5mm)。50m防水。
クレドール「Kuon(クオン)」
モデル名は、“遥かな過去から未来まで、果てしなく続く時の流れ”を意味する“久遠”に由来。透明感のある磁器製ダイアルには、上絵付によるローマンインデックスまたはバーインデックスが配されている。内面無反射コーティングを施したボックスサファイアクリスタルが、職人の手作業によって仕上げられた、磁器特有の柔らかな質感を増幅させる。
本作のテーマである“緩やかな時の流れ”を最もよく表すのが、ブレスレット一体型ケースの流麗なフォルムだ。控えめなリュウズガードからブレスレット、バックルまでは滑らかな曲線でつながり、時計全体に連続性のある印象をもたらしている。
搭載するムーブメントは、クレドール専用に開発された手巻き式スプリングドライブのCal.7R31。水のせせらぎを表現した波状の仕上げを施した受けには、3本の円弧によって主ゼンマイの残量を表す、パワーリザーブインジケーターが配されている。
シースルーバックを単なるムーブメント鑑賞のためだけとするのではなく、機能を持たせることに活用している点からも、本作のパッケージの秀逸さが感じ取れる。スプリングドライブ特有のスイープ運針は、よどみなくダイアル上を滑り、緩やかな時の流れを体現している。
本作が持つブレスレット一体型のステンレススティール製ケースやリュウズガードなどの特徴は、厳密には正統派ドレスウォッチとは言い難いかもしれない。しかし、だからこそ堅苦しくなりすぎない、リラックスした付き合いができる1本となるはずだ。
手巻きスプリングドライブ(Cal.7R31)。30石。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径39mm、厚さ10.8mm)。日常生活用防水。132万円(税込み)。(問)セイコーウオッチお客様相談室(クレドール) Tel.0120-302-617
ショパール「L.U.C 1860」
1997年に発表された、初代「L.U.C 1860」のデザインを復刻したモデル。オリジナルと同じ直径36.5mmのケースには、ルーセントスティールが採用されている。この素材は、優れた抗アレルギー性に加え、一般的なステンレススティールの約1.5倍の硬度と、明るく輝く審美性を備えている。それだけではなく、原料の80%をリサイクル素材によって賄っており、環境にやさしいサステナブルな素材であることもポイントだ。
手作業によるギヨシェ装飾が施されたダイアルは、初代モデルをほぼ忠実になぞりながらも、確実なアップデートが加えられている。外観上の大きな変更点であるノンデイト化は、多くのファンにとって歓迎すべきことではないだろうか。日付窓によってスモールセコンドのサークルが欠けることはなく、より端正なレイアウトとなった。ドーフィン型の時分針とくさび型インデックスを組み合わせたクラシカルなデザインや、ゴールド製のベースにガルバニック加工を施したサーモンカラーダイアルが、クラシカルな魅力を持つ。
シースルーバックからは、ジュネーブシールを獲得した厚さ僅か3.3mmの極薄自動巻きムーブメント、Cal.L.U.C 96.40-Lを鑑賞可能だ。高い比重によって巻き上げ効率を高めたゴールド製マイクロローターやスワンネック緩急針、地板のペルラージュや受けの面取りとコート・ド・ジュネーブなど、見どころが満載のムーブメントである。
薄型のドレスウォッチであるものの、C.O.S.C.公認クロノメーターを取得する高精度や、約65時間のパワーリザーブなどを誇り、スペック面でも妥協はない。
初代「L.U.C 1860」のデザインをベースに、現代の技術で復刻。6時位置の日付表示は廃され、より端正なダイアルとなった。ジュネーブ・シールを取得した自動巻きムーブメントも含め、表裏両面で楽しませてくれる1本だ。自動巻き(Cal.L.U.C 96.40-L)。29石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。ルーセントスティールケース(直径36.5mm、厚さ8.2mm)。30m防水。ショパールブティック限定。346万5000円(税込み)。(問)ショパール ジャパン プレス Tel.03-5524-8922
ロンジン「ロンジン マスターコレクション」
2005年に登場し、そのエレガントなデザインによって愛されてきた「ロンジン マスターコレクション」。比較的地味な存在であるこのコレクションが一躍脚光を浴びるきっかけとなったのは、22年に登場した190周年記念モデルだろう。
懐中時計を含む過去のアーカイブから抽出された要素を組み合わせたノンデイト仕様のダイアルは、CNCマシンによって彫り込まれた12個のアラビア数字インデックス、立体的なリーフ針、筆記体のブランドロゴといった特徴を持ち合わせ、その端正なルックスによって大きく注目を集めた。
続く23年に発表されたのが、スモールセコンドを有したバリエーションだ。搭載するムーブメントを考えると、スモールセコンドの配置が多少中心に寄ってしまうはずだが、慎重に調整された大きさのサークルとレイアウトによって、そのことをほとんど感じさせない。
シルバー、アンスラサイト、サーモンの3種類のダイアルが用意されているが、注目すべきは、メッキによって鮮やかに発色したサーモンカラーダイアルだろう。縦方向のサテン仕上げが施され、他の2色とは一味違うヴィンテージ感が強調された風合いを持つ。
幅広いサイズの手首にも違和感なく寄り添う、直径38.5mmのステンレススティールケースはポリッシュ仕上げで統一され、滑らかな質感を湛えている。ラグは短く、厚さが約10mmに抑えられているため、取り回しも良好だ。シリコン製ヒゲゼンマイと約72時間のパワーリザーブを備えるムーブメントが、高い実用性をもたらす。
強豪のひしめくミドルレンジの中で、特に強い存在感を示しているのがロンジンだ。CNCマシンによって彫り込まれたインデックスや立体的なリーフ針、エレガントなケースフォルムが、タイムレスな魅力を放つ。自動巻き(Cal.L893)。26石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径38.5mm、厚さ10.2mm)。3気圧防水。37万8400円(税込み)。(問)ロンジン Tel.03-6254-7350
オーデマ ピゲ「CODE11.59 バイ オーデマ ピゲ オートマティック」
「CODE11.59 バイ オーデマ ピゲ」初のステンレススティールケースモデル。従来のモデルとは異なる、型押しによるパターンダイアルを採用している。この同心円状のパターンは、スイスのギヨシェ職人であるヤン・フォン・ケーネルとの共同開発によるものであり、これによって本作に奥行きをもたらすことに成功している。
3針モデルではこれまで、アラビア数字インデックスとバーインデックスを組み合わせていたが、今回のステンレススティールケースモデルでは、全てをバーインデックスへ統一し、よりドレッシーな印象に纏め上げられている。日付は従来の4時半位置から3時位置へと移動し、オーソドックスなレイアウトに改められた。しかしながら実用性は依然健在であり、時分針とインデックスに塗布された蓄光塗料が、暗所での視認性を確保し、ダイアル外周のミニッツマーカーが正確な時刻の読み取りを助けてくれる。
直径41mmのケースは、これまでの貴金属ケースモデル同様に複雑な構造を持つ。ラウンド型のベゼルに8角形のミドルケース、別体の中空ラグなどは、ゴールド素材に比べて硬く加工が難しいステンレススティールでありながらも、遜色ないシャープな造形を実現している。
ダイアルのバリエーションは、ブルー、グリーン、そしてベージュのグラデーションダイアルがラインナップし、それぞれ同色のラバー加工ストラップが装着されている。ブルーとグリーンのダイアルはPVD、ベージュのダイアルはガルバニック加工とラッカーによるものだ。
誕生から5年目を迎えた「CODE11.59 バイ オーデマ ピゲ」。今年は遂に、ステンレススティールモデルがラインナップに加わった。ステンレススティールは、貴金属に比べて硬い素材であるが、複雑な構造のケースは変わらずシャープな仕上がりを見せる。同心円状のパターンが刻まれたダイアルは、バーインデックスに統一することでドレッシーなテイストを強めている。自動巻き(Cal.4302)。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径41mm、厚さ10.7mm)。3気圧防水。335万5000円(税込み)。(問)オーデマ ピゲ ジャパン Tel.03-6830-0000
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