機械式腕時計の現行品ラインナップは、その多くが自動巻きだ。しかし、時計好事家の中には、あえて手巻き腕時計を選ぶ“変わり者”が多い。そこで今回は、時計専門誌『クロノス日本版』編集長の広田雅将、副編集長の鈴木幸也、編集の細田雄人、そして新人の鶴岡智恵子が、webChronos読者におすすめしたい手巻き腕時計をそれぞれ2本ずつ選んで紹介する。
『クロノス日本版』編集部おすすめの手巻き腕時計
一定時間着用してローター(回転錘)が主ゼンマイを巻き上げることで、時間を刻み続けてくれる便利な自動巻き腕時計。現在、市場に流通する機械式腕時計のほとんどが自動巻きだ。手巻き腕時計を購入しようと思うと、扱うブランドが少ないため、選択肢は限定的になる。そんな中、あえて手巻き腕時計を選ぶ“変わり者”の時計好事家は、案外多いものだ。手巻き腕時計は自動巻き腕時計のようなローターを持たない分薄型設計で、好事家が愛するクラシックな意匠を持ちやすい。また、シースルーバックのモデルであれば、ムーブメント観賞をローターが邪魔しない。さらに、主ゼンマイをリュウズによって“巻き上げなくてはならない”行為も、好事家にとって愉悦の対象であることなどが理由であろう。
こういった趣味性の高さによって、ニッチとはいえ手巻き腕時計市場は確かに存在する。そして、手巻き腕時計を製造し続ける各ブランドは、自動巻きモデル同様にプロダクトに改良を加え、現代的な性能や機能を備える方向へ進化し続けている。今回は現行モデルを対象に、『クロノス日本版』編集部の各メンバーが2本ずつ、おすすめの手巻き腕時計を選出した。
編集長・広田雅将おすすめの手巻き腕時計
おすすめ①グラスヒュッテ・オリジナル「セネタ・クロノメーター」
手巻きモデルならば、感触は重要ということで、本作をチョイス。巻き上げはもちろんだけど、カチカチした針合わせの感触はちょっと類を見ない。直径44mmケースは大きかったけど、ダウンサイジングを果たした現行モデルは腕なじみも良し。内容を考えたら、価格はかなり控えめだ。これぞドイツ製、という手巻きモデルだ。
19世紀から20世紀にかけて、グラスヒュッテの地で製造されていたマリンクロノメーターから着想を得たモデルだけあり、精度を追求したセネタ・クロノメーター。リュウズを引き出すと秒針が瞬時にゼロ位置に帰零して停止。この時、リュウズを回すと分針が目盛り通りにきっちりと運針されることで、正確な時刻表示が可能となる。手巻き(Cal.58-08)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約44時間40分。18KWGケース(直径42mm、厚さ11.4mm)。5気圧防水。455万4000円(税込み)。
おすすめ②オリエント スター「M34 F8 スケルトン ハンドワインディング」
スケルトンなら手巻き、という定石は今なお変わっていない。本作は、古典的な手法をモダナイズした試みだ。かなり深いムーブメントの面取りは、ダークカラーの仕上げにマッチしている。スケルトンを得意とするオリエントは、本作で一皮むけた印象がある。手頃なサイズや価格も魅力的だ。
2023年にオリエントスターが始動させた「Mコレクションズ」のうち、自由で新しいコンテンポラリーなスタイルを標榜する「M34」のスケルトンモデル。オープンワークの文字盤からは、ブランド誕生70周年の節目にあたる21年に初採用されたブルーのシリコン製ガンギ車がのぞく。手巻き(Cal.F8B61)。22石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径39mm、厚さ10.8mm)。5気圧防水。34万1000円(税込み)。
副編集長・鈴木幸也おすすめの手巻き腕時計
おすすめ①パテック フィリップ「カラトラバ」Ref.6119G
手巻き腕時計の良いところは、回転錘(ローター)を含む自動巻き機構がないため、その分ケースを薄くできることである。薄型時計ならば、やはり厚さ10mmを切りたいところだ。また昨今は、フォーマル、インフォーマルを問わず、腕時計の小径化が進んでいる。装着感を考えると、薄いだけでなく、直径も40mmを切りたい。ということで、ケース径39mm、厚さ8.08mmのパテック フィリップの「カラトラバ 6119」ホワイトゴールドケースをおすすめしたい。
もちろん、「カラトラバ」ゆえにドレスウォッチとしても正統派中の正統派であるが、2021年に発表された6119は、より現代的な手巻きムーブメントCal.30-255 PSを搭載している。手巻きムーブメントの愉しみのひとつに、主ゼンマイを巻き上げるという“儀式”がある。だが、機械式時計を実感できるこの“儀式”は愉しみであると同時に、毎日もしくは2日に一度は主ゼンマイを巻き上げなければならないほどパワーリザーブが短いと、忙しい現代社会においては実用的とは言えない。その点、このCal.30-255 PSの連続駆動可能時間は最小65時間と、3日に一度巻き上げればよいところまでパワーリザーブが改善された。
しかも、Cal.30-255 PSはムーブメント径が31 mmと、前世代機が搭載していた手巻きムーブメントCal.215 PSのムーブメント径が21.9mmであったことを考えると、9.1mmも大型化された。結果、香箱をふたつ搭載することが可能になり、パワーリザーブが延長できたうえに、文字盤側のスモールセコンドの位置が中心寄りだったCal.215 PSに対して、より外周寄りになって、しかもスモールセコンドの直径も大きくなり、バランスも良く、判読性も高まった。
ベゼルに刻まれたクルー・ド・パリ(ホブネイル・パターン)装飾も、一目でカラトラバと分かるアイコニックな象徴のひとつとして、1985年発表のRef.3919から受け継がれている。
さらに、トランスパレントバックからは、5つに分割された受け(ブリッジ)に施されたコート・ド・ジュネーブ(ジュネーブ・ストライプ)装飾や丁寧な面取りなど、独自のパテック フィリップ・シールに則った各パーツ細部の仕上げの美観を回転錘に邪魔されることなく鑑賞できる点も、手巻き腕時計の何にも代えがたい醍醐味である。
2021年に発表された「カラトラバ」の手巻きモデル。18KWGケースのチャコールグレー文字盤と18KRGケースのシルバー文字盤がラインナップされている。手巻き(Cal.30-255 PS)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約65時間。18KWG(直径39mm、厚さ8.08mm)。3気圧防水。481万8000円(税込み)。
おすすめ②オメガ「デ・ヴィル トレゾア パワーリザーブ」
より普段使いできる手巻き腕時計としておすすめしたいのが、オメガの「デ・ヴィル トレゾア パワーリザーブ」だ。このモデルは、パワーリザーブが約72時間と、丸3日間あるため、余裕を持って3日に一度、主ゼンマイを巻き上げればよいうえに、12時位置にパワーリザーブ表示が備えられているため、巻き上げ残量を常に確認でき、主ゼンマイがほどけきってしまって、いつの間にか時計が止まってしまっているという事態を避けやすい点も有用性が高い。
ケースの厚さは10.07mmと、ドレスウォッチとして見ても薄いが、ケース径も40mmと決して大きすぎることはない。そのうえラグを短くしているため、日本人の細い手首にもしっくりと収まる。実際に、ラグを含めたケースの全長は44.8mmに抑えられ、ケースの薄さと相まって軽快な取り回しと快適な装着感を実現している。
センターセコンドではなく、スモールセコンドを選択したことも、中心部の針と歯車の重なりを減じてケースの薄さに貢献していることは間違いないが、スモールセコンドは意匠的にもクラシカルな雰囲気を与えてくれるのが、手巻き腕時計に一層似つかわしい。さらに、このモデルの美質が、6時位置のスモールセコンドとデザインのバランスを取るように、12時位置にパワーリザーブ表示をサブダイアルとして配している点だ。左右(3時-9時)だけでなく、上下(12時-6時)においても対称的なデザインは、見た目に心地よいだけでなく、秒表示とパワーリザーブ表示がそれぞれサブダイアル内で明確に示されるうえに、その配置も文字盤上で上下左右対称に整理されることで、一目見ただけでも混乱なく瞬時に各情報を判読することができる。
加えて、盛り上がったドーム型風防を採用することで、その分ミドルケースの厚さを低減しつつも、角型に立ち上がったバーインデックスを配して文字盤側の立体感を犠牲にしていないので、斜めから見た際には、一段沈み込んだふたつのサブダイアルとともに、高い視認性と、ケースの薄さにそぐわない奥行きのある陰影を文字盤全体に与えている。
手巻き腕時計というと、クラシカルな印象を持つことが多いが、そういった古典的な要素を大事にしながらも、ラグを短くしたり、ドーム型のサファイアクリスタル製風防を採用したりと、現代的な手法を取り入れることによって、近年の潮流でもあるマルチパーパスウォッチ(フォーマルでもインフォーマルでも使用できる腕時計)に通じるモダンさも醸し出している。この意匠全体のパッケージングの卓越したバランスこそが、本モデルを推す最大の理由である。
2021年に「デ・ヴィル」コレクションに加わった、新開発の手巻きムーブメントCal.8934を搭載したモデル。クラシカルな意匠ながら、コーアクシャル脱進機を持つマスタークロノメーター認定機であり、オメガの現代的なスペックを備えている。手巻き(Cal.8934)。29石。2万5200振動/時。パワーリザーブ約72時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.07mm)。30m防水。128万7000円(税込み)。
細田雄人おすすめの手巻き腕時計
おすすめ①オメガ「スピードマスター ムーンウォッチ マスター クロノメーター」
小さな空間に敷き詰まれたレバーや歯車類。水平クラッチのクロノグラフムーブメントだけが持つ“ワクワク感”を余すことなく伝えられるのも、手巻きならではの美点だ。しかし、今や水平クラッチ+手巻きクロノグラフも絶滅危惧種。種類自体が少ないうえ、そのほとんどが高価で、おまけに近年は入手性にも難があり……。
そんな中でレマニアのCHRO27を祖先に持つオメガのCal.3861は、スペックもさることながら、ブティックには大体置いてある入手性の良さも含めて、お勧めしたい腕時計だ。価格も120万円ちょいと、大きく値上がりしたとはいえ、相変わらず良心的で、昔ながらの手巻きクロノグラフルックスを比較的気軽に楽しめる。
1957年に誕生した「スピードマスター」の最新作。歴代モデルのレガシーを踏襲しつつも、マスター クロノメーター認定機となるCal.3861を搭載した。手巻き(Cal.3861)。 26石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約50時間。SSケース(直径42mm、厚さ13.58mm)。50m防水。123万2000円(税込み)。
おすすめ②チュチマ・グラスヒュッテ「パトリア」
ニーズの少なさから、どうしてもベーシックな設計・構成を持つ新規開発の手巻きムーブメントは増えない。パテック フィリップのCal.30-255 PSは入手困難だし……。そうなると自然と選択肢に上がってくるのが、Cal.617を搭載するチュチマ・グラスヒュッテ「パトリア アドミラル ブルー」だ。
2013年に発表されたCal.617はグラスヒュッテ様式にのっとった3/4プレートや退却式のコハゼ、チラネジが大量に付いたテンプなど、クラシカルな意匠が個人的にツボ。実際に使ってみるとリュウズの巻き上げが心地よく、針回しの感触も絶妙で、このご時世に手巻き3針を買うようなオタクのことをよく考えて作っているのが分かる。おまけに受けが分割されておらず、テンプはフリースプラングだから、神経質に取り扱わなくても良い。この手のムーブメントとして、最良のひとつだ。
腕時計としてのパッケージングも素晴らしく、針やインデックス、ラッカー仕上げの文字盤、ケースの磨きはこの価格帯で飛び抜けて良い。日本人にはちょっと大きなケース径と少しゴツく見えてしまうリュウズガードだけ、好みが分かれるところか。
もともとハイエンドラインとしてゴールドモデルのみがラインナップされていた「パトリア」。2019年にステンレススティールモデルが追加された。手巻き(Cal.617)。20石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約65時間。SSケース(直径43mm、厚さ11mm)。5気圧防水。107万8000円(税込み)。
鶴岡智恵子おすすめの手巻き腕時計
おすすめ①ウブロ「ビッグ・バン メカ −10 チタニウム」
手巻き腕時計は薄く、クラシカルな意匠を与えやすい……そんな魅力に引かれつつも、あえて逆行して(?)おすすめするのは「ビッグ・バン メカ −10 チタニウム」だ。手巻き腕時計とは思えないアヴァンギャルドでインパクト抜群なルックスを理由に選んだ。
「メカ-10」はウブロが2016年、新開発の手巻きムーブメントCal.HUB1201とともに発表したコレクションだ。パワーリザーブ約10日間という性能を備えることも特筆すべき点だが、本作の見どころは意匠にほかならない。オープンワークの文字盤からは、特徴的なパワーリザーブインジケーターとともに、12時位置にラック&ピニオンがのぞいている。
このラック&ピニオンは、ふたつの香箱に収められた主ゼンマイが巻き上がるとスライドする。この機構はパワーリザーブインジケーターと連動しており、6時位置のディスクが残日数を表示。さらに日数ディスクと噛み合った3時位置のディスクでは、パワーリザーブが3日間を切ると赤いマークが現れ、巻き上げの目安を知らせてくれるという仕組みだ。
こんなギミックがパワーリザーブインジケーターという機能に必要不可欠かと言われれば否だが、本作は“メカニズムを見せる”ために開発された。手巻き腕時計の魅力のひとつが「主ゼンマイを巻き上げる」などといった“メカニズムを楽しむ”ことにあるとすれば、本作は手巻き腕時計へのニーズに非常にマッチしたモデルだと言えよう。
ちなみに、ロングパワーリザーブのモデルは主ゼンマイをフルに巻き上げるまでに結構時間がかかる。リュウズの操作性が悪いと、巻き上げの時間は地獄に等しくなる。しかし、本作のリュウズは適度な大きさで扱いやすく、そんなところも好感が持てる。
ウブロの代表的なコレクション「ビッグ・バン」にCal.HUB1201を搭載した「ビッグ・バン メカ −10」のチタンモデル。ケース径は45mmと大きいが、チタン素材のため軽量で、毎日の装着にも疲れない。手巻き(Cal.HUB1201)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約10日間。Tiケース(直径45mm)。10気圧防水。304万7000円(税込み)。
おすすめ②ノモス・グラスヒュッテ「タンジェント」
手巻き腕時計はニッチであることに加えて、ベーシックな価格帯のモデルが著しく少ない。市場が小さいため量産しづらかったり、スポーティーやカジュアルをブランドイメージとしているメーカーは古典的な手巻き腕時計を打ち出しづらかったりなどの理由があるのだろう。
そんな中、ノモス・グラスヒュッテは手の届きやすい価格で手巻き腕時計をラインナップする、稀有なブランドだ。近年はスポーツウォッチにも注力し始めているものの、基本スタイルはミニマルでクラシカル。1992年に誕生したロングセラーの「タンジェント」に、そのスタイルがよく表れている。
直径35mm、厚さ6.2mmという薄型小径のケース、スモールセコンド、青焼きの針は“The クラシック”な腕時計といった印象だ。ポリッシュ仕上げのケースも主張しすぎず、ジャケットの袖口からさりげなく存在感を放ってくれるだろう。一方で飛びアラビア数字のインデックスや細長いラグが、シンプルながら独創的な要素を本作に与えている。
税込み価格はソリッドバックの場合は27万5000円(税込み)、シースルーバックの場合は30万8000円(税込み)だ。搭載する自社製ムーブメントCal.α(アルファ)はパワーリザーブ約43時間と、近年のスタンダードから考えるとやや短いところが気になるが、価格を考えれば許容範囲だろう。
なお、ノモス・グラスヒュッテの手巻きモデルには「ラドウィッグ」や「オリオン」など選択肢が多い。初めて手巻き腕時計を購入する際にも、良い選択肢になってくれるに違いない。
1992年の誕生以来、ブランドの代表的なコレクションとして人気を博してきた「タンジェント」。直径35mmのケースは、男女問わず愛用できるサイズ感であろう。手巻き(Cal.α)。17石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約43時間。SSケース(直径35mm、厚さ6.2mm)。3気圧防水。30万8000円(税込み)。
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