2023年新作のチューダー「ブラックベイ 54」をレビューする。回転ベゼルを持つ「ブラックベイ」コレクションの最小モデルとして登場した本作は、果たして小径ダイバーズの決定版となりえるのだろうか。ラバーストラップ仕様の実機を基に、その魅力を探る。
Text by Tsubasa Nojima
[2023年12月21日公開記事]
チューダーの初代ダイバーズウォッチに範を取った小径モデル
2023年発表の新作モデル。1954年に誕生した同社初のダイバーズウォッチにオマージュを捧げるシンプルなデザインと、小ぶりなケースサイズが特徴だ。自動巻き(Cal.MT5400)。27石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約70時間。SSケース(直径37mm)。200m防水。47万8500円(税込み)。2024年1月1日より価格改定を予定。
今回レビューを行うのは、23年新作のチューダー「ブラックベイ 54」だ。「ブラックベイ」は、これまで同社が開発してきたダイバーズウォッチのエッセンスを抽出し、現代的に再構築したコレクションである。ブラックベイ 54はその中でも、1954年に誕生したチューダーの初代ダイバーズウォッチ、「チューダー オイスター プリンス サブマリーナー Ref.7922」に倣ったデザインを持つ。ちなみに、類似した名称の「ブラックベイ 58」は、58年に発売された「チューダー オイスター プリンス サブマリーナー Ref.7924」(通称ビッグ クラウン)にオマージュを捧げるものである。
本作の最大の特徴は、オリジナルに忠実な直径37mmのケースを採用している点にある。現代において37mmケースのダイバーズウォッチは、メンズサイズというよりはボーイズサイズにあたる。ブランドによってはレディースに分類する場合もあるだろう。当初、本作が発表された際には、男性でも違和感なく使えるのかが不安であったが、今回実機を触った瞬間、その不安は氷解した。
ブラックベイのデザインに、Ref.7922の特徴をミックス
ブラックベイのアイコンであるスノーフレーク針は別として、リュウズガードの無いすっきりとしたケースや、1分単位の目盛りがないベゼルインサート、ゴールドカラーで縁どられた針とインデックス、ゴールドレターは、Ref.7922に通ずるものである。本作に採用されているゴールドカラーについて補足すると、ブランドサイトの画像では、だいぶ明るく感じるが、実機はもう少し暗く、どちらかと言えばブロンズに近い色味を持つ。
ダイアルは端正なノンデイト仕様であり、ドット、バー、トライアングルを組み合わせたインデックスは、どの角度からでも天地を見分け、誤読を防いでくれる。時針はスノーフレーク型、分針はペンシル型、秒針はロリポップ型を採用し、インデックスと針の全てにスーパールミノバが塗布されている。秒針のスーパールミノバは、若干内側に配されており、これによってインデックスとの重なりを防いでいる。各針は、きちんと指し示すべき対象に届いている。至極シンプルなデザインであるが、視認性と判読性を高めるための要素が十分に盛り込まれている。
ダイアルは、ボックス型のサファイアクリスタルによって保護されている。オリジナルが採用していたプレキシガラスのような柔らかな表情を持ち、光を受けるとダイアルの縁がやさしく歪む。ここに、実用一辺倒ではない、レトロなダイバーズウォッチとしての魅力が込められている。
逆回転防止機構が備わったベゼルは現代的に見ると若干薄く、ブラックアルマイト加工を施したインサートが装着されている。目盛りや三角形のポインターはホワイトで統一されており、41mmケースのブラックベイや、ブラックベイ 58のブラックダイアルモデルと比べると、使用している色数が少ない。ある程度のサイズを持った時計であれば、複数の色を使っても気にならないが、小径モデルでいくつもの色を使うと、一気に煩雑になる。本作がすっきりとした印象を持つのは、この控えめな色使いも影響していることだろう。
ケースは、200m防水のダイバーズウォッチとしては薄く、実測で約11mmであった。仕上げは一般的なステンレススティールのブラックベイと同じく、上面にサテン仕上げ、側面にポリッシュ仕上げを与え、それらが重なり合うエッジに面取りを施している。ケースの縦は実測で約46mmあり、直径に合わせて抑えられている。
オリジナルのRef.7922に範を取った直径6mmのリュウズには、バラのレリーフが与えられている。従来のブラックベイに見られたチューブの飛び出しはなくなり、結果的にリュウズの出っ張りも抑えられている。
一部のモデルを除き、ブラックベイ全体がそうであるように、本作もソリッドバックを採用している。素っ気ないと取るか、ツール感があって良いと取るかは個人の好みに依存するが、シャープに刻まれた刻印はしっかりとした深さを保ち、好感が持てる。ラグの裏には、リファレンスとシリアルナンバーが刻まれている。
機能性に優れたラバーストラップを採用
2023年の新作より、ブラックベイにもラバーストラップの選択肢が追加された。ひとつは、新型のマスタークロノメーターを取得したレッドベゼルのブラックベイ、もうひとつはブラックベイ 54だ。今回のレビュー個体は、嬉しいことにラバーストラップが装着されていた。
このストラップの特徴は、恐らくステンレススティールブレスレットのパーツを流用したであろう弓カンと、微調整機構“T-fit”が備わったフォールディングバックルが採用されている点にある。
微調整機構の範囲を超えてストラップの長さを調整する場合には、ストラップ自体を切断しなければならない。切りすぎてしまうと元に戻せないため、調整は慎重に行う必要がある。とはいえ、バックルの微調整機構はそれなりに調整幅があるため、あまりシビアになる必要はない。ラバーストラップのサイズは3種類が用意されているため、自分に合ったサイズを見つけることができれば、カットせずとも使うことができるだろう。
個人的な好みを言えば、ラバーストラップに関しては、本作のようにカットして調整するタイプが良い。腕に装着した際に、ストラップの剣先が飛び出ることがないからだ。ラバーは、レザーやファブリック素材などに比べて硬いため、飛び出た剣先がしばしば服などに引っ掛かってしまうことがある。些細なことだが、これらをストレスに感じる筆者にとって、剣先が飛び出てしまうのはあまり歓迎できない。
ラバーストラップには適度な弾力があるが、本作には簡単に着脱ができるフォールディングバックルが備わっているため、何かの拍子に誤って取り落としてしまう心配も少ない。ストラップの裏面には、スノーフレーク型のパターンが施されている。残念ながらこの季節では、あまりメリットを享受できなかったが、夏場の汗ばむ時期には、このパターンが不快感を軽減させてくれることだろう。
微調整機構は、バックルを開いた状態でストラップを持ち上げ、そのまま引くと長く、押し込むと短くすることができる。バックルは、フリップが付いたダブルロック式。白いセラミックスボールによって操作時の小気味よいクリック感を出しており、開閉を繰り返すことに伴う磨耗も生じにくい。
23年新作であるふたつのブラックベイにラバーストラップが用意されたことを考えると、今後、コレクション全体としてラバーストラップの選択肢が広がることが期待できるのではないだろうか。
男性の手首にも違和感なく溶け込む、サイズ感とデザインバランス
腕に乗せた感触は、見た目通り非常に軽快だ。ダイバーズウォッチとしては薄く小径なケースは、フラットな裏蓋によって重心も低く、コシのあるラバーストラップと重量バランスを良好に保つフォールディングバックルは、そのどれもが装着感の向上に貢献している。
本作の場合、気になるのは装着感というよりも、腕上での見え方だろう。筆者の手首周りは約16.5cmであり、日本人成人男性としてはほぼ平均か、少し細いかといったところだ。この前提の下、あくまでも個人的な感想を言えば、十分許容範囲内には収まっている。ただし、普段からサイズの大きい時計を使っていると、小ささに戸惑うだろう。もし購入を検討しているならば、実機を腕に乗せ、全身鏡に映して確認することをお勧めしたい。
本作を見ると、小径なダイバーズウォッチというジャンルは、非常にデザインのバランスがシビアであるように感じさせる。ダイバーズウォッチであることを抜きにして、直径37mmという数字だけ捉えれば、立派なメンズサイズであるわけだが、幅の広い回転ベゼルや大型のインデックスと針といった要素が組み合わされると、一気に凝縮感が増し、数字以上に小さく見えてしまう。それではと、ベゼルを細くインデックスを小さくすれば、今度は視認性が落ちてしまう。その点本作は、ブラックベイに共通するバランスをそのままに、小径化に成功していると感じる。
操作感を見ていきたい。直径6mmのリュウズは、必要十分な大きさだ。ねじ込みを解除し、そのままで主ゼンマイの巻き上げ、1段引きで時刻調整ができる。一連の操作はスムーズに行うことが可能だ。ノンデイトのため、停止状態から使い始めるまでの手間が少ないのは便利である。
逆回転防止ベゼルは、1周60クリックであり表示精度も問題ない。昨今の高級時計では、1周120クリックのものが多い。クリック数が多いと精密さを感じるが、一方で細かく設定できたところで、さして実用上のメリットはないだろう。ブラックベイ全般に言えることだが、回転ベゼルが薄くケースからの張り出しもないため、少々回しにくい。本作はベゼルの直径自体が小さいためになおさらだ。
待ちに待った小径ダイバーズウォッチの決定版なるか
近年発表される新作を見るに、時計業界全体に小径化の流れが来ていることは明白だ。そしてそれは、ダイバーズウォッチに関しても例外ではない。本来、視認性をこれでもかと追求すべきダイバーズウォッチにとって、その性能を落としかねない小径化は矛盾しているようにも感じる。しかし、今やダイバーズウォッチは単なるダイビングツールではなく、過酷な環境にも耐えうるタフなスペックと、デザインの多様性を楽しむものではないだろうか。
異論はあるだろうが、小径ダイバーズウォッチには、まだ決定版とも言うべき代表作が存在しないように思う。おそらくその背景には、前述したようなシビアなデザインバランスが要求されるなどの要因があるだろう。
そんな中で登場した本作は、これまで様々なサイズのダイバーズウォッチを送り出してきた同社の経験が生かされた1本である。シンプルで簡潔なデザインは、ほんのりレトロにまとめられ、装着感も抜群。ダイバーズウォッチとして防水性や視認性、判読性を高い次元で持ち合わせ、搭載されたマニュファクチュールCal.MT5400は、約70時間のパワーリザーブと、耐磁性に優れるシリコン製ヒゲゼンマイを備える。確実に地味な部類の時計であるが、死角の少なさは群を抜いている。ロングセラーとなり得る条件は十分に備えているはずだ。
インパクトのある時計を求めている方には、あまりおすすめできない。しかし、どんなときもそっと寄り添い、着用時に安らぎを与えてくれるような時計を探しているのであれば、本作は十分その候補に相応しい。
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