航空黎明期から続くIWCパイロット・ウォッチの中核マークシリーズが、世代交代したのは2022年のこと。その1年後、「マークXX」のラインナップに加わったシルバーメッキ文字盤をテストする機会を得た。日頃からメインで愛用している5本の腕時計のうち3本が航空時計という筆者が、1週間使い倒した結果と所感を率直にレポートする。
Text and Photographs by Takahiro Ohno(Office Peropaw)
[2023年12月24日公開記事]
航空史にその名を刻むマークシリーズの末裔
航空航法を支援する技術が未熟で、空を飛ぶことがまだ危険な行為だった時代に、IWCが1936年に開発した航空時計の初号機は世界のパイロットから絶賛された。55mm径ケースに懐中時計用ムーブメントを搭載したビッグ・パイロット・ウォッチを経て、48年には不朽の名作「マークXⅠ」が完成。英国空軍の要請を受けて作られた同機が画期的だったのは、磁気の悪影響を遮断するため、ムーブメントを軟鉄製インナーケースに収めたこと。そして文字盤は、航空機のコックピット計器に着想を得たデザインで、優れた視認性を獲得していた。マークシリーズは世代を重ねてロングセラーとなり、その現行コレクションが「パイロット・ウォッチ・マークXX」である。
航空時計とは、高高度の強烈な太陽光下でも瞬時に視認しやすい「ブラック文字盤こそ本流」と考えていた筆者だが、現行マークXXにはマットブラックのほかにブルーとグリーンのサンレイ文字盤がラインナップしており、生誕75周年を記念した2023年新バージョンに至ってはシルバーというドレスウォッチのような表情が与えられた。伝説的なパイロット・ウォッチ コレクションの末裔とはいえ、果たしてこれは航空時計と呼んでいいのだろうか。最初にインプレ用の実機を手にしたとき、そんな不安を感じてしまった。
熟成を重ねた文字盤デザインに快適な着け心地
実際に1週間試着してみて、最初に心配していた視認性はまったく問題ないことが、すぐにわかった。明るいシルバーメッキの文字盤はホワイトの色味に近く、スーパールミノバを塗布した黒フチ針やブラックインデックスとのコントラストが際立って、すこぶる見やすい。飛行中のコックピットでの視認性は確かめようがないものの、ドーム型サファイアクリスタルの両面無反射コーティングが優秀なのだろうか、少なくとも晴天の強い太陽光を受けても時刻は読み取りやすい。また、文字盤と針のクリアランスはやや大きめだが、スポーツモデルとしては標準的か。
3時位置のデイト表示は白地にブラックの細いフォントで控えめに記され、インデックスの並びに溶け込む絶妙なレイアウト。先代マークXVIIIはセリタベースのムーブメントだったためか、デイト窓が内側に寄りすぎていたと記憶するが、本作の文字盤はバランスが完璧である。ミニッツマーカーの3・6・9・12時位置のみ正方形ではなく長いバー形状として夜光を塗布し、三角マークやブランドロゴ、アラビア数字の配置も整えられた。先代モデルに少し感じた文字盤の空きスペースの不自然さもすっかり解消されている。
リュウズは引き出しやすく、左右のガタもなく、回しやすい。針合わせの感触は、正方向・逆方向ともにスムーズだ。使用後のねじ込みロックは、押し込んで半回転させるだけの簡易な操作性が導入されており、IWCのきめ細かな心遣いが伝わってくるかのよう。
ケースサイズは先代モデルと同じ40mm径だが、ラグからラグまでが先代の51mmから49mmに改められたことでフィット感が向上している。手首回り17.5mmの筆者にとって、この約2mmのサイズダウンは非常に有効で、テスト期間中は就寝時を含めて毎日24時間着用したが、着けているのを忘れさせるほど快適な装着感を得ることができた。これには完成度の高いブレスレットの果たした役割も大きい。5連のコマがしなやかに腕に沿い、各部の遊びが適度なため、レベルの高い着け心地を実現している。
サテン仕上げのミドルケースにポリッシュのベゼルを合わせ、サテンとポリッシュをリズミカルに交互に配したブレスレットの仕上げも好相性だ。ケースからラグにかけて面取り部のわずかなポリッシュ部が、時折きらりと光を反射して立体感を際立たせる。
バックルは両サイドから押せばワンプッシュでスムーズにロックを解除でき、ふたつ折れ式の中板部もしっかりとした高級感ある作り。しかも、うれしいことにEasX-CHANGE(イースエックスチェンジ)機構を採用している。これは接続部の裏側にある中央レバーを押し込む少し特殊な構造で、最初こそ戸惑うかもしれないが、2回目からはスムーズにブレスレットを脱着できた。機構自体が堅牢に作られているため安心感もある。
多彩なシーンに溶け込むデザイン的な懐深さ
試着期間中にマークXXをさまざまな場所へ連れ出してみた。まずは試着スタートの翌日、ゴルフ場へ。もちろんプレー中は、グリーンやハザードまでの距離が表示される専用のGPSウォッチを腕にして、マークXXは貴重品ボックスに収める。ナイスショットしたときの気持ちのいい手応えは、時計にとって落下のショックと同じだから、機械式時計を装着してプレーするのはおすすめできないのだ。とはいえ、GPSウォッチはカジュアルすぎて、プレー前後のジャケットスタイルには似合わない。その点、マークXXのスポーティで洗練されたルックスは、ラグジュアリーなクラブハウスの雰囲気にもすっかり馴染んでいた。
愛さずにはいられない洗練の機能美
自動巻き(Cal.32111)。21石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約120時間。SSケース(直径40mm、厚さ10.8mm)。100m防水。95万1500円(税込み)。
マークXXのムーブメントはリシュモン傘下のヴァル・フルリエとIWCのエンジニアがコラボレーションした自社製Cal.32111だ。シリコン脱進機と双方向巻き上げ機構を採用しており、120時間駆動を誇る。今回の1週間の試着テストでは実感できなかったが、複数の時計を日常的に使い分けているユーザーにとっては、このロングパワーリザーブだけでも購入候補に挙げる理由となるだろう。
そろそろインプレッションをまとめよう。「パイロット・ウォッチ・マークXX」は、歴史的な背景を持つ航空時計として、オンリーワンの機能美を備えている。そしてシルバー文字盤は、スタイリングの幅を広げ、さまざまなシーンにもさり気なく溶け込み、適度に個性を主張する。視認性、デザイン、フィット感のいずれの点でも、デイリーユースとして非常に優れている時計だと断言できる。
数世代前は「エントリーモデル」として人気を博したマークシリーズだが、いまや価格もクォリティも堂々たるレベルに達した。最初に言及した通り、このシルバー文字盤は航空時計の本流から少し外れた存在かもしれない。だが、必ずしも亜流が本流に劣るわけではないし、その代わりに“洗練”という新たな魅力を手に入れたともいえる。もし本機を手に取れば、ただ時間を示すだけでなく、日々の生活に彩りを加えてくれるはずだ。
がちがちの航空時計がお望みならマットブラック仕様を選べばいいし、華やかに腕元を装いたいならブルーやグリーンのサンレイ文字盤が要望に応えてくれる。だが、少なくとも筆者は、このシルバー文字盤の大ファンになった。ブラック系に偏った個人的コレクションを補完するためにも、本機を入手することは極めて正当で賢明な選択のような気がしてならない(4本目の航空時計として本気で購入を検討中! )。
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