1974年に創業し、一貫して天文時計製造を続けてきたオランダ発の時計ブランド、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ。今年2024年に創業50周年を迎える同ブランドは今、若き新CEOの舵取りの下、一層の飛躍を見せている。筆者は昨年11月にオランダの本社を訪問し、その将来性を目の当たりにしてきた。同ブランドのマイルストーンをたどりながら、展開の詳細をお伝えしたい。
取材協力:シェルマン日本橋・三越店、シェルマン伊勢丹新宿店
[2024年1月5日公開記事]
天文時計に特化したオランダの腕時計ブランド、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ
九州ほどの大きさの小国でありながら、16世紀以降には海洋国家として栄え、世界の海を席巻したオランダ。17世紀にはいわゆる黄金時代を迎え、芸術、科学、貿易などさまざまな分野で繁栄し、世界経済の中でも先進的な地位を占めた。後に「機械式時計の父」と呼ばれる学者クリスティアン・ホイヘンスは、この時代のオランダで誕生している。また同国は、鎖国時代の日本ともヨーロッパのなかで唯一交渉を持った、我が国の歴史においても重要な国だ。
そんなオランダで現在、存在感をひときわ強めている時計ブランドがある。業界で唯一、天文時計の製作を専門としている「クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ(Christiaan van der Klaauw)」だ。1974年に創業した同ブランドはまもなく創業50周年を迎える。2021年には新CEOとして、複雑機構開発を得意とする技術力とマネジメント能力、そしてブランドに対する愛情を兼ね備えた若き後継者、ピム・コースラグを迎えた。
コースラグ氏の手腕のもと、ブランドの体制はいよいよ盤石なものとなりつつある。今回は創業から現在までの変遷を、タイムピースの数々と共に紹介したい。
創業者クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウ、天文時計製作を開始
ブランドの創業者、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウは1944年にオランダ・ライデンで生まれた。ライデンはクリスティアン・ホイヘンスが通ったオランダ最古の大学、ライデン大学のある街だ。
ライデンの精密機械製作学校に通っていたクラーウ氏は、ライデン大学に設置されていた天文台で精密機器の実践を学ぶうちに、天文への興味を深めていく。
またオランダに存在する世界最古のプラネタリウム、「アイジンガー・プラネタリウム」を訪問した経験も、若きクラーウ氏に大きな刺激を与えた。
1967年、クラーウ氏はフリージアン グランド クロックというオランダの時計製造会社へ入社し、経験を積む。そして1974年に独立。ここから天文学的な複雑機構を備えた時計を次々と発表していくことになる。
1974年独立、掛け時計の製造を開始
独立し、自身の名を冠したブランド名で創業したクラーウ氏。当初は主に木製ケースを備えた重錘式の掛け時計を製作した。驚くべきことに、歯車や針といった時計のパーツだけでなく、デザインから木枠や金属装飾の作成まで、ペイントをのぞくすべてを彼自身がひとりで手掛けたという。
独立した1974年にはムーンフェイズとチャイムを搭載した掛け時計を限定200個で発表し、2年後にも同機能を備えた新デザインモデルを500個限定で発表する。1980年には、球体の立体的なムーンフェイズ表示を採用した掛け時計を200個限定で発表した。この3Dムーンフェイズは、以後もクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウブランドのアイコンのひとつとして継承されていく。
1983年より置き時計の製作を開始、1989年には独立時計師アカデミー(AHCI)の一員に
1983年からは掛け時計に加えて置き時計の製作も開始する。1989年には、筐体の4面それぞれにアストロラーベや星座盤など異なる天文時計を備え、上部には渾天儀を載せた置き時計を限定40個として製作した。この作品は時計業界でも大きく評価され、クラーウ氏は同年、独立時計師アカデミー(AHCI)のメンバーとして迎え入れられた。
1996年より腕時計の製作を開始、1999年にブランドの代名詞となる“世界最小の機械式プラネタリウム”を完成
掛け時計もしくは置き時計を精力的に発表し続けたクラーウ氏だが、1996年から大きな方向転換を図った。多彩な天文時計というコンセプトはそのままに、腕時計の製作を始めたのだ。
1996年に発表された最初の腕時計である「CVDK サテライト ドゥ モンド」には、時刻、曜日、日付、ムーンフェイズ、昼夜表示、そして時計を見ている時点でちょうど正午となる地球上の場所の表示機能が搭載された。
1999年には、世界最小の機械式プラネタリウムを備えた「CVDK プラネタリウム」を発表する。この“世界最小の機械式プラネタリウム”はやがてブランドの代名詞となり、未来を大きく切り拓いていくこととなる。
2代目CEOが就任、知名度拡大が図られる
2009年、65歳になったクラーウ氏は、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの2代目CEOとしてオランダ人のダニエル・レイテンスと、またその妻であるマリア・レイテンスを共同株主として迎え入れた。ダニエルはデザイナーであり、過去に時計の製作をクラーウ氏へ発注して以来の長年の付き合いであった。
ダニエルとマリアのふたりはビジネスの手腕を発揮し、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの知名度拡大に注力する。それまでオランダ国内を中心に展開されていたマーケットを、より広範囲にしようと試みたのだ。スイスで行われる時計コンテストへ作品を積極的に応募し、数々の賞を獲得していった。あるいは高い技術力を武器に、魅力的なコラボレーションも次々と実現していった。
そしてクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの名が一躍有名になることとなる。ヴァン・クリーフ&アーペルに技術協力し、2014年に「ミッドナイト・プラネタリウム ポエティック・コンプリケーション」を完成させたのだ。この4年後の2018年に発表された、レディース版である「レディー・アーペル プラネタリウム」は、権威あるジュネーブ・ウォッチメイキング・グランプリ(GPHG)において「レディス・コンプリケーション部門賞」を受賞する快挙を成し遂げた。
2020年には、先述した世界最古のプラネタリウム、「王立アイゼ・アイジンガー・プラネタリウム」とのコラボレーションを果たす。アイジンガー・プラネタリウムの意匠を表現した本作「CVDK プラネタリウム アイゼ・アイジンガー リミテッド・エディション」は、文字盤に手描きでアイジンガー・プラネタリウムの天井板が描かれ、6時位置にはブランドが誇る世界最小のプラネタリウムが搭載された。2021年には、ジュネーブ・ウォッチ・グランプリ(GPHG)で「カレンダーと天文時計部門賞」を獲得する栄光に輝いている。
6時位置に世界最小の機械式プラネタリウムを搭載。12時位置には、月と日付が同軸の指針式で表示される。自動巻き。Ptケース(直径40mm)。パワーリザーブ約96時間。5気圧防水。世界限定6本。1320万円(税込み)。
3代目CEOにピム・コースラグが就任
天文時計ブランドとして確固たる地位を築いたクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウは、満を持して次なる展開に乗り出した。ブランドの将来を見据え、新たなCEOとしてピム・コースラグを迎え入れたのである。
コースラグ氏は40歳という若さでCEOに就任したが、技術力、キャリアともに申し分はなかった。ここでコースラグ氏のポートフォリオを簡単に紹介したい。出身国であるオランダで時計製作を学んだ彼は卒業後にスイス・ジュネーブへ渡り、パテック フィリップのインターン生として経験を積んだ。その後、そのまま同ブランドの技術者としてパテック フィリップに残るという選択肢もあった。
しかし当時21歳のコーグラス氏が重視したのは、名門ブランドに護られながら安泰の職人人生を送ることではなく、縦横無尽な挑戦を続けながらブランドの成長に貢献することだった。同じジュネーブの時計ブランド、フレデリック・コンスタントからオファーを受けたことを機に、同ブランドのマスターウォッチメーカーとして働き始めた。
今でこそフレデリック・コンスタントといえば、自社製ムーブメントを有するマニュファクチュールという印象だろう。これこそまさにコースラグ氏の功績によるものだ。同社のマニュファクチュール化は彼なくして進まなかったのだ。入社当時、フレデリック・コンスタントでは他社製の既存ムーブメントが仕入れられ、製品化されていた。
コースラグ氏は後にフレデリック・コンスタントを代表するムーブメントとなる「ハートビート マニュファクチュール」をはじめ、クロノグラフや永久カレンダーなど約30種類の複雑機構を独自に設計し、その搭載ムーブメントを自社内で製造できる体制まで整えたのである。同社の職人の数は、コースラグ氏の入社時には10名程度だったものが、その後60名程度にまで成長した。なお、フレデリック・コンスタントは2016年よりシチズン時計の傘下に入っている。コースラグ氏の存在をこの頃に知った愛好家諸氏も多いだろう。
その後コースラグ氏は2016年にグループブランド、アルピナのテクニカルディレクターにも選ばれた。2020年には、自身が12年前に立ち上げに加わった高級ブランド、アトリエ・ド・モナコのCEOにも就任している。フレデリック・コンスタントとは現在も、アドバイザーという立場で良好な関係を継続している。
そして機は熟し、2021年、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウのCEOとして、オランダに凱旋を果たしたのである。今回の就任について、コースラグ氏は次のように教えてくれた。
「実は私は時計学校を卒業する際、最初にクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウへの就職を希望したのです。在学中、地元出身の成功者の話を聞くという講演会が学校で行われ、この講師として登壇されたのがクラーウ氏でした。クラーウ氏の話に感銘を受けた私はすぐに彼の工房を訪ね、自分を雇い入れてほしいとお願いしました。しかし、彼の返事は“NO”。『時計製造の中心地、スイスで経験を積むべきだ』と諭されて、それでパテック フィリップなどを尋ねていったのです」。
十二分といえるほどの実績を積み、再びクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの扉を叩いたコースラグ氏を、クラーウ氏は心から歓迎したという。クラーウ氏の薫陶を受けて戻ってきたコースラグ氏は、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの正統な後継者と呼ぶことができるだろう。
CEOに就任したコースラグ氏が最も注力していることは、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウの市場をより世界規模で拡大することだ。彼はこれまで展開が薄かった日本やシンガポールなどアジア圏にも積極的に赴き、時計愛好家との直接の交流を重視している。
これにより彼のCEO就任前には8割方がオランダ国内だったメインマーケットは、現在はアジアが大半を占めるまでとなった。年産数も100本から400本へと伸ばし、社員は5名から13名へと増員した。
そのうち6名が職人であり、3名がコースラグ氏の就任後に採用されている。いずれもスイスの大手ブランドからの移籍であり、歯車から作成できる技術を備えた実力者たちだ。工房も国際空港の近くへと移し、海外からのゲストも迎え入れやすくした。
またクリスティアン・ヴァン・デル・クラーウはカスタムメイドやユニークピースの製作に特化しているが、より幅広い層に訴求できるエントリーモデルを確保するため、2023年夏にはステンレススティール製の「CVDK アリアドネ」を発表した。
自動巻き(Cal.CVDK7758)。25石。パワーリザーブ約48時間。SSケース(直径40mm)。173万8000円(税込み)。
まもなく80歳を迎えるクラーウ氏は、今もブランドの顧問としてコースラグ氏らへ技術を継承している。デザインや商才に長けたレイテンス夫妻も、良好な関係を保ちながら経営の一部に参画し続けているようだ。非常に安定した運営体制が取れていると語るコースラグ氏へ、今いちばんの楽しみを尋ねると「2024年に『創業50周年記念モデル』を発表すること」だと答えた。
なんでも本作は創業者クラーウ氏の職人人生の有終の美を飾るべく企画された、ブランド史上で最も複雑な機構を盛り込んだもので、そのデザインから設計までクラーウ氏本人が手掛けたものだという。クラーウ氏による手描きの設計図をもとに、コースラグ氏らが製品化に向けて完成させた、いわば「紛れもないスペシャルモデル」となるのだ。「プロトタイプはすでに出来上がっており、発表が待ち遠しいばかりだ」とコーグラス氏は自信をのぞかせる。
その翌年2025年は、オランダの偉人クリスティアン・ホイヘンスによるヒゲゼンマイの完成から350年周年を迎える。オランダの時計ブランドである彼らには何かと祝うべき節目が続くのだ。おそらくコースラグ氏もこの節目まで視野に入れていることだろう。一層の飛躍へと腕を鳴らすコーグラス氏のもと、クリスティアン・ヴァン・デル・クラーウのさらなる成長が期待される。
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