日本、そして世界を代表する著名なジャーナリストたちに、2023年に発表された時計からベスト5を選んでもらう企画。今回は『クロノス日本版』およびwebChronos編集長の広田雅将が、多彩な新作の中から「個人的に欲しい時計」を、5本ピックアップした。
離れ業で超高精度! オメガ「スピードマスター スーパーレーシング」
自動巻き(Cal.9920)。54石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約60時間。SSケース(直径44.25mm、厚さ14.9mm)。5気圧防水。179万3000円(税込み)。
シリコン製ヒゲゼンマイを触って緩急を調整するという、時計メーカーにとっての夢を実現した新作。シリコン製のヒゲゼンマイは磁気に強く、耐衝撃性も高いが、直接触って調節ができない。シリコン製ヒゲゼンマイを載せたすべての時計が、テンワの錘で精度を調整するフリースプラングテンプである理由だ。対してオメガは、シリコンを触って緩急を調整するという試みに挑んだ。今のところは精度を追い込むため。しかし、このシステムが普及すると、普通の時計にもシリコン製ヒゲゼンマイが載るかもしれない。今のオメガらしく、文字盤やケースの出来も秀逸だ。ややケースは大きいが、装着感は悪くない。
史上空前、しかし使えるじゃないか! オーデマ ピゲ「CODE 11.59 ユニヴェルセル」
自動巻き(Cal.1000)。90石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約64時間。18KWGケース(直径42mm、厚さ15.55mm)。2気圧防水。価格要問い合わせ。
オーデマ ピゲの作り上げた“全部載せ”。これより複雑な時計は存在するが、操作性と両立させた点で類をみない。また、ケース直径42mmというサイズにまとめあげたのも見事。マニュファクチュールとなったオーデマ ピゲは、今や望むデザインのために、ムーブメントを自在に設計できるようになった。そのノウハウを投じることで、本作は史上空前のコンプリケーションを、使えるサイズにまとめあげた。また、すべての操作をリュウズやボタンだけで行えるのも秀逸だ。正直、これほどの時計をオーデマ ピゲが作るとは予想外だった。本当はパテック フィリップがリリースすべきモデルではなかったか。もっとも、リピーターの音は聞いていない。あくまで予想だが、ムーブメントの構造を考えると、特化したリピーターほど大きくはなさそうだ。さておき、歴史に残る1本。
2023年で一番欲しいのはこれでした。ジャガー・ルクルト「レベルソ クロノグラフ」
手巻き(Cal.860)。38石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約52時間。SSケース(縦49.4×横29.9mm、厚さ11.14mm)。30m防水。365万2000円(税込み)。
意外な伏兵。ケースの裏側に第2時間帯表示と、積算計付きのクロノグラフを搭載したモデル。ファーストロットは即完売。しかし、ジャガー・ルクルトは受注を再開するようになった。クラシカルな表面と、モダンなクロノグラフ面の対比も魅力的。基本的な設計は従来のクロノグラフに同じだが、テンプがフリースプラング化されたため、理論上は衝撃に強いだろう。つまりは、よりスポーツウォッチに向いた性格を持つはずだ。価格は安くないが、「レベルソ・クラシック デュオ スモールセコンド」が200万円近いことを考えれば(ずいぶん高くなったものだ)やむなし。個人的には、2023年で最も欲しい1本だ。受注再開は大歓迎! あとは、価格が上がらないことを願うのみ。
ルイ・ヴィトン、やるじゃないか! ルイ・ヴィトン「タンブール」
自動巻き(Cal.LFT023)。31石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約50時間。18KRGケース(直径40mm、厚さ8.3mm)。50m防水。738万1000円(税込み)。
こちらも良い意味で期待を裏切った時計。ブレスレット付きのスモセコ3針自動巻きというありがちな構成を丁寧に磨き上げている。時計のヘッド部分を軽く作り、適度な遊びを持たせたブレスレットを合わせることで、かなり良い装着感を得ている。また、光の加減によって色を変える文字盤など、外装も凝っている。筆者は幾度となく本作を触ったが、プロダクトとしてほとんど抜けがないのは驚異的。ローターの巻き上げ音も、パテック フィリップのCal.26-330並みに小さいから、現行品としてはずば抜けている。時計好きの人気は極めて良いが、完成度の高さを考えれば当然か。実は、ルイ・ヴィトンという名前に抵抗がある人にこそお勧めの1本。これからも、この方向性が維持されればいいのだけども。
ようやくその全貌を明らかにした気鋭 大塚ローテック「7.5号」
自動巻き(Cal.MIYOTA82S5+自社製ジャンピングアワーモジュール)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径40mm、厚さ11.2mm)。日常生活防水。29万7000円(税込み)。完売。
知る人ぞ知る存在だった大塚ローテック。筆者も取材を申し込んだが、話を聞くのはもちろん、モノをみることさえ不可能だった。ところが東京時計精密の傘下に加わることで、プロダクトが安定して供給されるようになったほか、ついにコミュニケーションも取れるようになった。新しい7.5号は、そんな新生大塚ローテックを象徴する1本。微妙な手作業感を残しつつ、プロダクトとしては大きく進化を遂げた。外装の出来は、マイクロメゾンとは思えぬほど良質だ。また、価格も驚くほど戦略的。今後、大塚ローテックはメイド・イン・ジャパンの新たな方向性を示すかもしれない。もっとも問題はある。供給は安定したのに、人気が高まったため、入手はより難しくなったのだ。この時計を多くの人に見てほしいけど、願わくば、量が増えても質は変わりませんように!
総評: 2023年は“ラグスポ”とマイクロメゾン。意外な伏兵はルイ・ヴィトン「タンブール」
魅力的な新作が並んだ2023年。何を持ってベストとするのかは難しいが、個人的に欲しい時計を5つ選んだ。金額などは一切関係なし。この5選をさらに絞るならば、ルイ・ヴィトンの「タンブール」と大塚ローテックの「7.5号」が、2023年を象徴するモデルになるだろうか。前者は“ラグスポ”ブームを飾るにふさわしい大作。ディテールもさることながら、感触が際立っている。ただし、その仕立ては“ラグスポ”と言うよりも、ブレスレットの付いたドレスウォッチに近い。市場のメインストリームになった“ラグスポ”が、多様性を獲得したという証しだろうか。後者は、マイクロメゾンらしさが横溢するモデル。似た時計がないのも素晴らしい。また、小メーカーという言い訳を抜きにしても、使えるだけのまとまりを備えている。
選者のプロフィール
広田雅将
1974年、大阪府生まれ。2ちゃんねるのコテハンとして活躍した後、脱サラして時計ジャーナリストに転身。いつの間にやら業界ご意見番に。多くの時計専門誌に寄稿する傍ら、『クロノス日本版』では創刊2号から主筆を務める。2016年より編集長に就任。
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