2023年9月5日〜9日の間、香港コンベンション&エキシビションセンターでアジア最大の時計見本市である香港ウオッチ&クロックフェアならびにサロン・ド・ティーイーが開催された。リテーラー向けの高級時計見本市の側面が強いサロン・ド・ティーイーと、時計事業に従事する全員がターゲットの香港ウオッチ&クロックフェアは併催イベントでありながら、全く性格の異なるものであった。
Text by Yuto Hosoda(Chronos-Japan)
[2023年12月29日公開記事]
久々に本格開催されたアジア最大規模の時計市!
アジアを代表する時計市場、香港。2019年の国家安全維持法制定に端を発する一連の混乱、そして新型コロナウイルスによるパンデミックによって、一時こそ市場は落ち込みを見せたが、現在は無事市場も復活し、活気を取り戻している。
現にスイス時計協会(FH)が発表する「November 2023 New record for value」では、23年11月のスイス時計の輸出先として、香港は中国を抜いて2位にランクイン(金額ベース)した。
そんな香港市場の健在ぶりを象徴するかのように、今年は2年ぶりに香港ウオッチ&クロックフェアならびにサロン・ド・ティーイーが開催された。幸いなことに、アジア最大級の時計見本市を称する同フェアに足を運べたため、こちらでレポートしたい。
高級時計を多く取りそろえた「サロン・ド・ティーイー」
まずは花形とも言えるサロン・ド・ティーイーを紹介しよう。サロン・ド・ティーイーは2023年9月5日〜9日まで、香港コンベンション&エキシビションセンターで香港ウオッチ&クロックフェアと同時開催された高級時計の見本市だ。
香港ウオッチ&クロックフェアがバイヤーのみならず、時計ブランドや時計師、さらに修理屋といった、時計産業に携わるすべての従事者を対象としているのに対し、サロン・ド・ティーイーは明確にバイヤー狙いのイベントになっているのが特徴である。
それまでサロン・ド・ティーイーは香港ウオッチ&クロックフェアのイチカテゴリーに過ぎなかったが、今回より別イベントとして独立。別ホールに専用の会場を作り、大々的に行われた。
会場内は5つのテーマゾーンが設けられ、各ゾーンにはテーマに沿ったブランド/企画展のブースが置かれた。簡単に紹介していこう。
機械式時計と宝飾時計が集う「クラフト トレジャーゾーン」
機械式時計や宝飾時計といった、職人技にスポットを当てたブースを集めたのが、クラフト トレジャーゾーンだ。香港を代表する高ブランド、メモリジンや中国のピーコックウォッチなど、中華圏の高級時計と聞いて真っ先に思い浮かべるブランドが並ぶのもこのゾーンである。
ちなみにピーコックはムーブメントの卸しも大きな収入源だが、あくまでサロン・ド・ティーイーでは時計ブランドとして、時計の完成品のみを展示している。エボーシュメーカーとしても香港ウオッチ&クロックで別ブースを出展しており、気合いの入れ具合が伝わってくる。
クラフト トレジャーゾーンを見ていて驚くのは、中国製、香港製時計の品質の高さだ。メモリジンやピーコック、シーガルといった大メーカーはもちろんのこと、創業したばかりの無名ブランドまで、一概に時計としてのクオリティが高く、加えてそのいずれもが独自性を持っていた。
例えば香港で2022年に創業したばかりの「プレゼント」。まだ公式ホームページすら完成していないような、まさに駆け出し中のメーカーだが、トゥールビヨンを中心としたハイコンプリケーションにダイヤモンドを組み合わせた宝飾時計はインパクト十分だ。
この手のハイコンプリ×宝飾のコンビネーションは中国市場を狙うブランドでよく見られる構成だが、プレゼントでは文字盤に漆を用いることで、巧みに他の宝飾時計と差別化を図っている。
ムーブメントの仕上げなど、まだまだブラッシュアップできるところも残っているが、華美な見た目を持ちつつ、ミドルレンジのプライスを掲げる同社の競争力は非常に高いだろう。
海外の時計が多く集まる「シック&トレンディゾーン」
いわゆる世界中の“ファッションウォッチ”が多く集められるのが、シック&トレンディゾーンだ。こちらではデンマークのオバクやフランスのリップなどが出展されており、国際色豊かな様相だ。
こちらのゾーンでは日本からも東京・浅草の時計ブランド、サン・フレイムが出展。OEM系の時計販売を中心に手掛ける同社だが、本イベントでは「グランジュール」を中心とするオリジナルブランドを積極展開した。
「MADE IN TOKYO」を謳い、文字盤に複数のMOPを組み合わせることで、個体ひとつひとつに個性を与えたグランジュールのレディースモデルは特に好調だったようだ。
スイスメイドを中心にヨーロッパの時計が集まった「ルネッサンス モーメントゾーン」
では機械式時計の雄、スイス時計はというと、主にルネッサンス モーメントゾーンでの出展が目立った。同ゾーンは事務局曰く「古典的でエレガントなヨーロピアンスタイルの時計ブランドを展示」しているコーナーで、スイスブランド以外にも、ガガ・ミラノのようなヨーロッパーメーカーがブースを出している。
注目すべきはゾーン中にある「スイス独立腕時計産業パビリオン」と名付けられた、小規模なスイス製インディペンデントの時計が展示されているコーナーだ。
ここは基本的に8つの独立系ブランドの時計が展示されているだけだが、奥には時計製作者もしくはブランド創業者が待機しており、実際に彼らから直接話を聞くことができる。
あまり見ちゃダメ!? な「ウェアラブル テックゾーン」
実はサロン・ド・ティーイーの目抜き通り的な場所にはウェアラブル テックゾーンというスマートウォッチブランドを集めたコーナーが存在する。
しかし、こちらに関しては出展ブランドがほとんど中国の新興ブランドだったためか、コンプライアンス的に問題のある商品ばかりという印象だった。
そのため、詳細は割愛させていただく。
中国の独立時計師が集う「国潮ゾーン」
中国風のトレンドを意味する「国風潮流」を略した国潮の名が与えられたこちらのゾーンでは、中国の独立時計師の時計が展示されている。
中国伝統文化と現代のトレンドの融合をテーマに製作された時計が複数並んでおり、見応えは抜群だ。最も人だかりができていたのはアカデミー会員でもある馬旭曙の作品だが、個人的に気になったのは霍氏(Huo Feile)のレゾナンスウォッチであった。
今回は出展していないが、タン・ゼファーといい、中国にも注目すべき独立時計師は多いと、改めて感じる。
ステージでは挑戦的な試みも
サロン・ド・ティーイーでは上記5ゾーン以外にも、香港のリテーラーが「World Brand Piazza」の名でリシャール・ミルやボヴェ1822といったスイス製の高級時計を展示するなど、さまざまな試みが見られた。
また、会場内のステージにも興味深い活用方法が見られた。基本的には各ブランドの新作発表会やフォーラムを行う場として使われていたが、イベント3日目には時計ファッションショーなるものが開催されたのだ。
これはモデルが出展ブランドの時計を左手に、右手に出展ブランドのロゴとブース名が書かれたフリップを持ち、ファッションショーのごとく、ランウェイを歩くというもの。
正直、小さな腕時計を手に持ってステージを歩いても、腕時計はよく見えず、また、特別な演出もないなかで時計を入れ替えて、4人のモデルが歩いているだけのショーは、お世辞にも有意義なものとは言えなかった。
しかし顧客に対して、新たな時計の見せ方を提示しようと模索する姿勢は、実に好印象だ。来年以降の開催でこのショーが、そしてサロン・ド・ティーイーそのものが、より洗練されていくことを楽しみにしている。
実はこっちが面白い! B to B向け時計市の祭典、香港ウオッチ&クロックフェア
高級時計や個性的な各国の時計を集めたサロン・ド・ティーイーは、確かに今回の花形だ。しかし、時計を仕入れに来たリテーラーではなく、イチ時計オタクが楽しむとなると、同じ香港コンベンション&エキシビジョンセンターの別フロアで開催されていた香港ウオッチ&クロックフェアの方が、圧倒的に興味深いフェアだった。
まず会場に入って圧倒的されるのが、規模の大きさだ。サロン・ド・ティーイーのスペースが設けられていたフロアでは、ファッションイベント「センターステージ」が大々的に行われており、むしろ主役はこちら。対して香港ウオッチ&クロックフェアでは、1フロアのほぼ全てを同フェアが占めている。
出展する企業のジャンルもバリエーション豊かだ。新興時計メーカーはもちろん、ピーコックやエプソン、ミヨタといったエボーシュメーカー、各パーツのサプライヤー、CNCマシンに代表される時計製造用の設備から時計用工具、さらにはウォッチケースやワインダーに至るまで、全ての時計産業従事者が対象となるような充実具合だ。
会場の雰囲気としては国際宝飾展とJIMTOFを融合させ、時計に特化させたイベントといった感じだろうか。下記に個人的に興味深かったいくつかのブース・ジャンルを紹介していく。
深圳発! ルビー&サファイアクリスタルサプライヤー
本フェアではつくづく中国の技術力に驚かされていたが、最も衝撃的だったのが深圳に本社を構えるLBYクリスタルだ。2014年に設立された同社は、江蘇省の工場で人工ルビーとサファイアクリスタルを生産し、世界各国に卸している。
驚くべきは同社が単にサファイアクリスタルを製造するだけではなく、加工までを行える技術力を有している点だ。LBYクリスタルのブースでは、実際にサファイアクリスタルで製造した時計ケースをOEMサンプルとして展示しており、実際に過去、スイスメーカーに納品した商品も見せてくれた。
同社の李浩潮は、今後、自分たちの人工ルビーを日本の時計メーカーに売り込んでいきたいと語っている。
国産も中国産も! 豊富なエボーシュメーカー
エボーシュメーカーが一挙に集う点も、同イベントの独自性を物語っている。有名どころでは日本からエプソン、セイコーインスツル、ミヨタ。中国のピーコック、シーガル、スイスのロンダなどが挙げられる。
その中でもやはり注目すべきは中国の雄・ピーコックである。日本製エボーシュがどうしてもベーシックな構成ばかりの商品展開となるなかで、同社が外販するムーブメントは薄型2針からコンプリートカレンダー、果てはダブルトゥールビヨンまでバリエーションが豊富で、かつ安価なのだ。
中華圏の新興ブランドが、良質なハイコンプリケーションを量産できるのは、間違いなくピーコックやシーガルのエボーシュがあってこそだ。
税関局から小物メーカーまで、なんでもアリが醍醐味
上記以外にも、時計メーカーからワインダーメーカー、果てには香港税関局に至るまで、なんでもアリなのが香港ウオッチ&クロックフェアの醍醐味だ。
香港税関局が「貴金属および宝石取引業者の登録制度」に関しての周知ブースを展開しているそのすぐ隣で、とある時計ブランドのアイコニックピースの模造品が堂々と展示されているなど、確かにツッコミどころも多々ある。しかし、さすが時計の貿易ハブである香港で開催されるフェアだけあり、良質な出店者が多いのも事実だ。
創業まもなく、まだホームページすら持っていないようなブランドが、サンプルウォッチを持ち込み、それをバイヤーが見て興奮する姿は、ウォッチズ&ワンダーズでは決して見られない光景である。
次回の香港ウオッチ&クロックフェアとサロン・ド・タイム(次回から名称が変更される)は、2024年9月3-7日の開催予定だ。香港であれば中国本土と異なり入国にビザも必要ないため、是非、興味を持った方は足を運んでみてほしい。
Contact info:香港貿易発展局 東京事務所 Tel:03-5210-5850
メール: tokyo.office@hktdc.org
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