時計販売の増加を受けて、昨今はカスタマーサービスへのリクエストも多様化している。広がるニーズに対応するため、オメガは店舗でのサービスをさらに進化させている。なかでも注目すべきが「ブティックテクニシャン」と呼ばれる存在。彼らの活躍はアフターサービスを合理化し、カスタマーの利便性を大いに向上させる、新しいサービスのかたちだ。
長谷川剛:取材・文 Text by Tsuyoshi Hasegawa
[2024年1月31日公開記事]
オメガの「ブティックテクニシャン」による新たな試みがスタート
ブティックは主に新作をはじめとする商品の販売がメイン。それゆえに配置されるスタッフも、商品案内や取り扱いの説明等が主な業務となる。また付随するサービスとして、修理やオーバーホールの受け付け対応も役割のひとつだ。
オメガでは従来、軽度な状態チェックやパーツ交換なども、いったんブティックで受け付けを行い、一括してカスタマーセンターにて作業をするという流れであった。ゆえに顧客は複数回のブティック往復に加え、一定期間待つことが通例である。
しかし、規定のメンテナンスや調整であれば、店頭スタッフがその場で作業を行うという画期的なアフターケアサービスを、2023年5月からスタートさせている。
ブティックテクニシャンとは?
そのアフターケアを行うのは、「ブティックテクニシャン」と呼ばれる特別なスタッフ。彼らは販売員としての業務を行いつつ、約2カ月間の研修を受け、「ブティックテクニシャン」の資格を取得したスタッフだ。
研修の内容は、スイスから来日した専任トレーナーの下、メンテナンスに関するノウハウを集中的に学ぶというもの。ピンセットやドライバーなどのカスタマイズに始まり、ブレスレットの取り外し方や裏蓋の開け方、各種メンテナンス機器の扱い方を期間中にマスターする。
興味深いポイントのひとつに機械精度に関する補正技術の習得が挙げられる。6姿勢での歩度およびビートエラー等をチェックし、精度調整も守備範囲となっている。
ちなみに、ブティックテクニシャンによるこれらメンテナンスは、「ワークベンチ」と呼ばれるブティック内に併設された専用スペースにて行われる。現在国内では、銀座本店や六本木ヒルズ店、それに心斎橋店にワークベンチを置き、それぞれにブティックテクニシャンを配備しているという。
ブティックテクニシャンで対応可能なメンテナンス
ブティックテクニシャンが行うサービスは、主に以下の通り。
●磁気帯びチェック:磁気を帯びているかの検査および磁気抜き
●防水チェック:防水検査機を使用しての密閉度チェック
●精度チェック:各姿勢での時計精度のチェックおよび補正(チェックする姿勢差数はモデルにより異なる。最大6姿勢)
●ワインディング、パワーリザーブチェック:自動巻きモデルの巻き上げおよび連続駆動時間の検査
●電池交換:クォーツ時計の電池交換
●クリーニング:ブレスレットやケースなどの清掃
(※対象となるのは1994年以降に発表されたオメガ製時計。また状態により、カスタマーセンターでの作業となる場合あり)
磁気帯びチェック
今回取材では、その代表的なメンテナンスを、六本木ヒルズ店のブティックテクニシャンである中田慶太さんに見せていただいた。上記のサービスメニューのなかでもベーシックと言えるのが、磁気抜き作業だ。現代生活はスマートフォンやPC、鞄の留め具などをはじめ、磁気を発するプロダクトに囲まれている。
それにより知らず知らずのうちに時計が磁気を帯びることが多く、周知の通り、あまりに耐磁すると時計精度に影響が出る。オメガでは専用の脱磁器をワークベンチに設置し、随時磁気抜きを行っている。
手順に関しては非常に明快であり、脱磁器に時計を乗せるだけで瞬時に鑑定と磁気抜きが可能。工具などを一切用いないので、作業時間は数分である。
防水チェック
防水性能も使用しているうちに弱まることがある。主には各部パッキンの劣化であるが、早めに対処しておかないと、時計内部に湿気や水の浸入を許すことになる。
オメガブティックのワークベンチには簡易型のチェックマシンが設置されている。ケース内にセットした時計に対し、減圧および加圧を行い、密閉具合をテストする。こちらも特殊工具などを用いない検査ゆえ、短時間で行うことができる。
精度チェック&簡易調整
精度チェックがブティックで行えるというのは非常に心強い。写真のマシンは、セット台が自動で6姿勢を作り出す専用の測定器。それぞれの姿勢においてテンプの振り角や歩度、片振り、日差などの状態がモニターできる。
そして症状の程度により、その場でブティックテクニシャンが調整を施すこともある。もちろん中田さんは規定の調整技術をマスターしたテクニシャン。時計の「遅れ」や「進み」を緩急針やテンワのバランス調整によって修正することができるのだ。
こういった普段目にすることのないプロフェッショナルな作業を、店舗にて直接立ち会えるのは時計ファンにとって興味深いことだ。写真の工具は特殊形状のミーンタイムスクリューを回す専用レンチである。
ワインディング&パワーリザーブテスト
自動巻きモデルのオーナーならば、ゼンマイの巻き上げ容量が規定どおりにリザーブできるか気になるところ。ワークベンチを設置しているオメガブティックには、ワインディングとパワーリザーブの状態をテストする専用マシンも備えられている。
ただし、この作業には一定の時間を要する。なぜなら検査個体のパワーリザーブが、いったんゼロに戻るのを待ちつつマシンに掛け、60時間等のそれぞれの持つスペックに達しているかを調べるからだ。
問題がある場合はサービスセンターでの再チェックおよび修理となる(取材時の2023年12月時点では、まだ当該マシンは同店に未配備)。
電池交換
クォーツ式の時計は、当然ながら一定期間で電池の寿命を迎える。その際の電池交換も、ブティックテクニシャンが在籍する店舗なら、各種条件次第で即時交換が可能だ。
クリーニング
レザーに比べて耐久性の高いメタル製ブレスレットだが、メンテナンスをすることなく使い続けると問題が生じる。コマの隙間などに溜まった埃や不純物が、サビへと変質することもある。
そうでなくても一定期間使い続ければ、汚れは必ず付着するもの。美観を維持するためにも定期的な清掃が望まれる。ワークベンチを備えたオメガブティックでは、ブレスレット等を洗浄する超音波洗浄器を完備している。
ブティックテクニシャンによるアフターケアサービスの狙い
機械式であれクォーツ式であれ、高級時計は繊細なプロダクト。使う年月や扱い方によって不具合や故障が生じるのは当然だ。これまでは修理・オーバーホールなどを含め、アフターサービスに関しては一括してサービスセンターが受け持っていた。
つまり修理依頼が増加した場合、メンテナンスの内容にかかわらず、時計が手元に戻ってくるまでの時間は長くなってしまう。これは、ベルトの交換や洗浄といった本来ならば比較的時間のかからない作業も同様である。
そういった軽度なアフターケアをブティックにおいて完結させることで、ブティックテクニシャンで対応可能な範囲のメンテナンスであればすぐに時計を受け取ることができるし、また、気軽に時計の状態をチェックしてもらえるようになるのだ。
非常に合理的と言えるブティックテクニシャンによるアフターメンテナンス。そして時計好きのカスタマーにとって、メンテナンス作業に立ち会えるというのは特別な経験になり得るもの。時計に一層の親近感を覚える体験は、よりメンテナンスという行為を身近にしてくれる。ブティックへの来訪機会が増すことにもなるはずだ。
アフターケアサービスを拡充すべく、ブティックテクニシャン2期生をすでに育成中
アフターケアの利便性向上に加え、カスタマーの来店機会の増加も期待できるブティックテクニシャンという存在。まず国内では主要3店舗でスタートしたが、すでにその効果は着実に現れているという。
今回取材した中田さんは、第1期生のブティックテクニシャンだが、すでに第2期生の育成もスタートしているという。これにより近い将来、より多くのオメガブティックにおいて、この先進的なサービスが受けられるようになるのは間違いない。
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