『クロノス日本版』の編集部員が話題のモデルをインプレッションし、語り合う連載。今回は、編集長の広田雅将、副編集長の鈴木幸也、細田雄人、そして新人の鶴岡智恵子の4人で、A.ランゲ&ゾーネの「サクソニア・フラッハ」を着用した。同ブランドでは最もシンプルなモデルでありながら、語りどころが満載の、時計通を満足させるドレスウォッチであった。
Photographs by Masanori Yoshie
阿形美子:文
Text by Yoshiko Agata
[2024年1月10日公開記事]
「サクソニア・フラッハ」はドレスウォッチのひとつの完成形か
細田「今回は、A.ランゲ&ゾーネの『サクソニア・フラッハ』、18Kピンクゴールドモデルを試しました。今時珍しい、純粋な手巻き薄型のドレスウォッチですよね」
鈴木「正統派だよね。ドレスウォッチに関しては日付ナシ・2針の原理主義者が多いと思うし、自分もどちらかと言えばそっち派だから、バンザイ!って感じで気持ちよく着けさせてもらいました。あとやっぱり綺麗だね」
細田「ケース径は37mmでしたけど、鶴岡さんは着用感どうでした?」
鶴岡「私は手首回りが14.7cmですけど、手首からケースが浮いたりせずに着けられました」
細田「女性が着用しても無理がないんですね」
手巻き(Cal.L093.1)。21石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約72時間。18KPGケース(直径37mm、厚さ5.9mm)。3気圧防水。336万6000円(税込み)。
広田「ランゲの時計は薄型でもしっくりした重みを残しているのが好感を持てます。ケースの肉抜きをしていないことと、ムーブメントを固定するスペーサーに金を使っていることが要因かなと僕は考えていますけど」
細田「確かに、2針の薄型時計にしてはずっしりとした重みはあったと思います」
鈴木「軽すぎるとそれはそれで味気ないもんね。ラグは案外短くはないんだけど、良い感じに手首に沿うから、着け心地は非常によかったです。まず3日間着けてみて、もうちょっと着けたいって思ったことを覚えてます」
シンプルながらも洗練された視認性・操作性
細田「視認性はどうでしたか?」
広田「サクソニア・フラッハは2011年が初出で、16年に改良されましたが、その際にバーインデックスが伸びていますよね」
鈴木「インデックスは細いけど、ちゃんと面が立ってるから、少しの光があれば反射して時間が分かりましたね。分針の先も細くて長いので、読みやすかった」
細田「針とインデックスは磨く一方で、文字盤は細かく荒らしてあるから、見えなきゃいけないところだけがちゃんと反射してくれましたね」
鈴木「高級感を出そうとする時にやりがちなのがラッカーで光らせる手法だけど、それだと下手すると反射して、見にくくなっちゃう。一方で、これは程よく艶消しに仕上げていました」
細田「では、操作性はどうでした?」
広田「針合わせの感触は相変わらず極上です!」
細田「極端に軽いわけではないけど、例えばオデュッセウスみたいにリュウズ1周で20分ほどしか動かないような極端な味付けではなかったですね。2針の場合は、時刻を厳密に微調整する必要性がないので、オデュッセウスなどと比べると軽くしているのかなと思います」
鈴木「逆に軽すぎると時間合わせしにくいけど、その中間で程よかった」
細田「それから、薄型ドレスウォッチのムーブメントにありがちな針飛びもなかったですよね」
鈴木「そう。ムーブメントを薄くするためにオフセット輪列にすると針飛びを起こしやすい。でも、このムーブメントは特に、分針がしっかり留まってくれた。しかも、この個体は借りた段階では精度の微調整をしていないとのことだったけど、すごく精度が良かったね。秒針なしの目視とはいえ、着用から24時間経過した時点でズレはなく、48時間後も1分未満。そのまま主ゼンマイの巻き上げをせずに3日目を迎えても、1分も狂わなかった。インデックスは5分刻みだけど、1分ズレれば分かるからね」
細田「それだけ基礎体力が高いってことですね」
A.ランゲ&ゾーネの持ち味を詰め込んだムーブメント
細田「ムーブメントの話が出たので、もう少し続けてみましょうか。フラッハは、ランゲの中で最もシンプルなモデルなので、仕上げは最小限だとは思うんですが、個人的には十分すぎるぐらいによく仕上げられていると思いました。4分の3プレートで、ゴールドシャトンも使っていて、この辺は典型的なグラスヒュッテ様式ですよね。それから、フリースプラングテンプで、スワンネックの可動ヒゲ持ちと、全部載せです」
鈴木「あとは、グラスヒュッテ・ストライプ装飾や、チラネジが付いて、テンプ受けにエングレービングも施されている。ランゲの中ではエントリーモデルだけど、全部入ってるからムーブメントを見て満足できるね。あと、丸穴車の歯もサイクロイド曲線で、手で磨かれているのが分かる。手巻きでローターがない分、ムーブメントがよく見えるのも良い。そう考えると、フラッハはむしろお得かな?」
広田「見返しの角度を抑えた点も薄型モデルらしいです。それから、丸穴車と角穴車を見せたのも薄くするためかと思うんですけど」
鈴木「覆わない分、薄くできるよね。確かに、ランゲ1のキャリバーを確認してみると4分の3プレートの部分は全部覆っちゃっているから、ハカセの見立て通りだと思います」
細田「それから、この薄さでパワーリザーブ約72時間って結構すごいですよね! 最近の時計だと、脱進機周りをシリコンにして軽くすることでパワーリザーブを伸ばしていますけど、ランゲは昔ながらの作り方にアイデンティティーがあるから、そういうことはしないわけで。主ゼンマイを厚く巻くか、芯を細くして巻ける量を増やすか、そういう努力をしているんでしょうね」
鈴木「パワーリザーブは初出の時点で72時間だったけど、それらの工夫を全部盛り込んで長くしているのかもしれないね」
鶴岡「あと見た目の話ですが、この個体はジャーマンシルバーがちょっと変色していましたよね。私はそれが良いなぁと思ったんですけど、皆さん的にはどうですか?」
細田「ジャーマンシルバーを受けに使うと、経年によって均一にイエローっぽくなって良いですよね」
鈴木「ジャーマンシルバーは洋白などと呼ばれる合金で、銅と亜鉛とニッケルでできてます。身近なものでいえば、500円硬貨とか洋食器に使われていますね。真鍮よりも高級感があるし、色が変わっていくのも味わい深いと思います」
サクソニアコレクションの今後
細田「話は変わりますが、ランゲはフラッハ以外のサクソニアを全てディスコンにすることを明言しています。このことについてどう思いますか?」
鈴木「フラッハはランゲの中ではもはや最後の良心でしょ。もし、フラッハもなくなっちゃったら、価格的にも生産本数的にも、もう一般人が買えるものはなくなっちゃうし……」
広田「価格について言えば、2016年時点ではフラッハは37mmケースで170万円、40mmケースで240万円だったけど、今は336万6000円。非常に上がっています」
鈴木「まぁ、3倍くらいの価格になってるブランドもあると考えればまだ……というところですかね」
細田「ランゲ1の価格も一昔前のダトグラフと同じくらいに上がっています」
鈴木「ただ、日本以外の諸国はこの20年で給料も上がっていて、新型コロナウイルス禍以降は各国で高金利によってインフレになってるし、上がっていくのは仕方ないことではある」
広田「一方で、生産本数は新型コロナ禍の前まで戻っています。その意味ではフラッハも入手しやすくなるのでは?」
鈴木「ランゲはファクトリーを拡張して、人も増やしているけど、CEOのヴィルヘルム・シュミットさんにインタビューした時には、拡張しても生産本数は増やさないとはっきり言っていました。人員増加の理由は、コンプリケーションを作るためと、チタンケースの磨きのためだと思います。だから、フラッハにはそんなに人を割かないような気はするけど、一時期は全体の生産本数が減っていたから、その意味では購入しやすくなるのかな」
細田「いやらしい話、フラッハは売れてももうからないモデルのはずですからね」
単なるエントリーにとどまらない実力
細田「では最後に、皆さんはフラッハってどんな人がどういう場面で着ける時計だと思いますか?」
鶴岡「伝統的なドレスウォッチの見た目はしていますけど、案外普段から使えるなって思いました」
細田「今回試すに当たって、僕はシャツやジャケットとか普段の格好で合わせましたが、それでも案外成立するかなとは思いました。思ったほど悪目立ちはしなかったです。ドレスウォッチって繊細すぎてシーンを選ぶものもありますけど、伝統的でありながらも毎日使える仕上がりで、ある意味貴重な存在ですよね」
鈴木「もうちょっと防水性があれば、『クロノス日本版』2024年1月号の第1特集(新時代のドレスウォッチ22)で取り上げても良かったぐらいですね。ただ、3気圧でも普通には使える。まぁ、金無垢だからキズのことを考えると四六時中着けるのは良くないかもしれないけど」
細田「ゴールドのポリッシュ面は、どうしてもキズが目立ってしまうのはしょうがないですよね」
鶴岡「ただ、サイドをサテンにしているのでそこは目立ちにくいと思いました!」
鈴木「確かに、この磨き分けはキズが分かりにくい。全面ピカピカに磨いて高級感を出すっていうのはもう古いやり方だから、この仕上げは上手いね」
鶴岡「あと最近は、検索ワードでシェアウォッチのボリュームがすごく出てきていて、そういう使い方でも良いなと思います」
細田「一点だけ、男女で使う場合はストラップに気を付けたいですね。今回は、PRの女性が普段着用しているものを借りたので、男性陣が手首回りギリギリでしたから(笑)。逆に、男性用のストラップだと女性の手首には余ると思うので、せっかくペアで着けるならオリジナルのストラップを作ってもらった方が良いかなって思います」
鶴岡「そうですね」
鈴木「今回の話の中でずっとエントリーモデルだと言ってきたけど、いわゆるエントリーって本来は間口を広げるためのものだから、フラッハはそれだけには留まらないと思います。そもそも凄いハイクォリティで成立しているからね」
細田「このブランドの中では金額的にはエントリーに位置付けられちゃいますが、時計を極めた通が1周回って買う時計だから、その意味ではブランドとして別のエントリーモデルがあってもいいのかもしれないですね」
広田「確かに、当初のフラッハは明らかにエントリーモデルでした。でも、今はドレスウォッチとしての立ち位置を明快にしたと言えるでしょう」
鈴木「もはやランゲにエントリーって必要ないのかもしれないですね。昔はまずサクソニアから買ってみるという人もいたけど、今はフラッハが欲しい人は目掛けて買ってるし、ランゲ1が欲しい人は数年待ってでも買う状況になってるから、広田さんの言う通り、フラッハも1モデルとしてきちんと成立してると思います。望ましいドレスウォッチの在り方かもしれませんね」
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