時計経済観測所/富裕層の高級品消費力は衰えず、高級品ブームはまだまだ続く?

2024.01.24

世間では、中国経済のバブル崩壊や米国経済の減速を懸念材料として、2024年以降の景気を悲観的に捉える向きが強い。果たして、高級時計や宝飾品を含む、高級品需要の先行きも悲観すべきものだろうか?気鋭の経済ジャーナリスト、磯山友幸氏が、米国と中国の二大市場に注目して、その展望を分析・考察する。

磯山友幸:取材・文 Text by Tomoyuki Isoyama
安堂ミキオ:イラスト Illustration by Mikio Ando
[クロノス日本版 2024年1月号掲載記事]


富裕層の高級品消費力は衰えず、高級品ブームはまだまだ続く?

 世界経済に暗雲が漂う中で、時計や宝飾品といった高級品市場はどうなるのか。世界経済を占う二大市場である米国と中国で減速懸念が強まっている一方、大きく育った富裕層の高級品消費力は簡単には衰えず、高級品ブームはまだまだ続くという見方もある。景気が後退しても、富裕層には影響しない、経済の分断が進んでいるというのである。

 そうは言っても、これだけ先行きに対する不透明感が強まると、強気の声は小さくなる。例えば株価。世界の主要な高級ブランド企業の株価は2023年の6月ごろから大きく下げている。

 例えば、高級ブランドグループ世界トップで、「ティファニー」や「ウブロ」「ショーメ」などを傘下に持つフランスのLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)の株価は7月14日に892ユーロを付けていたが、10月13日には660ユーロまで下落。この間の下落率は26%に達した。

 また世界2位で「カルティエ」や「IWC」「パネライ」「ヴァシュロン・コンスタンタン」などを傘下に持つスイスのリシュモンの株価は7月14日の153スイスフランから10月26日には104スイスフランへと32%も下落した。いずれも、ここへ来てやや持ち直しているものの、株価が本格的に上昇する気配には乏しい。新型コロナウイルスの蔓延が明けた反動で大きく伸びていた高級品需要の先行きに変化が生じるのではないか、という不安が株価の足を引っ張っているわけだ。先の先まで読むというのが投資家の習性だから、23年というよりも24年以降の減速を予想して株価は下げていると見ていいだろう。

2023年のスイス時計輸出額は過去最高見込み

 実際、世界の高級品需要が急減速しているわけではない。スイス時計協会(FH)の輸出統計によると、23年1月から10月の累計輸出額は220億9280万スイスフラン(約3兆6940億円)と前年同期間に比べて8.3%増えている。世界的な物価上昇に伴ってスイスフラン建て輸出価格が上昇していることもあるが、総じて好調だ。輸出先上位30カ国・地域のうち、10月時点で前年比マイナスにとどまっているのは11位の韓国と21位のカタール、29位のポルトガルだけ。他の27カ国・地域は前年比よりも伸びている。

 スイス時計の輸出が過去最高だった22年の年間は248億3480万スイスフランだったので、これを上回って23年も過去最高になるのは確実だ。これはスイス時計だけの話ではなく、例えばLVMHが10月10日に発表した23年1-9月期の売上高は、前年同期に比べて10%も増えている。比較可能な事業の伸びを見た実質では14%の増収だと同社は発表しており、決算は極めて好調。時計・宝飾品部門だけを見ても、5%増収(実質9%増収)としている。

好調を維持する米国市場

 注目されていた米国での高級品需要がなかなか失速しないことも足元の決算数字を押し上げている。FRB(米連邦準備制度理事会)による度重なる利上げによって、景気は一気に冷え込むのではないかと懸念されたが、失業率も下がらず、賃金も上昇を続けていて、高級品消費も底堅い。むしろインフレから資産を守るために富裕層が高級時計や宝石などを購入する流れが続いている。

 米国市場はスイス時計の輸出先としても好調を持続している。23年1-10月の累計では伸び率は前年同期比7.3%増を維持。世界最大の輸出先となっている。

消費が二分化する中国市場

 もうひとつの懸念材料が中国だ。不動産会社の破綻などが表面化、地方政府の公共工事の行き詰まりなども明らかになり、巨額債務問題が中国経済を根底から揺さぶるのではないかという見方が強まっている。金融危機寸前だという指摘もあり、バブル崩壊がいよいよ現実味を帯びてきたという声も聞かれる。そんな中で、高級品消費も息切れするのではないか、と見られていた。

 ところが、スイス時計の中国本土向け輸出を見ると、23年1-10月の累計で9.0%の伸びを維持している上に、10月単月だけを見ると、前年同月比24.3%増という大幅な伸びを示している。中国では若年層を中心に失業率が高まっており、一般の消費は急速に冷え込んでいると見られているが、一方で富裕層の高級品需要はますます増加しているという。完全に消費が二分化しているというのだ。富裕層は自分の資産を守るうえでも、宝石などの現物資産に変えていると言われる。

 こうした高級品ブームはいつまで続くのか。株価が予想するように24年早々にも失速が鮮明になってくるのか。注視する必要がありそうだ。


時計経済観測所/依然として消えない「資産インフレ」で時計市場を牽引する米国

https://www.webchronos.net/features/104217/
時計経済観測所/遂に中国バブル崩壊か。時計市場に激変をもたらす?

https://www.webchronos.net/features/101346/
時計経済観測所/中国、米国の「2大市場」の減速が鮮明に。日本にも影響?

https://www.webchronos.net/features/98940/