17年前、麻布台に静かに誕生し、紹介制のかたちで愛されてきた日本料理店「朔旦冬至」。空間と料理、そして店主の人柄に魅せられ、食通の大人たちが通う。
特定の漁場で獲れるのどぐろの中でも目の大きさや尾びれのかたちに至るまで、下枝氏が納得のいく形状のものだけを仕入れている。数日寝かせた後、醤油や味醂などに漬け込み、炭火で必要最低限の時間で火を入れ、のどぐろ自身の脂をまとわせ、艶やかな姿に。揚げたかのような心地よい歯ざわりの皮目と煮魚のようなとろりとした身のコントラストが秀逸。
三田村優:写真 Photographs by Yu Mitamura
[クロノス日本版 2024年1月号掲載記事]
潔い姿に潜む心地よい究極
1967年、茨城県生まれ。上京し、伝統的な職人の仕事を大切にする懐石料理店で、ふぐ、すっぽん、うなぎなど、多種多彩な食材や技術を基礎から会得。その後、現場業務の傍ら、メニュー開発や店舗の立ち上げなどを経験。2006年12月、麻布台に「朔旦冬至(さくたんとうじ)」を開業。
飯倉片町の交差点に建つビルの1階にある看板のない扉。その先に料理屋があるとは想像もつかないが、訪れる者だけが知る優越にも感じる。階段を下った先にある店内は、樹齢180年の欅のカウンターが奥行き1mという近頃ではなかなか目にしないスケールで鎮座し、8席がゆったりと配されている。
その佇まいに圧倒されてしまうが、長年通っているゲストたちの目的は、店主である下枝正幸氏が生み出す料理にある。のどぐろの炭火焼が供されると「そうそう、これが食べたくて」という声が聞こえてくる。織部焼の器に盛り付けられた姿は非常に潔い印象を受けるが、口へと運べば思わず息を呑み、目を見開く。「説明がいらない料理が信条」だと語る意味を体感するだろう。
羽釡で焚き上げるご飯は、まさに箸が止まらなくなってしまうに違いない。どこか懐かしいお日さまの匂いを感じ、噛むほどに味わいが深まる。1膳が少なめではあるが、2膳3膳、いや4膳5膳とお代わりしてしまう。
下枝氏は、経験と感性によって自身が納得する美味しさを究極まで突き詰める。そのため、塩や醤油、鰹節に至るまで極上の素材を探し出すと、さらに仕立て直してから使う。おまかせの料理は、ご馳走感がありながらも、それと対極になりがちな身体想いで負担が少ないものばかり。だからだろうか、食後、心身ともに満たされると共に、味覚が研ぎ澄まされたような感覚になる。
聞きなれない店名「朔旦冬至」とは、陰暦11月1日が冬至にあたる日のこと。19年と7カ月に1度だけ巡ってくることから瑞祥吉日とされ、古来より盛大に祝ったと伝えられている。ちなみに「朔旦冬至」が店を構える麻布台は、かつて天文台があった場所だとか。麻布台ヒルズが開業し、また新たなレストランが増え、賑わいを増している。
この世に星の数ほどあるレストランのなかで、また訪れたい、また味わいたいと願う店に巡り逢えることは、どんな予約困難店に行くことよりも稀少なこと。「朔旦冬至」を訪れるたび、食べ手としてこの上ない幸せに包まれる。
朔旦冬至
東京都港区麻布台3-1-4 第二妹尾ビルB1F
Tel.03-6273-7718
土・日曜・祝日定休
17:00~22:00(20:30最終入店)
おまかせコース2万5300円~(サービス料なし)
※予約の際、『クロノス日本版』を見たとお伝えください。
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