2023年に新体制となり受注を再開し、今世界からも注目を集める大塚ローテックの腕時計。現在は抽選販売でロットごとの製造本数を注文数が上回る状況が続いている、「7.5号」を着用し、レビューする。この腕時計で同ブランドを創業した片山次朗氏が何を表現したかったのか、使うほどに理解できるものだった。
Text and Photographs by Shun Horiuchi
[2024年1月30日公開記事]
片山次朗氏のアイデアを結実させた「7.5号」
片山次朗氏の趣味趣向は一貫している。重厚な工業製品群や、それらを生み出してきた使い込まれた各種の工作機械、各種産業を成立させるために生まれてきたメーターや道具類であり、現在にあふれかえる薄っぺらで軽薄な大量生産品とは異なる。
片山氏は、こういった自身が好むモノに刺激され湧き出るアイデアを、アナログな機構を開発し、さらに金属加工で成立させ、時間を機能として表示する、いわゆる“腕時計”として実現する。それが大塚ローテックのプロダクトだ。なかでもこの「7.5号」は、光学設計によって適切に拡大され、表示されるジャンピングアワー機構により時を、回転するディスクで分を表示し、併せて7号から7.5号に進化した際に追加された秒ディスクで、稼働/非稼働の状態確認ができる。他のどんな時計とも異なる特徴的な外観を持つ、個性的な機械装置である。
自動巻き(Cal.82S5+自社製ジャンピングアワーモジュール)。24石。2万1600振動/時。パワーリザーブ約40時間。SSケース(直径40mm、厚さ11.2mm)。29万7000円(税込み)。
大塚ローテックのウェブサイトにもある本作のアイデアスケッチを横目に、手元の実物を見る。すると、片山氏の頭の中に浮かぶデザインやコンセプトを、いかに結実させるかという手段としての設計が始まり、試行錯誤を繰り返しながらも一貫した最終目標にまい進して、本プロダクトが生まれたことが分かる。たとえばアワーディスクは、ベースムーブメントの地板の外周から飛び出しているが、アワー表示の場所を構想通りに実現するためには、ケースの形状を工夫しつつ内側を削って逃す、などの対応も行われていると聞く。デザインコンセプトの実現に向けて、強い意志を感じる話ではないか。
片山氏のアイデアの源泉について前述した内容をもう少し解きほぐすと、それはたとえば旧車世代の、水平対向のBMWモーターサイクルの空冷フィンやメグロのエンジンブロック、昭和の時代から活躍していたであろう各種旋盤やジグボーラーなど工作機械。あるいは昭和家電とくくってしまうのは簡単であるが、工業製品やツール類における、人が操作するツマミ部分や視認のための各種ダイアル、ゲージ、インデックス類のアピアランスであったり。片山氏が「良い」と感じる、このようなモノに根差した世界観が、大塚ローテックの腕時計に結実しているのである。
もうひとつ面白い話を聞いた。この1月に抽選応募が開始された「6号」、ダイアル上部にある「機械式・豊島・東京」の文字は、高速道路の案内板などで使われる、「横棒が1本足りないけどその漢字に見える、遠くからでも判別しやすい」フォントに着想を得ている。このフォントを参考に、片山氏がオリジナルのフォントを起こした。もちろん7.5号のアワー表示の数字フォントや、分ディスクのフォントなども大変味のあるものにデザインされている。こういった各種のディテールの積み重ねと妥協しないものづくりの姿勢によって、この独自の世界観が実現されている。現代の、電子デバイスにまみれた生活のなかで、こういった腕時計を身につけるギャップを感じることは、このガジェットのひとつの楽しみ方であろう。
金属加工然とした仕上げと高い加工精度によって醸し出す、唯一無二の存在感
時分秒を示す3つの独立したウィンドウは、それぞれチムニー状のパーツに保持されており、デザインは特に横から見るとすべてが完全に異なっているものの、ある種の統一感が感じられ、私には古いカメラレンズの造形が脳裏に浮かぶ。受け手によってモチーフが何に見えるかは異なるであろうが、それもこの時計の楽しみのひとつであろう。
ケースや前述のパーツはSUS316Lのひき物であり、丁寧に手入れされていることが想像に難くない工具による切削痕が楽しめる。ケース上面はサンドブラスト、一段上がった部分の表面は同心円のひき目で仕上げられており、ひき物特有の筋目が反射する光とサンブラスト面で好コントラストを生んでいる。よく高級機のケースの仕上げでは「サテンとポリッシュ」などと言われるが、大塚ローテックのケースは「ひき目と“サンブラ”」という表現こそがふさわしい。
アワーディスクが地板より大きいことは前述のとおりで、これを意識してケースサイドの形状を見るとその合理性に気付くだろう。このようなケースサイドの造形を持つ時計はかなり稀である。またラグは一見すると引通しに見える形状であるが、実はしっかりとバネ棒が収まっており、ストラップの交換も容易である。
ケースバックはMIYOTAのムーブメントが見えるグラスバックで、中身からもこれが「キカイ」であることを主張する。グラスバックは一般的にソリッドバックよりもケースバックが厚くなりがちなことから、時計の重心や装着時の汗などを考慮するとソリッドバックよりも装着感で不利な面は多い。しかし、この時計はディスクの面間などを詰めて設計されているためモジュールの厚さを抑えていることから、ケース厚で11.2mm(突出部は14.8mm)と十二分に実用的な厚さになっているとともに、ケースから生えたラグの下がり具合も絶妙で装着感についての不満はない。ケースバックの形状は、ケースサイドからなだらかにつながる。裏蓋開けのための6つの穴がある意匠も、機能と両立させつつ、片山氏の世界観の「らしさ」を出しており、好ましい。
日本製であるがためのミヨタムーブメントの採用
大塚ローテックの時計にスイスムーブメントは似合わない。よってベースムーブメントとしてCal.MIYOTA82S5の採用は理にかなっている。それもシリコンパーツやフリースプラングなどとは無縁の、ごく普通の緩急針を持つスムーステンプ、11.5リーニュ、2万1600振動/時のスモールセコンド機だから良い。せっかくここまでの世界観を醸し出す時計のムーブメントに、最新の技術が適用されているようでは興ざめである。なお、Cal.82S5のスモールセコンドは4.5時位置であり、それを頭に入れると本作のリュウズの位置も理解できるだろう。リュウズも当然のひき物で、指に掛かる部分はグリグリと押し付けられ ながら仕上げられている様が脳裏に浮かぶ、細かいローレット目がある。一点注意したいこととして、ジャンピングアワーモジュールにセーフティ機構はついているものの、時刻合わせは進み方向にリュウズを回すことが必須である。この機械の場合は、巻き上げと反対の左回転が時刻の進み方向である。どうか注意を。
入手困難も、増産に向けて体制整備していると聞く
1970年代、特に欧州の時計産業はクォーツレボリューションによって、産業構造そのものが破壊的なダメージを受け、大変革が起こった。現存する70年代の、特に機械式時計はこのような変革期の背景を色濃く感じるものが多い一方で、実は70年代というのはクルマやモーターサイクルに限らず多くの産業分野で技術革新が進み、機械加工技術の進展と併せてデザインの面でも大きな飛躍があり、数多くの名車などが登場したゴールデンエイジとも言える。筆者はそのような機械式時計産業と、それ以外の工業を中心とした産業界の二面性を、この腕時計を通して思いを馳せている。
今回のこの時計は1カ月程度の長時間にわたり、生活の中で当たり前に使ってきたうえでのインプレッションを書くことができた。片山氏の世界観を、狙い通りの質感で仕上げた国産時計。その存在感は他のスイス時計群などとは一線を画すものであり、かつてクォーツレボリューションを引き起こした我が国で、現在進行形で作られているとは驚きである。 入手困難な状況ではあるものの、増産に向け体制を整えているとも聞いていることから、望まれる多くのユーザの手元に届くことを願っている。
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