絶えず問題の解決策を案出し、たゆみなく革新を続けるのがシリアルイノベーション。オートオルロジュリーの分野で独自のスタイルを貫きながら、創業以来およそ30年にわたってそれを実践してきたのがロジェ・デュブイだ。ムーブメントや外装のアップデートによる進化にその最新の成果が表れている。
菅原茂:取材・文 Text by Shigeru Sugawara
Edited by Yuto Hosoda (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2024年3月号掲載記事]
ブランドの核となる〝時計体験の向上〟
ロジェ・デュブイ特許取得の退色しにくいイーオンゴールドをケース、ベゼル、オープンケースバックに採用。グレーのスケルトンムーブメントとの力強いコントラストがエクスカリバーの独創的なデザインを引き立てる。自動巻き(Cal.RD720SQ)。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。直径42mm。厚さ12.62mm。10気圧防水。1127万5000円(税込み)。
およそ30年前、パテック フィリップで活躍したマスターウォッチメーカーのロジェ・デュブイと熱烈な時計愛好家にして起業家のカルロス・ディアスが1995年にジュネーブで立ち上げた小規模の独立系メゾンがロジェ・デュブイの始まりだ。当初から高度な時計技術と独特の審美的なデザインを融合した「シンパシー」や「オマージュ」が注目の的になり、その後も続々と意表を突くモデルを開発し、創設から数年で新進気鋭のフロントランナーに躍り出た。ちなみに限定モデルの本数が28本なのは、時計師ロジェ・デュブイがパテック フィリップのハイコンプリケーション部門に在籍していた頃のデスク番号に由来する。
ケースやベゼルから、裏蓋、ブレスレットに至るまで軽量で装着感に優れるグレード5チタンを採用。グレーのムーブメントとワントーンで統一したスタイリングがパワフルなデザインにモダンでアーバンなテイストを醸す。自動巻き(Cal.RD720SQ)。32石。2万8800振動/時。パワーリザーブ約72時間。直径42mm。厚さ12.62mm。10気圧防水。929万5000円(税込み)。
ワン&オンリーの世界観を表現し驚異の問題作を連発するなかで、現在に続くアバンギャルドなスポーツウォッチの系譜を築く原点となったのが2005年発表の「エクスカリバー」だ。エクスカリバーとは中世騎士物語のアーサー王伝説に登場する圧倒的パワーとリーダーシップの象徴とされた魔法の剣。ロジェ・デュブイは、新しい時計のイメージや時計を着ける人物のパーソナリティーをこの剣に託したという。
ロジェ・デュブイにおけるシリアルイノベーションは、ユニークな世界観を反映したインパクトあふれるデザインのみならず、ムーブメントにも表れている。ブランド創設時からジュネーブ・シール取得の自社ムーブメントを軸にしてコレクションを発展させてきたことだ。もっとも、伝統的な高級時計の認証とされるジュネーブ・シールに着目したのは、ジュネーブに構えるマニュファクチュールであること、時計師ロジェ・デュブイ自身が認証に精通していたこと、そしてこの認証によってブランドが創作する時計に特別な付加価値をもたらし、差別化を図ろうとしたことが主な理由だ。
09年からは現在もコレクションの主軸を成すスケルトンムーブメントが導入され、ロジェ・デュブイの個性化が加速し、先鋭化の一途をたどる。構造が露わになったスケルトンムーブメントそのものがひと目で見分けられるフェイスのデザインを成し、同時に斬新かつ特異な設計ながらもジュネーブ・シールの厳格な諸条件をクリア、その実現のために膨大な職人技を費やす――これがロジェ・デュブイの決定的なシグネチャーになる。実際にこのような時計作りに徹したブランドは世界でもロジェ・デュブイ以外に見当たらず、オートオルロジュリーの分野でも極めて異例なのである。
さらに最近の「エクスカリバー モノバランシエ」ではムーブメントの性能や外装仕上げの革新を図る。新キャリバーRD720SQは、モノバランシエ、すなわちテンプをひとつ持つベーシックな自動巻きムーブメント。11時位置のダイナミックなマイクロローターや輪列のレイアウト、星形を配したスケルトンのアーキテクチャーといった特徴を維持しながら、随所に改良を施して性能が大幅に向上した。ブレスレットに導入されたクイックリリースシステムや細かなピッチのリンクにも進化が鮮明に見て取れる。愛好家にとっては、見慣れたモデルのように思われるかもしれないが、実質はまったく別物と言えるほど。シリアルイノベーションが、ロジェ・デュブイの時計体験をまさに新たな次元へと導いた。
正統であり革新でもある
ROGER DUBUIS × POINÇON DE GENÈVE
1886年に機械式ムーブメントの製造技術を保護するためにジュネーブ市が定めた法制がジュネーブ・シールの始まり。高級時計において伝統的に尊重されてきたこの認証を取得する数少ないブランドがロジェ・デュブイだ。
ロジェ・デュブイは創設以来、ジュネーブに構える正統な高級時計ブランドの証しとしてジュネーブ・シール取得を基本にして差別化を図り、ブランドの優位性を強調してきた。現在ジュネーブ・シールの認証を取得するのは、ヴァシュロン・コンスタンタンとショパールというジュネーブ起源の老舗とカルティエなどのごく一部の製品くらいなので、いかにレアであるかが分かるだろう。
ジュネーブ・シールはまず、ムーブメント部品の面取りやポリッシュおよびヘライン仕上げといった審美性に重点が置かれ、厳格な規定は12項目に及ぶ。2011年には(1)すべて手作り、(2)ケースにムーブメントを入れた状態で精度、防水性、パワーリザーブ、各種機能の4項目テスト、(3)ジュネーブの民間研究所、タイムラボ(TIMELAB)による独自のプログラムに従って客観的にテストを実施するという3項目が追加され、精度を含む性能面での検査も必須になった。こうしてハードルが上がった結果、ジュネーブ・シールの威信も一段と高まった。
認証取得の基準を満たすには当然ながら通常よりはるかに時間と労力が必要になる。ロジェ・デュブイの場合、モデルにより熟練時計師が350時間から720時間も作業に集中しなくてはならないという。しかもムーブメントの部品や構造が通常の伝統的なスタイルとかなり異なるので難度が増し、想像を絶する繊細かつ入念な職人技が求められる。もとより伝統に根差す機械式ムーブメントの製造技術とアバンギャルドなデザインとのせめぎ合いで成立するロジェ・デュブイの革新的なジュネーブ・シール取得ムーブメントは全製品の約75%を占める。いずれも機械の形をしたモダンアートの傑作と呼ぶにふさわしい。
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