パリに構える自身の「Restaurant KEI レストラン・ケイ」がフランス版ミシュランガイドで3つ星を獲得し、しかもアジア人では初という快挙によって一躍脚光を浴びるオーナーシェフの小林圭さん。実は時計愛好家というもうひとつの顔を持つ人物だ。最も気に入っているのはスイス高級時計のオーデマ ピゲ。常に進化を追求する探求心を持ちながらクラシックを確立していくその姿が小林さんの目指す料理に相通じるという。
1977年、長野県諏訪市生まれ。15歳でフランス料理のシェフを目指し、長野と東京で修業を積んだ後、98年に渡仏。翌99年からフランス各地の一流レストランで腕を磨き、2011年に33歳でパリの中心地に自身の「Restaurant KEI」をオープン。20年にフランス版ミシュランガイドでアジア人初の3つ星を獲得。その後、3年連続で3つ星を取得。21年には静岡県御殿場市に和菓子の「とらや」と組んだ「Maison KEI」を出店。22年からオーデマ ピゲのアンバサダー(アジア人シェフ初)に就任。
Photographs by Eiichi Okuyama
菅原茂:取材・文
Text by Shigeru Sugawara
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]
「大事な節目の記念にオーデマ ピゲ。料理人としてのモチベーションを上げてくれました」
多忙なスケジュールの合間、パリに戻る直前に東京でお目にかかる機会を得た小林圭さん。多くのメディアで目にするコックコートに身を包む料理人の姿とはまた異なり、そこにはひとりの時計愛好家としての小林圭さんがいた。さっそく時計との出合いを尋ねた。
「料理人として修業していた17歳くらいの時、シェフがロレックスのデイトナを着けていたんです。当時は機械式時計もよく分かっていませんでしたが、とにかくカッコ良くて、いつか欲しいと思いました」
そのシェフから見せてもらった時計に憧れを抱きつつ、ロレックスやいくつかのブランドに関心を持ちながらも修業の身では金銭にまったく余裕はなく、手に入れるのは難しかった。そこで時計の情報をカットして、まずフランス料理に打ち込もうと考えたという。実際21歳で渡仏してからの約10年間は、料理人としての腕を磨くことに専念し、2011年、独立を機に33歳の若さでパリの一等地に「Restaurant KEI レストラン・ケイ」をオープンするまでになった。そんな頃、長年封印していた時計への関心を引き出す出来事があった。
「たまたま時計好きの商社マンに出会い、その方からスイスのマニュファクチュールの話を聞いたのです。それまでは時計といえばロレックスが最高の芸術だと思っていましたが、自社一貫生産メーカーの素晴らしさを知って共感を覚え、自分でもいろいろ調べ始めました」
小林さんがマニュファクチュールとして注目したのがオーデマ ピゲ、そして代表作の「ロイヤル オーク」だった。折しも2012年は「ロイヤル オーク」誕生から40周年。前年に自身のレストランをオープンした記念の意味でも「ジャンボ」の40周年復刻モデルをぜひ欲しいと思った。「2014年頃、念願の復刻モデルを手に入れることができました。うれしかったですね」と振り返る小林さん。これが時計愛好家としての出発点だ。
1972年の初代モデルと同様の薄型自動巻きムーブメントを搭載し、デザインの点でもオリジナル「ジャンボ」のケース径や薄さを忠実に再現するこの復刻モデルに小林さんはいわゆるクラシックの神髄を見た。そして、それは料理にも通じるという。料理人にとってクラシックとされる料理ができるのは、本物のスペシャリテを確立したことになるからだろう。
「それからは時計を着けながら料理をしたいと思うようになりましたね。モチベーションが上がるので。調理の現場にはステンレススティールが向いていますが、ロイヤル オークはステンレススティールでも高級感があり、そこも気に入りました」
フランス料理店のオーナーシェフとして活躍する小林さんに次の重要なステップが2020年に訪れた。「レストラン・ケイ」がフランス版ミシュランガイドで最高名誉の3つ星を獲得し、加えてアジア人では初という快挙を成し遂げ、欧米や日本で一躍脚光を浴びたのである。この時の記念もオーデマ ピゲだ。「ロイヤル オーク ダブル バランスホイール オープンワーク」のブラックセラミックモデルで、ケースバックの外縁に記念の「★★★」を刻んだ特別仕様である。3つ星を刻むこうしたパーソナライズは記念とともに「自分のモチベーションを上げるため」と語る小林さん。インタビュー当日も愛用する同モデルを着用してポートレート撮影に応じた。彼にとって、この時計はもはやなくてはならない存在だ。
このロイヤル オーク ダブル バランスホイール オープンワークは、2016年にステンレススティールケースで初めて発表され、同軸上に2個のテンプを配置して精度や安定性の向上を図るオーデマ ピゲ特許のユニークな複雑機構が最大の特徴になっているが、表と裏からムーブメントのメカニズムを鑑賞できるオープンワークもまた非常に魅力的である。
「時計のメカは見えるほうがいい。歯車の仕組みとか部品をしっかり見たいですね。このダブルバランスを見て思ったのは、料理のチーム。シェフとその後ろにいるスタッフとの共存ですね。隠れているけど重要なスタッフがちゃんとそこにいるということ。機構を露わに見せるオープンワークからもそれが見渡せます」。表側から見えるテンプがシェフで、背後のテンプや個々の機能を担うのがスタッフたちだろうか。この時計の機構が高精度を実現するように、シェフとスタッフが一体となって素晴らしい料理が出来上がるイメージが目に浮かんだ。
「オーデマ ピゲは、セラミックスの加工技術も抜群です。ケースやブレスレットにステンレススティールのモデルと同じ非常に難しい繊細な仕上げが精密に施されているのはすごいこと。今度はセラミックスでジャンボを作って欲しいですね」
仕事中に着ける時計には他に「CODE 11.59 バイ オーデマ ピゲ オートマティック」のシンプルな3針モデルがある。
「最初はえっ?と思いましたが実物を見るとロイヤル オークより手が込んでいて驚いた。それと飛躍の瞬間の手前というか、11.59の象徴的な名称が自分のあがきにぴったりな気がしました。これがどういうふうにクラシックになっていくか楽しみです」
過去を大切にしながら進化に取り組んだり、攻めの姿勢で革新に挑んだりするオーデマ ピゲに感銘を受ける小林さん。そこに料理人としての自身を進化させるヒントを見いだしているのかもしれない。
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