全く時計に興味のなかったH.Y.さんは、たまたま手にしたロレックスの「サブマリーナー」で時計にはまり、以降、自身の目を研ぎ上げていった。コレクションを人に見せたこともない、時計を話す相手も限られる。そんなH.Y.さんの良き相談相手が、奥様だ。時計が会話に加わったと語るふたりの関係性は、ある種、理想の愛好家像かもしれない。
実業家。一族が興した会社を20代で継承する。身体を動かすのが趣味だったが、たまたま手にしたロレックス「サブマリーナー」で時計に開眼した。短期間でコレクションを揃えた彼だが、現在、方向性に迷い中とのこと。そんなH.Y.さんの良きアドバイザーは、バイト先の先輩に紹介してもらった今の奥様だ。
Photographs by Takafumi Okuda
広田雅将(本誌):取材・文
Text by Masayuki Hirota (Chronos-Japan)
Edited by Yukiya Suzuki (Chronos-Japan)
[クロノス日本版 2023年3月号掲載記事]
「時計選びで迷った時は妻に聞くんです。それで失敗したことはないですね」
筆者がH.Y.さんに会ったのは、2022年のことである。若いのに、腕にブレゲの「クラシック トゥールビヨン 3357」を巻いているのを見て感銘を受けたのを覚えている。よほどの粋人に違いない、と。
大学を卒業後、家業に加わったHさんは、それこそ人もうらやむ境遇にある。しかし「もともと時計は一切着けなかった」というぐらい、時計とは無縁だったそうだ。
「20歳の記念に、父親からミルガウスを贈られたんですよ。でも、高級時計は怖くて。大学で着けることもなく、ほとんど眠らせてましたね」
今や彼は時計を収集するようになったが、それ以外の物欲はないとのこと。趣味は運動というから、コレクターとは真逆に思える。そんなHさんは、なぜ時計にはまったのだろうか?
「きっかけはロレックスのサブマリーナーですね。たまたま購入して、いろいろ調べるようになったんです。時計って着けるだけで、なぜか幸せになるなと。それでますます興味を持って調べるようになりました」
面白いのは、取材の隣に奥様がいることだ。普通、時計の取材にパートナーがいることはまずない。しかし、Hさんは奥様とああでもないこうでもないと話している。
「サブマリーナーを買って、これは実用時計としては完璧だけど、そうなるとドレッシーで冠婚葬祭に使える時計にも目が向くようになる」。奥様が合いの手を入れる。「服装に合わせて時計を選んでるよね」。
ロレックスの後に購入したのはジャガー・ルクルトのレベルソだった。Hさんは、この時計で〝時計の世界〞を広げたという。
しかし、奥様はこう語る。
「結構クラシカルなのは本人が見つけた時計です。でも王道な時計は、私が薦めたものなんですよね。レベルソ、ブレゲのマリーンやパテック フィリップのワールドタイムなどですね。私は見た目重視なのと、こういうタイプは持ってないね、で薦めています。ロジェ・デュブイもそうですね。エクスカリバーはスポーティーな服に合うかなと」
時計趣味にのめり込んだHさんは、スマートフォンで時計の情報を収集するようになった。自ずと、ふたりの会話に時計の話が増えていく。「妻は時計のことを知らなかったんですよ。でも僕がクロノグラフの説明などをすると、知識が付いてくるんですね。それでクイーン・オブ・ネイプルズが見たいと言い出したんです。ブレゲって男性のイメージがあったでしょう。意外に思ったけど見に行きました」。結局、奥様はこの時計を購入し、なぜかHさんもマリーンを手にすることになった。
「ラグスポの影響は受けたけど、自分は革ベルトの時計が好き」と語るHさん。確かにコレクションの大半は、こういった時計ばかりだ。その中で真逆に見えるのが、プラチナ素材のロレックス「デイトナ」だ。どう考えても彼の好みとは異なる。
「時計に興味を持つようになった時、父親と話をしたら、時計を少し持ってるよと言われたんです。そこで自宅をこそこそ探していたら、この時計を見つけました。うわー本物じゃないか、使わないなら貸してと言って自分のモノにしました。ちなみに、ポール・ニューマンもありましたが、これは貸せないと言われましたね(笑)」
Hさんは時計を通じて家族のことを語っている。
「時計は手放したくないんですよ。もともと投資的な目的は一切ないので、あんまり売りたくないんですよね。それに思い出が出来ているから、子供のようなものなんです。仮に売るなら、むしろ知っている人に譲りたいです」
彼にとっての時計の思い出とは、つまりは家族との思い出なのだろう。Hさんは奥様と話を続けている。
「時計選びで迷った時は妻に聞くんですよ。今までそれで失敗したことはなかったし、むしろ良い結果になっていると思いますね。自分も熱にうなされて付き合った時計もあったので、妻の存在がストッパーになっています。今では会話の中に時計が加わりましたね。例えば、ギヨシェって言葉が普段出るようになったんですよ。スマートフォンを落としたら画面にひびが入って、それがギヨシェっぽいねって」
奥様は語る。「東京に行っても時計のことがもうほぼほぼ8割だよね」。
話はさらに広がる。Hさんのお父様は、ヴィンテージカーのコレクターだ。それこそ名だたる名車を数多く所有しており、Hさんも昔、ラリーに連れて行ってもらったという。しかし、趣味の話をすることは全くないという。ただ車を見る限りで言うと、今のHさんのように試行錯誤を経て、シェイプされたというのはよく分かる。
「父親は口下手で、お酒も飲まないんですよ。でも趣味のことで、父親と話をしてもいいかもしれませんね。ちなみに父親は車をバッと買って、バッと手放すんですよ。オヤジ、管理できないのにまた買ったと思っていたら、自分も同じになってしまった(笑)。だから偉そうなことは言えなくなりましたね」
時計の話をするHさんが語ってきたのは、つまるところ家族との〝絆〞であった。これぞ、時計愛好家の生活ではないか。「今、正直どうするのか迷っている」と語るHさん。しかし、その趣味人生は、さらに豊かになるに違いない。
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